『憂国の末(2)』

ジョーが疑心暗鬼に陥っていると、
「G−2号。近くに居るのだろう?入って来なさい」
室内から博士がそう言い、SP達を後方に下がらせた。
ジョーは仕方なく、開け放たれた窓からひらりと室内に跳躍し、音も無くカーペットへと着地した。
中を見ると1人だけアンダーソン長官の横に残っているSPがいた。
「実はこのお方はエリアン国の王子様だ。
 狙われているのはアンダーソン長官ではなく、王子なのだ。
 敵を欺くには味方からと言うが、そんな訳でSPの姿になって貰った」
「道理でSPにしては線が細いと……。第一印象は当たっていたのか…」
ジョーがごちた。
エリアン国のマリネラ王子は、自国で行なわれているギャラクターとの蠢く陰謀に関して嫌気が差し、亡命を求めて知り合いのアンダーソン長官を頼って来た。
南部は亡命するのは逃げる事だと説得したが、王子は聞く耳を持たず、取り敢えず長官預かりとなった。
そこで南部博士はジョーに護衛を依頼したのだ。
王子の事は極秘事項の為、博士はジョーの任務を『長官の護衛』と言う名目にした。
「G−1号達はエリアン国に潜入して調査を行なっている。
 G−2号にはいずれ合流して貰うが、今は王子の護衛も重要な任務だ」
「ギャラクターは王子の口から自分達の悪事が情報漏洩する事を恐れていると言う訳ですね」
「そう言う事だ」
「で、エリアン国では一体何が起こっていると言うんです?」
ジョーが訊くと、マリネラ王子が重い口を開いた。
見ると24〜25歳と言った処だ。
「国王がベルク・カッツェに取り込まれたのは3年前の事だ。
 我が国に大量の眠る石炭が目的である事は間違いないのだが、カッツェは言葉巧みに父に世界征服の話を持ち掛けた。
 私は手を切るように何度も言ったのだが、聞く耳を持たんのだ」
「しかし、王子。だからと言ってあなただけ亡命をすると言うのは、あなたの祖国の人民を見捨てる事になりますぞ」
南部博士が眉を顰めたが、
「その話は聞き飽きた!」
と王子はそれ以上の言葉を言わせなかった。
この王子の護衛に自分に当てたのは南部に何かしらの意図があるに違いない、とジョーと思った。
恐らくはジョーがギャラクターの子だから、なのだろう。
「ギャラクターは王子の身柄がこちらにある事に余程の危機感を感じています。
 でなければあれ程大掛かりな襲撃はして来ない」
ジョーは焦燥感を隠さずに呟いた。
「今、アンダーソン長官から聞いた処だ。ご苦労だったな」
南部の眼は笑っていなかった。
公邸に入った今、外は囲まれているかもしれないのだ。
それをジョー1人で守らなければならない。
「外は一通り見て来ましたが、現時点では問題ありません。
 でも、いつ囲まれるか解りませんよ。
 下手をしたら長官の公邸毎吹き飛ばす位の事はやりかねない奴らです」
「うむ……」
ジョーが守らなければならないのは、王子だけではなく、長官や博士もいるのだ。
SPが居るとは言え、ギャラクターを相手にしては当てには出来ない。
しかし、南部はそのSPを呼んだ。
「この2人は特別な訓練を受けている。G−2号、君の助けになるだろう。
 本来の所属はISOの情報部員なので、顔は変えている」
ジョーはその内の1人に既視感があった。
顔は変わっているが、その体型、そして、声……。
サーキットで彼を可愛がってくれているフランツに非常に良く似ていた。
確信は持てなかった。
実はこの男は間違いなく、フランツその人だった。
だが、結局フランツの正体をジョーが知る事は生涯無かったのである。
とにかく先方に自分の正体を知られる訳には行かなかったので、ジョーも敢えて自分の名前を『科学忍者隊G−2号』で通した。
「何と呼べばいい?」
ジョーは低い声で言った。
フランツに似ている方が『エース』、もう1人が『ビート』とアルファベットを捩った偽名を言った。
「俺はG−2号で構わない。
 いざ王子が狙われたら、アンダーソン長官と南部博士の護衛を頼みたい。
 王子は俺が守る」
エース、いやフランツは彼の声を聞いて、G−2号がジョーだと確信しつつあった。
以前新聞に載った科学忍者隊の写真を見た時から、その確信はあった。
こんな形で逢おうとは……。
だが、これは任務だ。
お互いに正体を隠し通さなければならない。
先日雨で中止となったマリーナの追悼レースで逢ったばかりなので、フランツには不思議な気がした。
だが、今ジョーはジョーではなく、『科学忍者隊G−2号』であり、フランツは『SPのエース』だ。
フランツはその事を自分の中で再確認した。

ジョーは王子に近づいた。
「何があっても守ります。その事は安心していて下さい」
と力強い言葉を告げた。
「しかし…自国を捨てて自分だけ亡命して逃げ出すって言うのはどうなんですかね?
 自分自身で国を立て直そうと言う気にはなれないんですかね?」
ジョーの言葉にアンダーソン長官が慌てたが、南部博士が肩に手を置いて、様子を見るように合図した。
王子の護衛にジョーを持って来たのは、博士がある効果を狙っていたからであった。
「俺の両親は10年前に俺の眼の前でギャラクターによって虐殺された。
 貴方の国にそう言った子供が増えて行く。
 ギャラクターに牛耳らせておいていいのか?
 俺は…俺はな。帰りたくても自分が生まれた国に帰れないんだぞ!
 帰ったら裏切り者の子として殺されるだけだ」
「………………………………………」
「解るか?この哀しみが!この憎しみが!
 こんな子供を貴方が愛する国に続出させる事になるんだぞ。
 それでも、逃げるのか?」
「………………………………………」
「俺は貴方を守ってやる。王子を守るのが任務だからな。
 生命賭けでも守って見せるさ。
 だが、そうやって守った生命が、形骸化したただの保身を考えているだけの王子じゃ遣り切れねぇぜ」
ジョーの感情が一気に迸った。
「さあ、もう休んで下さい。俺が寝ずの番に就いていますから、安心して下さい」
ジョーは語気を緩めた。
マリネラ王子は少し何かを考え始めていた。
ジョーの言葉に感銘するものがあったに違いない。
ジョー自身はまだ解っていなかったが、それは南部が期待した効果が出始めているような兆候だった。




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