『森の案内人』

窓を開けると爽やかな風が舞い込んで来た。
G−2号機は森の中を徐行していた。
今日のパトロールを終えて任務を解かれ、トレーラーハウスが置かれている場所に戻る処だった。
「ん?」
ジョーは木の影に蹲っている初老の女性を発見した。
「どうしました?」
肩に手を乗せて、どこかに異常がないか様子を見る。
見た処、外傷は無いようだ。
発熱などの体調不良がある様子も見られない。
また油断なくギャラクターの罠ではないかと確認する事も彼の癖となってしまっていた。
「孫とハイキングに来たんですが、花を摘みに出たら戻れなくなってしまって…。
 大丈夫です。長く道に迷ってしまって疲れただけですから……」
老婦人は自分で立ち上がろうとしたが、ふらついた。
ジョーは慌てて彼女の身体を支える。
「大丈夫ですか?俺の車でご自宅まで送りましょう」
「でも孫が私を探していると思いますし……」
「じゃあ、俺が探して来ますから、お孫さんの特徴を教えて下さい」
「モスグリーンの野球帽に黄色のTシャツ、ジーンズを履いています。
 背は…私の肩ぐらいまでの高さで、年は8歳です」
「解りました。この車のナビシートに座って休んでいて下さい」
「まあ、見ず知らずの貴方にそんなにお世話になっては……。お仕事中なのでは?」
「構いませんよ。もう帰る処ですから」
ジョーは優しく言い、ナビゲートシートに老婦人を乗せた。
「どの辺りでハイキングしていたんですか?何か特徴を思い出せませんか?」
「そう…。何だかどなたかのトレーラーハウスが近くにあったような…。
 ご不在の様子でしたが……」
「何だ、それは俺の家ですよ。これは好都合だ。
 まずそこまでこの車で行きましょう」
ジョーは運転席に乗り込んだ。

トレーラーハウスから数十メートル離れた場所に、ハイキングをしていたらしいレジャーシートが敷かれていて、お弁当のサンドウィッチが食べ散らかされて散乱していた。
「ああ、鳥達にやられましたね…。
 お孫さんはあなたを探しに出掛けたのでしょう」
ジョーは辺りを見回したが、人の気配は無かった。
「俺のトレーラーのベッドで横になられますか?」
「いいえ、そこまでご迷惑は……。
 此処で孫を待っています。有難うございます」
「そうですか?では少し辺りを探してみましょう」
「ご親切にすみません」
ジョーはお年寄りには親切だった。
今、この瞬間にスクランブルが掛からない事を切に願った。
少し森を分け入って暫く歩いていると、「おばあちゃーん」と言う子供の声が聞こえた。
……いたっ!
ジョーは木々の間を縫って秒速で走った。
「君のおばあさんなら俺が保護している。
 元の場所に戻るんだ」
「ええっ?お兄ちゃん、ホント!?有難う。
 僕、おばあちゃんを探しに来たんだけど、戻れなくなっちゃって……」
8歳位の男の子だった。
老婦人が言っていた特徴に間違いなかった。
「さあ、陽が暮れてしまう。早く戻ろう」
ジョーは優しく男の子の肩に手を掛けた。
自分が両親と別れた頃はこんなに幼い年頃だったのか、とふと思った。

男の子を肩車して、トレーラーハウスの方角へと急いだ。
老婦人も心配している筈だ。
「うわぁ、お兄さん背が高いんだね。お父さんの肩車よりずっと高い」
男の子は無邪気にはしゃいだ。
祖母と再会出来た子供は祖母共々ジョーに感謝の意を表わした。
それから少年はおずおずと訊いた。
「お兄さん、サーキットでいつもかっこ良く走っている人でしょ?」
「サーキットには良く来るのかい?」
「うん。僕、将来はレーサーになりたいんだ。
 パパとママは危ないからって反対するけど」
「確かにレーサーには危険が付きまとうんだぞ。
 油断をすれば、すぐに事故に繋がる。
 時には生命を失う事もある。
 レーサーになるのなら、その覚悟が必要だ。
 坊やはまだゆっくりとこの先の事を考えればいいさ」
「お兄さん、有難う」
「有難うございました。見ず知らずの貴方に此処までして戴いて……」
「いや、構いませんよ。もう帰って休むだけだったんですから。
 さあ、陽が暮れます。片付けて帰りましょう。俺が送ります」
「そこまでして戴いては……」
老婦人は恐縮した。
「でも、この森は夜になると鬱蒼としますから、危ないですよ。
 早く帰った方がいい。送りますよ。俺の事は気にしないで下さい」
ジョーは後部座席に2人と荷物を押し込むように乗せ、街に出た。

2人を送り届けて別れた後、タイミングを計っていたかのように、スクランブルが掛かった。
「送り届けてからで良かったぜ……。はい、こちらG−2号!」
「トウナン国にギャラクターの鉄獣メカが出現した。
 科学忍者隊の諸君は一旦基地に集合してくれたまえ」
「ラジャー」
ジョーはバードスタイルに変身すると竜のヨットハーバーがある方向へと素早くUターンするのだった。
休む暇も無かったが、彼の若さはそれを物ともしない。
仲間達も同様に束の間の休息を遮られた事だろう。
「竜、産業道路辺りで拾ってくれるか?」
『解った!健達も全員合体出来そうだわい』
「頼むぜ」
ジョーはアクセルを踏んだ。
自然とギャラクターへの闘志がふつふつと沸いて来た。
いつまでイタチごっこを続けるのか、と言う苛立ちもあった。
あんな普通の人々の平和な暮らしを乱すギャラクターは絶対に許せない。
一刻も早く斃す事だ。
これは私怨のみならず、そうしなければならない、と言う義務感と正義感が彼にそう言う思いをさせていた。
さっきの少年の笑顔が眼に焼きついていた。
『あの時』の自分と同じ年の少年。
少年の眼の輝きを失せさせる事がないように、自分は闘う。
ジョーは決意を新たにした。




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