『特殊電波(1)』

そこを発見したのは偶然だった。
海が見える小高い丘。
周りが切り立っていて、何の障害もなく、パノラマのように海が広がっていた。
ちょっと回り道してみようと思い立った時に見つけたのだ。
海の漣しか聞こえないような落ち着いた場所だった。
そしてそこから見える海がまた絶品で、きらきらと輝いている。
夕暮れ時になると沈む太陽がジョーに向かって光る道を作っていた。
そこを渡り歩けるような錯覚にさえ陥る。
翌日からトレーラーハウスをそこに置き、もう1週間になろうとしていた。
パトロールの時に健が「お前トレーラーハウスを引っ越したのか?」と訊いて来たが、ジョーは「特等席を見つけたんでな…」とあっさりと短く答えただけに留まった。
ベッドに横たわる時に聞こえる波の音はα波を出していた。
何とも心地好く眠りに就けるのである。
この処、悪夢を見て魘されていたジョーも、此処に居を構えてからは落ち着いて眠れるようだった。
あのおぞましい夢を見なくなった。
(あの事があってから海は嫌いだったが、テレサ婆さんのお陰で克服出来た。
 あれからどんな海に行っても平気だ……)
彼にとって、海とは両親が殺された記憶に直結する場所だった。
銃声も恐ろしいものでしかなかったが、いつしか射撃訓練を始めるようになった。
それは敵を斃す為に必要な技術だったからだ。
こうして彼は幼い頃のトラウマを1つ1つ克服して行った。
だが、どうしても消す事が出来ないのはギャラクターへの復讐心である。
それだけはどうにもならなかった。
自分の両親を殺された復讐心、そしてこれまで闘って来た中で芽生えた更なる敵愾心。
傍若無人な地球に対する攻撃をし、自然破壊を進めて行くギャラクターの遣り方には心底腹が立ったし、赦せるものではなかった。
忍者隊のメンバー達も同じ思いを持っている筈だが、彼らは後者だけの筈だ。
健は父親を殺された復讐心を最近になって随分とコントロール出来るようになったらしく、自分程復讐心を募らせている様子は見せない。
(俺の場合はギャラクターの子だった、と言う事実があるからな……)
ジョーの悪夢は、自分の出自を知る事で一旦見なくなっていたのだが、最近になってまた見るようになっていた。
頭痛と眩暈の発作が起き始めて暫く経ってからの事だ。
この両親が殺される時の夢は何かを暗示している、とジョーは思った。
睡眠を妨げられる事が増えて来た為、この場所で眠るようになったのだ。
波の音を聞きながら横たわっていると不思議と深い眠りに就く事が出来て、眠りが浅い時に見る夢を遠ざける事に成功していた。
(今は出来るだけ体力を温存しておかなければならねぇ。
 寝不足なんてもっての外だ……)
科学忍者隊にとって体調管理も重大な任務である事は彼も痛い程承知していた。
本来であれば、この頭痛と眩暈はすぐに申告すべきなのだろう。
だが、決戦が近づいている今、それは出来ない。
この症状にはかなり問題がある。
恐らくは任務を解かれるだろう。
そうなったら自分に『生きる道』はない。
ジョーはそこまで思い詰めていた。
今、彼の本懐を遂げる為には科学忍者隊で居続ける必要があったのだ。
彼が気持ち良く寝入った処へスクランブルが入った。
内心(チェッ!)と思ったが、すぐに応答した。
「こちらG−2号、どうぞ!」
『K−3地域のマルスター国にギャラクターのメカ鉄獣が出現した。
 科学忍者隊は直ちに急行せよ』
「ラジャー」
ジョーは答えると素早くTシャツを着て、外に出た。
トレーラーハウスとG−2号機は連結していなかったので、すぐに出られた。

科学忍者隊は速やかにゴッドフェニックスに合体した。
「ジョー、顔色が悪いぞ」
すかさず健がそこを突いて来る。
「いや、寝入り端だっただけさ」
「あら、珍しいわね。この時間にジョーが寝ているだなんて…」
ジュンが言ったが、ジョーは無視して「それで指令は?」と訊いた。
「まだだ。今、博士に連絡する」
ジュンの横ではまだ半分眠っている状態の甚平がいた。
健はブレスレットに向かって、「南部博士、科学忍者隊全員集合しました」と呼び掛けた。
すぐにスクリーンに南部博士が登場した。
南部博士は夜でもビシッとスーツを着込んでおり、いつでもきちんとしている。
「ご苦労。マルスター国は現在午前5時。間もなく夜明けを迎える。
 この国は観光地として名高く、週末と言う事もあり、普段の人口の2割増の人が集まっているのだ。
 そこをギャラクターが人々を暴徒化させる特殊電波を発するメカ鉄獣を使って、攻撃を始めた。
 既に恐ろしい事に人々が殺戮を始めている」
南部の表情が曇った。
「くそう、ギャラクターめ。
 自分達は直接手を下さずに、人々を滅ぼそうと言う魂胆だな。
 汚ねぇ手を使いやがる!」
ジョーが怒りを露にした。
「ジョーの言う通りだ。人類が殺し合うのを高みの見物を決め込んでいる。
 絶対に許してはならんのだ」
「今この瞬間にも人々は自分の大切な人を手に掛けているのかもしれねぇ。
健、急ごうぜ」
だが、健は冷静だった。
「博士。特殊電波の周波数などのデータは解っているのですか?」
「今、解除の方法は模索中だが、君達のヘルメットのセッティングを変える事で、君達は現地に降り立っても特殊電波の影響を受ける事はない。
 そのセッティングは今こちらで行なった」
「解りました」
健が博士と会話している間に、ジョーは他のメンバーに解らぬように頭痛を堪えていた。
彼が先を急いでいたのは、そんな理由があった。
まだ彼らに異変を気付かれてはならない。
絶対にこの任務を切り抜けなくてはならない。
今は頭痛だけだった。
それがせめてもの救いだ。
「よし、竜。着陸だ」
丁度朝日が街を照らし始めていた。
着陸に適した地点をすぐに見い出し、竜は着陸態勢に入った。

竜を残して4人が偵察に出る事になった。
「特殊電波はヘルメットが防いでくれる。
 何があってもバードスタイルを解くな。
 まずは被害状況の確認。
 そしてまだ正常な人々が居たら、マンホールなど安全な場所に避難させる。
 メカ鉄獣の調査も必要だ。
 俺とジュンと甚平は被害状況の確認と人々の避難、ジョーはG−2号機でメカ鉄獣を探って来てくれ」
「ラジャー!」
3人はトップドームから跳躍し、ジョーはコックピットからノーズコーンへと移動した。
彼は一瞬ふらついたが、仲間には気付かれずに済んだ。
「よし、竜、出られるぜ」
「よっしゃ!」
竜がオートクリッパーでG−2号機を下ろしてくれた。
「ジョー、東南の方向にレーダー反応がある。メカ鉄獣はそっちじゃろて」
「解ったぜ。行ってくらあ!」
ジョーは軽快にG−2号機を飛ばした。
G−2号機のコックピットに入ってすぐに気休めだが、痛み止めを飲んでいた。
(気休めでもいい。任務の間は痛みを忘れさせてくれ……)
ジョーは祈るような気持ちでアクセルを踏んだ。
やがて、巨大なスピーカーのような黒い箱型のメカ鉄獣が視界に入って来た。
箱型スピーカーに手足が付いているような奇妙なデザインだ。
ジョーはG−2号機で周回しながら連続写真を撮った。
「竜、連続写真をそっちに送る。南部博士にも転送してくれ」
「ラジャー!」
事態の全容が見えて来るのはこれからだった。


※152◆『潮騒』も併せてお読み戴けると良いかもしれません。
 このストーリーは98話と99話の間ぐらいの設定だと思って下さい。




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