『憂国の末(6)/終章』

父親の前に飛び出した王子にマシンガンの集中砲火が火を吹いた。
既に動いていたジョーが王子をマントで守りながら飛び退(すさ)る。
「マリネラ王子、あなたは狙われているんですよ。その事を忘れたんですか?」
ジョーがその事を注意喚起させた。
「すまぬ。だが、父を説得する為に私は此処まで戻って来たのだ。
 1度は亡命を求めてこの国を捨てようとした私が……。
 憂国の末に、やはり父と国民は捨て切れなかった」
「解っていますよ。
 でも、国王のあの眼を見れば、催眠術に掛けられているのは解るでしょう?
 今の状態ではあなたの説得に応じる理解力も持ち合わせていないに違いねぇ!」
カッツェは既に国王の頭にリボルバーを突きつけていた。
国王を人質にするだろうと言うジョーの勘は当たっていた。
ジョーの横に健も立った。
「ベルク・カッツェ!貴様はどこまで汚いんだ!?
 国王を利用するだけ利用して、最後はゴミのように捨てるつもりだったんだろう?」
健の拳が震えた。
「問答無用!それが私の、そして総裁X様のやり方なのだ」
カッツェがまさにその指に力を込めようとした。
その時、ジョーが羽根手裏剣でカッツェのリボルバーを見事に弾き飛ばし、銃は暴発した。
カッツェがうろたえた。
その僅かの隙に健が跳躍し、国王を自分の手に取り戻していた。
「国王!しっかりして下さい」
辛うじて自分の力で立ってはいるが、まだ国王の眼は死んでいた。
催眠術が解けるのはカッツェが死なない限りは無理なのかもしれない。
それとも他に何か切っ掛けがあるのか?
だが、それを突き止めるには今はもう時間が無かった。
「ジョー、取り敢えず国王と王子を連れて逃げ出そう。
 カッツェを深追いしている場合ではない」
「解ってるぜ!くそぅ…」
ジョーは悔しそうに唇を噛んだ。
左腕を骨折しているジョーには右腕を空けている必要があった。
国王の身体は健が担いだ。
ジョーはエアガンに特殊爆弾をセットして中枢コンピューターに向けて、発射した。
この特殊爆弾の銃弾には強い反動があった。
これはこの任務に就く時に南部が持たせてくれたものだった。
さすがのジョーも両手でエアガンを構えなければならない程で、発射した時にはまた左腕が悲鳴を上げた。
衝撃で骨折部位が悪化し、複雑骨折したようだ。
一瞬意識が遠のきそうになった。
ジョーの一撃でメインコンピューターの爆発が始まった。
それと同時にジュン達が仕掛けた爆弾も爆発を始めており、基地内は大きく揺れ、天井から瓦礫や粉塵が落ち始めた。
「竜、ゴッドフェニックスで予定の場所に突っ込んで来いっ!脱出する!」
『ラジャー!』
健がブレスレットに向かって叫び、国王を抱えたまま駆け出した。
「さあ、王子、早く!」
ジョーも王子を促して、走り出した。
腕の痛みが走る振動で益々増したが、ジョーはひたすら王子を守りながら走り抜いた。
ゴッドフェニックスが突っ込んで来た。
ジュンが王子の右腕を取り、ジョーは左腕を取ってトップドームへと跳躍した。

国王をコックピットに敷いた毛布の上に横たわらせ、南部博士が診察をした。
「何か薬物を嗅がせて脳幹部を刺激し、誘導していたようだ。
 それが何かを突き止めて中和するものを点滴すれば、国王はやがて元に戻られるだろう」
それを聞いた全員が安堵の溜息をついた。
「科学忍者隊の諸君。良くやってくれた」
アンダーソン長官が告げた時、ジョーがぐらりと揺れた。
横にいたジュンが慌てて背中を支えた。
「しっかりして……」
「G−2号!大丈夫か?」
SP達がいるので、健はまたコードナンバーでジョーを呼んだ。
「大丈夫だ。特殊爆弾の発射で骨折部位が悪化したんだろう。
 だが、心配は無用だぜ」
エースことフランツは、ジョーの打たれ強さに舌を巻いていた。
「G−2号、とにかく座って。また患部を固定しましょう。
 熱を持って腫れて来ているわ。複雑骨折になってしまったかもね。
 それに貴方自身、発熱があるみたい。G−4号、救急箱を持って来て!」
ジュンがジョーを心配して甚平に指示をした。
「はいよ!」
甚平は軽々と飛んで、救急箱を手にパッと戻って来た。
任務の為に受けた傷だ。
ジョーが油断していた訳ではないし、どうしようもない負傷だった。
南部がジョーの様子を見て、少し眉を顰めた。
自分の子供達のような年齢の科学忍者隊に辛い任務を強いているのは自分なのだ。
ジュンが患部に添え木を当てた時、ジョーはさすがに「ぐっ…」と唸った。
「大丈夫?」
「ああ、すまんな。大丈夫だ……」
ジョーは安心させるように、感謝の眼でジュンを見た。
その後、不覚にも気を失った。
骨折が酷い場合に気を失ったりする事は良くある事だ。
ジョーが意識を失くしたのは、別に恥じる事でも何でもないのだが、恐らく彼は後で『自分の不覚』と言って恥じるのだろう。
コンドルのジョーとはそう言う男だった。

ゴッドフェニックスは空高く舞い上がり、安定した飛行を続けていた。
「G−5号。取り敢えず国王はISO付属病院にお迎えしよう。
 X−285地点に救急車を手配しておくので、そこに着陸してくれたまえ」
南部が無線機を手にしながら、竜に向けて命令した。
「ラジャー」
南部は無線機でISO職員を呼び出す前に、ジョーの所まで歩いて来た。
「どうだね?G−2号にも救急車が必要かね?」
覗き込んだ南部に、すぐに意識を取り戻したジョーが驚いて否定した。
「とんでもない!俺は歩けるんですから、そんな物に乗る必要はありませんよ」
「発熱でクラクラしている癖に良く言うわ」
ジュンが笑った。
「では、G−2号は基地で手当てをしよう。
 アンダーソン長官とSPの2人はX−285地点に迎えの車を用意しますので、それでISOにお戻り下さい」
南部博士と王子は救急車に同乗し、ゴッドフェニックスには科学忍者隊の5人だけが残った。
「ジョー、大丈夫か?
 基地に着いたらすぐに手当てをして貰えるように博士が手配してくれたぞ」
健が寄って来た。
「この程度で弱ってたんじゃ科学忍者隊は務まらねぇぜ。大丈夫さ」
実際には足掛け3日程の任務だったが、凄く長く感じた。
「みんな、戻ったら充分に休養するように、と南部博士が言い残して行った。
 博士の別荘でご馳走を用意してくれているそうだ」
健の言葉に操縦席の竜が飛び上がりそうになった。
「そいつは嬉しいぞいっ!有難ぇ、丁度腹が減って来た処じゃわい」
「ちゃんと操縦しろよ、竜!危ねぇだろ」
ジョーが注意した。
「竜、ご馳走はジョーの治療が終わってからだぞ」
健が釘を差すと、他の3人が笑った。
ジョーは笑うと左腕が疼いたが、笑わずにはいられなかった。
お互いをコードナンバーで呼ばなくても良くなった開放感もある。
全員がその開放感を感じていた。
「やれやれ、何か窮屈だったな……」
甚平がぼやいたが、それは全員の気持ちを代弁していた。

エリアン国国王が回復し、正気を取り戻したと言うニュースが科学忍者隊の元に飛び込んだのは、その翌日の午後だった。
王子と力を合わせてギャラクターを拝し、国を再建して行くと言う伝言が彼らの元に届けられた。
「良かったな、ジョー…」
健の言葉に、司令室の窓際で海水を泳ぐ深海魚を見ていたジョーが振り返った。
左腕の真っ白な三角巾が眩しかった。
レントゲンを撮った結果、やはり二の腕を複雑骨折していた。
暫くはレースにも出られない、とジョーは嘆いたが、任務の事については後悔はしていなかった。
「1度は国を捨て、亡命まで考えたマリネラ王子も、やはり憂国の士だったって事だな」
ジョーがポツリと呟いた。
「それこそが正しい姿だと俺は思うぜ」
「ああ、あの王子ならきっとやるだろう…」
健の述懐にジョーも答えた。
「腕は痛むか?」
「いいや、もう大丈夫さ。いつだって働ける」
「痩せ我慢をするな。熱が下がったばかりでまだ顔色も悪い。
 昨日の折角の食事も余り食べられなくて、テレサ婆さんに心配を掛けてしまったじゃないか」
「あれは仕方がねぇだろう。博士もせめて今夜にしてくれればよ」
「……だな」
健がニッと笑った。
珍しい笑い方だと、ジョーは思った。
ガッチャマンでいる時には時折見せるこの笑いだが、素顔の時には余り見せた事がなかった。
ジョーはそんな事を思って、健に背中を向けた。
今日は基地内で休養を取るように、と命令されている。
患部の予後のチェックも必要だったからだ。
「ジョー、間違っても訓練室になんか行くなよ」
健の言葉がグサリと刺さった。
図星だったのだ。
「い、いや……展望室に行ってコーヒーでも飲んで来るぜ」
「刺激物は止した方がいい。ジュースにしておけ。俺が買って来てやる」
珍しい事もあるものだ、とジョーは笑いを堪えた。
健が例え自動販売機のジュースでも奢ってくれる気になったとは…。
(今日は雨が降るかもしれねぇな…。
 まあ、此処に閉じ込められていちゃあ関係ねぇけどよ)
ジョーはまた窓の外の深海魚に眼を移すのだった。




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