『憂国の末〜番外編』

今日は快晴、まさにレース日和の1日だった。
先日の任務で左の二の腕を複雑骨折して暫くレースには出られなかったジョーがサーキットに復帰した。
今日のレースは接戦の末、判定に時間を取られたが、結局相手は進路妨害の反則を取られて失格し、ジョーが優勝した。
「けっ、進路妨害が無くても初めから俺が優勝だったのによ!」
ジョーはトロフィーと花束をG−2号機の後部座席に放り込むと呟いた。
「さて、この花を早いとこジュンの店に持って行ってやるか…」
優勝した時に貰った花束はこの処、ジュンの店に届ける事が定着していた。
トレーラーハウスに飾るには余りある大きな花束だ。
ジュンも喜んで受け取るし、店に来る女性客の眼を引いている、と話してくれた。
優勝を自慢するようで気が引けた事もあったが、ジュンの話を聞いてからは毎回持参するようにしていた。
「ジョー!」
運転席に乗り込もうとした時、後ろから声を掛けられた。
振り向かなくても誰だか解る。
フランツだ。
「優勝おめでとう。俺から見たら判定をするまでもなく文句なくジョーが優勝だった」
「へへっ、そりゃあどうも…」
自分以外にも解ってくれている人がいると嬉しいものだ。

ジョーは先日の任務でフランツと逢っていた。
しかしお互いにその正体を言う訳には行かなかった。
あの顔を変えたSPは間違いなくフランツだったと言う確信がジョーにはあったが、自分が科学忍者隊のコンドルのジョーだとは言えないのと同様にフランツにもそれを明かせない事情がある筈だ。
だからフランツはジョーが腕を複雑骨折した事を知っていたが、それを言う事はしなかった。
「暫く見なかったが、元気だったか?」
「ああ、ちょっと野暮用で来れなかったが、元気だぜ」
年はフランツの方がかなり上だったのだが、彼はジョーを同等に扱ってくれたので、ジョーはタメ口を利いていた。
実際レースの腕はジョーの方が数段上で、フランツもその事を解り切っている。
史上最年少で優勝を果たしたジョーの見事なレースの事は、彼は一生忘れないだろうと思っていた。
このジョーが科学忍者隊だったとは……。
何か重い任務に就いている事には気付いていたが、それでは急にレースを途中棄権する事も頷けた。
レースに完全に集中する事が出来ず、『プライベートレーサー』と言う立場を保っている事の裏にそんな事情があったとは……。
改めてジョーの顔を見て、やはりあのG−2号が彼であったと言う認識を強くしたフランツだった。
考えてみれば声が同じだ。
ジョーの方でも、フランツの事には気付いていて、気付かぬ振りをしてくれているようだな、と彼は思った。
「俺は3位入賞も逃してしまった。4位って言うのは本当に悔しいもんだな」
「そうだな。4位と2位はそれぞれまた違った悔しさがある。
 判定に持ち込まれた時はイライラしたぜ……」
「だが、仲間は皆、ジョーが優勝だって確信していたぜ。
 コース妨害がなくてもな」
「そう言って貰うと嬉しいぜ」
「ジョー!」
フランツが缶コーヒーを放った。
パシッと片手で受け取ると、ジョーは「サンキュー」と言った。
プルトップを開けるとプシュっと小気味良い音がした。
「いろいろと忙しいんだろうが、また一緒に走ろうぜ。
 ジョーがいるとみんなの覇気が違うのに気付いていたか?」
「?……いや?」
「お前の事を好敵手だと思っている連中が多いって事さ。
 本当は敵わないんだが、それを認めた上で、ジョーの走りを見ていたいって言う酔狂な連中さ。
 俺もその『酔狂な連中』の中の1人だがな」
「へぇ〜」
「ジョーはやがて世界に出て行く。
 みんな未来の世界的レーサーと知り合いだったら、自分にも箔が付くと思っているのかもしれないな」
フランツが笑った。
「そんな未来を心に描いている事は事実だが、まだその未来は全然見えねぇ……」
ジョーの述懐は当然だろう、科学忍者隊であるのならば……。
フランツはそう思ったが、別の事を言った。
「まだ若いんだ。焦る事はないさ。ゆっくりやる事だ。
 18なんてまだどれだけの明るい未来が眠っているのか解らないぜ。
 ジョーはこの世界ではダイヤモンドの原石だ。
 原石の段階で既に充分に輝いているが、まだまだ磨けば世界に羽ばたく事が出来る。
 サーキット仲間の誰もがそれを認めているんだ」
「褒め過ぎでしょう?」
ジョーは快活に笑った。
明るい未来が自分に待っているとは思えなかった。
世界を視野に入れている事は事実だったが、彼には背負っている荷物が余りにも重過ぎた。
「その花束、一体誰の所に届けるんだい?」
一瞬暗い眼をしたジョーの変化に気付いたフランツが話題を変え、からかうような表情を見せた。
彼女でもいるのか?とその眼が悪戯っぽく訊いている。
30代後半になる鳶色の眼をしたこの男には、そんな面もあった。
「友達がやっているスナックに飾ると女性客に喜ばれるらしい」
ジョーは呟くように答えた。
「早くそれを渡せる女の子と出逢えるといいな」
フランツは心からそう思った。
今は恐らく任務の為に恋愛をする事を控えているのだろう、と言う事は彼にも解った。
「……マリーンがあんな事にならなければ、お似合いのカップルになるだろう、ってみんなで噂していたんだぜ」
マリーンはジョーと同い年の女性レーサーだった。
突然の不慮の事故で2人の間に恋が芽生えるのを待つ事なく、逝ってしまった。
ジョーは任務で居合わせなかったが、フランツはその日もサーキットにいたのだ。
「その後残された母親の噂は聞くかい?」
ジョーが訊いた。
「いや…。1人になって片田舎に引っ越して行ったらしいと言う風の噂が最後だな」
「そうか。マリーンも親不孝な事をしたもんだ。逆縁と言うからな」
「ああ。母親の悲嘆振りはそれはもう見ていられなかったと言う話だ」
「マリーンはいい娘(こ)だった。今でも雨が降ると思い出すぜ」
「……ジョー、怪我には気をつけろよ」
フランツが言える精一杯の言葉だった。
「ああ、お互いにな」
ジョーのブレスレットが鳴った。
ボタンを押してその音を切ると、ジョーはG−2号機に乗り込んだ。
「じゃあ、またな」
「ああ、サーキットで待っている」
フランツが微笑んで答えた。
ジョーはアクセルを全開にして、走り始めた。
急いで改めてブレスレットで連絡を取る。
「こちらG−2号、南部博士どうぞ」
今日はレースだと博士も知っている。
それでも呼び出す時は運転手兼護衛の用事ではない。
科学忍者隊の任務がある時なのだ。
「G−2号、科学忍者隊はZ−502地点にて合体を完了して待機せよ。
 任務については現地に着いてから説明する」
「ラジャー!」
ジョーは答えるとG−2号機を走らせたまま、辺りを見回して、「バードゴー!」と掛け声を掛けた。
「花が枯れちまわねぇ内に任務が終わる事を祈るぜ。
 可哀想だからな……」
ジョーは1人ごちた。


※マリーンが出て来る話は、279◆『追悼のクラクション』をご覧下さい。




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