『憂国の末(3)』

王子はアンダーソン長官の貴賓室を寝室として宛がわれ、そこで休む事になった。
「室内では1人にして貰えないだろうか?」
と王子はジョーに言った。
「構いませんが、その前に中を一通りチェックさせて貰います。
 その後は何か起こらない限り、室内には入りませんが、外では自由に見張らせて貰いますよ」
ジョーはそう言うと、右腰からエアガンを取り出し、羽根手裏剣を唇に咥えて、戦闘体勢を整えた上で、ドアのノブをそっと音もなく捻り、バッとドアを開いた。
中はシーンとしている。
気配を探るが特に怪しい点は見当たらない。
ジョーは王子に下がるように言うと、ドアの横のスイッチを手探りで探し当て、スイッチを入れた。
万が一にもスイッチを入れた途端に爆発するような爆弾がセットされていては敵わない。
爆発は起こらなかった。
ジョーは油断のない眼で室内を舐めるように見回した。
ベッドの上下やクローゼットも、そして浴室も全て見回ったが、怪しい者は居なかったし、爆弾や盗聴器は無かった。
「入っていいですよ」
ジョーは少しぶっきら棒になり過ぎたか、と思ったが、王子は気にする様子もなく、入って来た。
「じゃ、俺はこれで…」
ジョーはさっさと素早い身のこなしで部屋を出て行ってしまった。

ぽつねんとマリネラ王子だけが残った。
お付の者も付けずに、本当に1人で亡命する事を望んでこの異国にやって来た。
皆、愚かな事だと自分を批判している様子だ。
今の若者もそうだろう、と王子は思った。
アンダーソン長官からは、戦闘能力も非常に優れ、大人びてはいるが、まだ18歳だと聞かされていた。
(まだ少年じゃないか…)
と王子は思った。
だが、科学忍者隊にはもっと若いメンバーもいると言う。
そんなに小さい内から地球の運命を左右するような闘いに駆り出されていると言うのか……。
王子は物思いに耽った。
恐らくはこの瞬間にもどこからか彼の鋭い眼がこの部屋に向かって光っているのだろう。
ジョーの言葉が甦った。
『俺の両親は10年前に俺の眼の前でギャラクターによって虐殺された。
 貴方の国にそう言った子供が増えて行く。
 ギャラクターに牛耳らせておいていいのか?
 俺は…俺はな。帰りたくても自分が生まれた国に帰れないんだぞ!
 帰ったら裏切り者の子として殺されるだけだ』
更には彼はこうも言った。
『俺は貴方を守ってやる。王子を守るのが任務だからな。
 生命賭けでも守って見せるさ。
 だが、そうやって守った生命が、形骸化したただの保身を考えているだけの王子じゃ遣り切れねぇぜ』
王子はどん、と壁を叩いた。
こんな音にも彼は敏感に反応しているのかもしれない、と思った。
(アンダーソン長官も、南部と言う博士も、国に残した民衆の事を考えろ、と言った…。
 その時は聞く耳を持たなかった私が、何故彼の言葉にだけは心を動かされたのか……?)
それはジョーの言葉が生命の迸りだったからだ。
自分のような子供を2度と出さない為にも国を立て直す為に闘え、と言っているのだ。
あの蒼いマントの下にはそんな深い哀しみと復讐心が隠れていたとは……。
マリネラ王子は、心を突き動かされた。
(明日、アンダーソン長官に言って帰国する手筈を整えて貰おう)
王子はそう決めると、シャワーを浴びて、床に就いた。
この瞬間にも彼は眠らずにどこかで息を潜めて自分を守っているのだ。
せめて部屋の中に招き入れようか、と王子がベッドの上で考え始めた時、外から低い気合と打撃音が聞こえた。
屋根の上でドタバタと足音がする。
此処は造りが頑丈だが、それでも響く程だ。
かなり大勢が屋根の上に乗っていると思われた。
それを彼が1人で相手しているのだろうか?
王子は不安に駆られ、部屋の外に出ようとした。
その時部屋の内線電話が鳴った。
『王子。ドアの前にSPが居ます。彼らを部屋に入れて厳重に鍵を掛けて下さい。
 それ以後は絶対にドアを開けたり窓から覗いたりしては行けませんぞ』
南部博士の声だった。
『今、G−2号が必死で闘っています。彼の負担を増やさないでやって下さい。
 貴方の傍にSPが居れば、彼も安心して働けます。そこから動かないで下さい』
そう言われては仕方がない。
「解った…」
とだけ答えて受話器を置いた。

ジョーは敵襲に逸早く気付き、長官の執務室に居た南部に知らせていた。
そして、自分は屋根の上へと上がって、戦闘を開始した。
彼は夜目が利くように訓練をこなしている。
聴力も最大限に引き出している。
だから、羽根手裏剣を狙い違わずに繰り出す事が出来た。
自分の持てる能力を全て発揮して、敵を倒して行く。
投擲武器はいつもながらに正確だし、彼が繰り出すパンチやキックも重く、相変わらず半端ではない威力を持っていた。
柔道の技のように背負い投げをしたり、必要があれば体当たりをして、相手を庭に突き落とす。
庭には既にギャラクターの隊員が山となっているに違いない。
とにかく屋根の上から王子のいる貴賓室を狙おうと言う輩には特に容赦はしなかった。
容赦なくエアガンで額を射抜き、羽根手裏剣で喉元を貫いて行く。
何しろ仲間は全員エリアン国に潜入している。
ジョー1人でこの場を打開しなければならない。
敵の銃撃を跳躍して避け、時にはマントを使って防御した。
彼は1箇所も掠らせていない。
その動きたるやまさに忍者と言うべきであり、人の眼に留まらぬ速さだった。
王子だけではなく、SP達にもジョーの目覚しい活躍は、その物音だけで解った。
このような素晴らしい身体能力を持つ者がこの世にいるとは信じ難い。
だが、実際に今、この場で八面六臂の働きをしている『科学忍者隊G−2号』を見る限り、少なくとも5人はそう言った人間が存在している事になる。
間違いなく、地球人だ。
どう言った訓練をしたら此処までになるのか、とエースと名乗って顔を変えているフランツは思った。
間違いなく、『G−2号』はジョーだ、と言う確信が強くなる中、そんな事が不思議に感じられていた。
レースでも無敵なのは、当然だと思った。
これだけの身体能力と、物を『見切る』能力が彼は際立っていた。
ジョーの方も何となく自分の正体を見破ったようだな、とフランツは直感したが、次にサーキットで逢う時はきっとお互いに何事もなかったかのようにして逢うのだろう。
互いに名乗れない身分なのだ。
仕方がない事だった。
確信はしていても、確証は得ていない…。
そう言った処だ。
それはお互いにそうだろう。
そして、一生明かす事のない秘密なのだ。
SPの2人は警戒心を解かず、銃を構え、2人で王子を挟むようにして立っていたが、やがて闘いの気配が止んだ。
敵兵の生き残りが撤退して行く様子が窺える。
ビートと呼んでくれ、と言った男が持っていた無線機が鳴った。
『外のギャラクター達はG−2号が一掃した。取り敢えずは大丈夫だろう』
南部の声だった。
やがてジョーが無傷で戻って来た。
「長官には『庭掃除』を依頼するように頼んでおきました。
 間もなくISOの夜勤の者がやって来るでしょう。
 暫くは煩いでしょうが、直に静かになると思います。
 朝まで監視していますから、安心して横になって下さい」
長時間の戦闘劇にも全く疲れた様子を見せずに、ジョーは王子にそう言うと「お邪魔でしょうから」とさっさと出て行こうとした。
「待ってくれ!明日にでも国に帰るように手配を始めて貰いたい、とアンダーソン長官に伝えてくれ」
王子の言葉にジョーはニヤリとして、頷いて見せた。

翌日の夕方、アンダーソン長官権限で、マリネラ王子専用機がチャーターされた。
ジョーはG−2号機毎搭乗する。
長官も立場上同乗する事になった為、南部も前線指揮を執るべく乗り込む事になった。
念の為SP2名も同行する。
最初ジョーはそれに難色を示した。
「このチャーター機はギャラクターに撃墜される恐れがありますよ」
だからジョーは自動操縦にして、尚且つ操縦士はロボットで、と進言したのだ。
彼は何かあったら脱出装置で彼らを脱出させるつもりで居たので、万が一の時には甚平に拾わせる必要があった。
甚平に余計な負担は掛けたくなかったが、これだけはジョーの意見が通らなかった。
(止むを得ねぇな……。いざとなったら腹を括るしかねぇ)
ジョーは決意を込めて、前の座席にいる王子の後姿を見た。
席は横3列が2列並んでおり、前の列に左からエース、マリネラ王子、ビート、後列にはジョー、南部博士、アンダーソン長官が並んだ。
そして、ジョーの進言通りパイロットはロボットにし、操縦をISOからの遠隔操作にした為、乗り込んでいる人間は以上の6人だった。
いざ撃墜された際、どうやって5人と自分の生命を無事に救うのかをジョーはシュミレーションしなければならなかった。
ジョーの座席はG−2号機の格納庫に一番近い位置だった。
いざとなったらすぐに出向いて乗り込む体勢は整えていた。




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