『愛機』

ジョーは格納庫でバードスタイルになって、フォーミュラカー状のG−2号機の整備を一心不乱に続けていた。
此処なら道具も自分のトレーラーよりも良く揃っている。
勿論メカニックのチームも居るのだが、自分が乗るものは自分が整備しておきたい。
何より、こいつとの別れが近づいているから、余計に自分の手で優しく丁寧に仕上げておきたかった。
彼は最近になって重い病いを自覚していた。
遠からず死が訪れるかもしれない、と言う事も。
(それまでの間まだまだ宜しく頼むぜ!)
整備を終えるとそんな思いを込めて愛機をピカピカに磨き始めた。
レーサーである彼は車への執着心が強い。
出来るだけ整備や洗車・ワックス掛けは人任せにしないと言うのが彼のセオリーだった。
それに、別れが近づいているのなら、少しでも長く傍にいたかった。
まるで恋人に対する気持ちのようだった。
G−2号機はそんな彼を信頼してくれていて、彼の思い通りに働いてくれる良き相棒だった。
今も静かに彼を見つめている。
ジョーの喜びも哀しみも、そして苦しみも…全てを知り尽くしているG−2号機だった。
(まだ死ぬ訳には行かねぇ。ギャラクターを斃すと言う本懐を遂げるまではな……)
突然発作が来た。
激しい眩暈と頭痛だ……。
ジョーは作業を中断して、よろよろとG−2号機のコックピットに収まった。
誰かに姿を見られたくなかった。
コックピットを閉めて、密室で苦しみが去るのを待つ。
眩暈も強かったが特に頭痛の方が堪えた。
荒い息を吐きながら、それにひたすら耐えた。
(こんな事が頻繁に起きたら、任務に差し支えちまう……)
G−2号機が静かに哀しげにジョーを見守っていた。
彼の全てをただ見守っているしかなかった。
せめて彼を暖かく包み込んでやろう、とG−2号機は機内を少し暖め、コックピットに敢えて露を付け、外から彼の姿が見えないようにしてくれた。
ジョーの誰にも見られたくない、と言う思いを一番理解していたのだ。
「おめぇ……味な事をしてくれるじゃねぇか。ありがとよ……」
ジョーが痛みを堪えながら呟いた。

30分程経つと痛みが大分引いて来た。
だが、まだ眩暈が残っている。
暫くはそのまま心地好いコックピットで、座席に寄り掛かり、G−2号機との静かな時間を過ごした。
瞳を閉じていても激しい眩暈を感じる。
それは彼の症状が重症である事を如実に表わしていた。
「おめぇの中は本当に居心地がいいな。
 身体に慣れたこのシートとも、もうすぐお別れだな」
ジョーは少し感傷的になっていた。
自分でもそれを自覚した。
だが、最後まで一緒だと思っていた。
まさか、自分に残されている時間がそれ程までに短いとは思わなかったし、G−2号機と共に最後まで闘う覚悟でいた。
G−2号機を健に預けて1人旅立つ事になろうとは彼自身予想もしていなかった。
「もし…突然別れが来たりしたらごめんな…」
ジョーは恋人に呟くように優しい声で言い、眩暈を振り切って濡れたフロントガラスを丁寧に拭き始めた。
「俺を外から見えないように隠してくれたんだな。ありがとうよ…」
心を込めて丁寧に拭き終わると、再び外に出て残りの作業を始めた。
まだ頭がクラクラする。
だが、もうすぐパトロールの時間が迫っていた。
「ジョー、精が出るわね」
やって来たのはジュンだった。
「おめぇもバイクの整備に来たのか?」
「整備はもう終わっているわ。
 最近店にも顔を出さないし、パトロールの時にしか逢わないから心配してるのよ」
「ああ、この処任務がねぇから、レースに没頭してるだけさ」
「だったらいいんだけどね。顔色が良くないわ。
 この処頬がこけて来ているみたいだし、あなたはどう見ても痩せたわよ」
ジュンは探るような眼をしてジョーを見つめた。
「言わなかったっけか?レースの為にちょっとウェイトを落としているのさ」
「そんな必要はないように思うけど…。
 無理をしちゃ駄目よ。
 みんな心配しているわ」
ジュンが背中を向けた。
「あ……、健がそろそろ集合してくれって」
「ああ、解った…」
その答えを聞くと、ジュンはそのまま格納庫から出て行った。
ジョーは急いで拭き残しを拭い取った。
「さあ、そろそろパトロールに出動だぜ。おめかしも終わった」
G−2号機のルーフを優しく撫でる。
「最後まできっと一緒だぜ……」
ブルルンとエンジン音が1回鳴った。
ジョーはエンジンを掛けていない。
G−2号機が自分の意志でエンジンを動かしたのかもしれない。
ジョーはそれを不思議には思わなかった。
先日も頭痛と眩暈の発作を起こして車内で意識を失った時に、トレーラーハウスまで運んで彼を朝まで暖めていてくれた事もある。
何かの時にクラクションで意志表示をした事もある。
ジョーにが知っているG−2号機の本当の姿だ。
2人は一心同体なのだ。
それが引き裂かれる運命に在ると言う冷たい現実がジョーには辛かった。
「俺は死ぬのが怖い訳じゃねぇ…。
 いや、そんな事を言えば嘘になるかもしれねぇな。
 ただ、このまま死ぬのは余りにも心残りが大きい。
 ギャラクターを斃したら、おめぇとやりたい事はまだまだある。
 その為にも、俺は死んでは行けねぇな……。
 何の病気だか知らんが、打ち負かしてやる位の気持ちで掛からなきゃ駄目だ。
 死ぬ事を前提に物事を考えていたんじゃ行けねぇ」
ジョーはG−2号機に寄り掛かった。
「じゃあな、また来る。心配すんな。
 リーダー様の呼び出しに応じて来るだけだ。
 後で一緒にパトロールに出掛けるからな。待っていろ」
背中を預けていたG−2号機は彼に優しく暖かかった。
ジョーはそっと弾みを付けて離れ、マントを翻して司令室へと向かった。
最近は南部博士が篭ってしまっているので、パトロールは健主導で行なわれていた。
ギャラクターが鳴りを潜めているのは何とも不気味だ。
きっと水面下で何かとてつもない事を企んでいるに違いない。
空からのパトロールには限界が来ているのではないか、とジョーは思っていた。
いつもギャラクターが事件を起こしてから出動するのでは、後手後手に回ってしまう。
(このままじゃ駄目だ。いつまで経ってもギャラクターを斃せない。
 それでは間に合わねぇかもしれねぇ……)

ギャラクターが1ヶ月振りに動き出すのはもう間もなくの事だった。
ジョー達はそれを知らない。
その後の呪われたかのようなジョーの運命も…。
G−2号機とだけではない。
仲間達との永遠の別れが訪れようとしていた。
自分の死が遠からずやって来る事を自覚し、覚悟しようとしていたジョーだが、余りにもその先が短いと知った時にはさすがに動揺した。
そのままG−2号機に逢う事はなかった。
ゴッドフェニックスの機能を果たす為、また、自分の代わりとして、G−2号機を健に預けた時のジョーの思いは如何ばかりであったか……。
そして、突然来た別れをG−2号機がどう思ったのか、誰にも解りようがなかった。


※242◆『悲壮な決意』とシチュエーションが似てしまいました。(^_^;
 『悲壮な決意』よりも少し前の日の話だと思って戴ければ、と思います。


※242◆『悲壮な決意』とシチュエーションが似てしまいました。(^_^;




inserted by FC2 system