『憂国の末(1)』

ジョーはその日、南部博士からISOへと呼び出しを受けた。
いつもの送迎だろうと思い、地下駐車場にG−2号機を入れて待っていると、南部博士が降りて来た。
「ジョー。すまないが、今日はアンダーソン長官の護衛をしてくれないか?」
「それは構いませんが、一体何があったんです?健でも呼べば良かったのでは?
 博士の方も心配ですし…」
「情報部からの連絡によると、ギャラクターが長官の生命を狙っているらしい、と言うのだ。
 国際科学技術庁を混乱に陥れるのが目的だ」
「でも、それなら南部博士を狙った方が目的は達せられると俺は思いますがね」
ジョーはさすがに辺りを憚って小声で言った。
「おっほん!」
南部が咳払いをした。
「私は今日は此処の自分の執務室に留まる。
 長官は別の車で出られる。
 ジョーはバードスタイルに変身して公邸まで尾行して、そのまま護衛に就いて欲しいのだ」
「バードスタイルになったら、最早それは『尾行』とは言えないのでは?」
「それでいいのだ。科学忍者隊が護衛に就いている事を敢えて敵に知らせたい」
「はあ……」
ジョーは珍しく不安そうな顔をした。
何だか嫌な予感がする。
「全員を護衛に着けたい処だが、エリアン国にてギャラクターの不穏な動きがある。
 人員を割けないのだ。すまんが、ジョーには1人で護衛に当たって貰いたい」
「博士は事が解決するまで此処に留まると?」
「いや、様子を見て考えるが、私は無茶な事はせんから心配は要らん。
 必要に応じて此処から指揮を執る。
 それよりもギャラクターは本気で狙って来ると思われる。
 君1人を長官の護衛に着けるが、充分に注意してくれたまえ」
「ラジャー」
ジョーは内心渋々だったが、指令を受け止めた。

やがてアンダーソン長官がSPと共に地下駐車場に現われた。
ジョーは人目を避けてバードスタイルに変身済みだった。
SPは3人着いていたが、1人はどう見ても全く屈強そうではなかった。
ジョーはそれを見て不審を抱いた。
(SPにしては線が細いな…。長官は何であんな者を傍に置いているんだ?
 まさか、あれで結構な凄腕だとか…?
 全くそんな『気』を感じねぇんだが……。
 『気』を隠しているのだとしたら、相当な大物だ)
長官はバードスタイルのジョーをチラッと見て、軽く顎を引いた。
『宜しく頼む』と言う意味だ。
ジョーもそれに倣って会釈を返し、周囲を油断無く俯瞰する。
今の処、怪しい者が潜んでいる様子はない。
寧ろ怪しむべきなのはSP達の方かもしれない。
ジョーはじっと厳しい眼で彼らを見つめていたが、長官の車は無事に出発した。
彼には自分に何故白羽の矢が立ったのか知らされていないが、敵が車で移動中に襲って来る可能性が高いと博士が睨んでいるのだろう、と思った。
またはエリアン国の動静に注意を払う為に、健と言うリーダーの存在が必要なのかもしれない。
自分がそちらの任務から外された事は少々気に入らなかったが、とにかく今はアンダーソン長官を守る事だけを考えようと、ジョーは思い直した。
ジョーのブレスレットはいざと言う時の為にアンダーソン長官に対しても通信出来るように南部博士が操作してあった。
怪しい者を見つけたら、すぐに知らせる必要がある。
また、ジョーは長官の車の内部にも気を遣わなければならなかった。
(せめて誰かもう1人居たら連携プレイが取れるんだがな…)
そう思ったが、この任務には1人しか割けないと南部は言った。
仕方がなかった。

ジョーが異変を感じたのは間もなくだった。
長官車の前方から来る車の動きがおかしい。
念の為に自分の後方や左右も確認するが、ジョーの勘が怪しいと告げているのは前方の車だけだ。
「長官。前方から来る車が怪しい動きを見せています。
 スピードを落として停止して下さい。前に出ます」
ジョーは言うが早いか、G−2号機のアクセルを踏んで、スピードをぐんぐんとアップさせて、すぐさま追い抜き、行く手を遮るかのように停まった。
やはり彼が睨んだ通り、怪しい車の中にはギャラクターの隊員服を着た者達が乗っていた。
ジョーはガトリング砲で敵の車を停め、白兵戦へと持ち込んだ。
アンダーソン長官の事も気にしつつ闘ったが、SPもある程度の事は出来る筈だった。
逆に心配なのは、ジョーがこの敵に引き付けられている間に、SP達が妙な動きを見せないか、と言う事だった。
何でも疑って掛かるのが、ジョーの常套手段だ。
その位慎重でなければ科学忍者隊は務まらない。
まずはとにかくこの眼の前の敵を倒して長官を無事に公邸まで送り届ける事だ。
ジョーは高くジャンプして、華麗に羽根手裏剣を放った。
これで10人は軽く倒す事が出来た。
次の瞬間にはエアガンを繰り出していた。
5発連発し、的確に敵を仕留めるとエアガンを回転させ、三日月型のキットで10人以上に打撃を与えた。
その時にはジョーはもうその場所にはいない。
別の敵の鳩尾に重いパンチを浴びせ、反対側に居た敵には長い足でキックをお見舞いして吹っ飛ばしている。
そして跳躍すると、更に別の敵の懐に肩から入り、身体毎突き飛ばしていた。
彼の技は面白いように決まって行く。
ジョーの攻撃を潜り抜けて長官の車に近づこうとする者があれば、すかさず羽根手裏剣が飛んでいた。
アンダーソン長官はジョーの闘い振りを間近で目の当たりにしたのは、これが初めてと言っても良かった。
その風のような素早さに驚き、科学忍者隊の凄さと、それを仕込んだ南部博士に舌を巻かずにはいられなかった。
さすがに斬り込み隊長とも言える、科学忍者隊のサブリーダーだけの事はある、とアンダーソンは感心していた。
完全にジョーの活躍に呑まれていた。
それは彼の周囲に居るSP達も同様だった。
自分達では考えられないジョーの活躍だったのだ。
ジョーは車内のSPにも気を配っていたが、今の処、長官を守る姿勢を貫いているように見える。
その分闘いに集中する事が出来た。
気になっている凡そSPには見えない若い男もジョーの闘い振りに驚いてボーっとしており、今何かの行動を起こすようには見えなかった。

ジョーは存分に暴れた。
敵は近くで張っていたようで、100人近くの人員を割いていたようだ。
それは大っぴらに科学忍者隊が護衛に就いていたからに違いない。
お陰でジョーは大変な思いをする事になったが、やがてジョー1人にも敵わないと悟ったのか、チーフらしき隊員が退却を命じた。
潮が引くように敵兵は退却した。
「アンダーソン長官。まだ警戒を解かないで下さい。
 周囲を探ってみます」
ジョーはブレスレットに告げると、慎重に辺りを見回した。
周囲のビルの屋上まで充分に目線を配り、やがて長官にOKを出した。
「遠回りになっても構いませんので、道を変えてスタートして下さい」
と告げ、ジョーはG−2号機に戻った。
その後の道中に襲撃を受ける事はなく、アンダーソン長官の車は無事に公邸に入った。
G−2号機もそれに次いで中の車寄せから離れた場所に着けた。
長官が目顔でジョーを呼んだ。
ジョーはひらりとアンダーソン長官の前に舞い降り、先に中に入っても良いか、と訊ねた。
何か仕掛けがないとは限らない。
彼の警戒心は行き届いていた。
長官に異存はなく、ジョーは銃口を尖兵にして中へと油断なく進入した。
安全だと判断してからジョーは長官を呼んだ。
「俺は周囲を見回って来ます。後は頼みますよ」
SPに睨みを利かせながらそう言うと、ジョーは影のように消えた。
だが、すぐにはその場所から離れてはいなかった。
夜陰に紛れて、暫くはSPの行動を見張っていたのである。
SPは中の様子を再確認している。
念には念を入れているようだ。
(あれなら大丈夫だろう…)
ジョーはホッと一息ついて、公邸の周辺に探りを入れ始めた。
今日は徹夜になる事は覚悟の上だった。
やがて公邸の長官室に明かりが点った。
周囲に異常がない事を確認し、ジョーは長官の部屋の窓の外へと跳躍し、聞き耳を立てた。
中にはまだ3人のSPが留まっていた。
そして、探りを入れていたジョーは驚いた。
その場に南部博士が居たのである。
ジョーはベルク・カッツェの変装かと疑った。
「健!こちらG−2号!南部博士の所在確認を頼む」
『博士ならアンダーソン長官の公邸に行っている筈だ』
「何だって?!」
自分だけ蚊帳の外だったのか、とジョーは少々憤慨した。




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