『特殊電波(4)/終章』

「内部からの爆破で動きは停まったが、このままにしておく訳には行かねぇ。
 超バードミサイルをぶち込んでやれ!」
ジョーがレーダー席から叫んだ。
「ジョー、やるか?」
健が訊いて来たが、ジョーは席を立たなかった。
眩暈が酷かったのだ。
その上、電気鞭のショックから発熱していた。
「身体が痺れて動けねぇ。動かない敵が相手だ。誰が撃っても命中するだろうよ」
「ジョーがバードミサイルを撃たねぇなんて言うのは珍しいのう…」
竜が驚いて見せた。
以前、彼がバードミサイルを撃つのを健に任せようとした時、ゴッドフェニックスは撃墜された。
皆、その時の事を一瞬思った。
「馬鹿だな、てめぇら。悪い事を考えやがったな。
 なら俺がやってやる!」
ジョーはふらつく身体で立ち上がった。
ジュンがその身体を支える。
その時ジョーの身体に発熱がある事に気付いたジュンはハッとしたが、ジョーはその手を振り切ってのしのしと赤いボタンの前へと大股で歩いた。
彼が手を当てると、自動的にガラスの蓋が開いた。
「竜、スピーカーの穴の正面にやってくれ」
「ほいよ」
充分に方向を調整した上で、ジョーはバードミサイルのスイッチを押した。
「竜!急速上昇!」
健が指示をした。
その急激なゴッドフェニックスの動きにジョーは耐えられず、床に弾き飛ばされた。
常なら何でもない事だった。
水平飛行になってから健達が駆け寄った。
「ジョーは電気ショックのせいで発熱があるみたい……」
ジュンが呟いた。
またジョーにとって都合の良い解釈がなされた。
敵のメカ鉄獣は大爆発を起こして遥か下で粉々に砕け散っている。
「ぐぅ……。大丈夫だ。
 電気ショックを全身に流された上に電気鞭で何度も打たれたせいだろう。
 心配するな。すぐに良くなる」
ジョーはニヤリと笑って見せたが、仲間の顔が2重にも3重にも重なって見え、揺らいでいた。
頭も痛い。
ジョーはぐったりと、起こし掛けた身体を再び床に伸ばした。
だが、意識ははっきりしていた。
「カッツェの奴、遠隔操作をしていやがって、あのメカ鉄獣には乗り組んでなかったぜ」
「そうか…。ジョー、帰還するまで少しでも眠れ……」
健が肩を貸し、彼の席へとジョーを連れて行き、シートベルトを着用させた。

ジョーは何時の間にか夢の中に引き込まれ、またあの夢に魘された。
「ジョー、基地に着いたぞ。大丈夫か?」
健に起こされたジョーは荒い呼吸を繰り返していた。
皆が心配そうにジョーを囲んでいた。
「……また、『あの夢』を見るのか?」
健が眉を顰めた。
「ああ、疲れているんだろう。大丈夫さ。
 今、トレーラーを停めている場所は寝るには絶好な場所さ。
 今晩ぐっすり寝れば夢も見なくなる」
「ジョー、苦しい事があれば俺達に吐露してくれて構わないんだぞ。
 俺達はその為の仲間じゃないか」
「そうよ、ジョー。みんな心配しているんだから」
「ありがとよ。だが、心配には及ばねぇ…」
シートベルトを外して立ち上がろうとしたジョーはやはりふらついてしまった。
健がバイザーの中に手を入れた。
「ジュンの言う通り、熱がある…。博士に診て貰おう」
博士がジョーの身体を診た結果、電気鞭で打たれた跡が腫れていて疼痛を起こしていた。
発熱はその腫れと疼痛から来るもので、痛み止めと効炎症薬が点滴され、ジョーは解放された。
トレーラーハウスに戻る、と言うジョーを健は心配した。
「俺がG−2号機を運転する。
 まだ熱が完全に下がっていないのに運転するのは危険だ。
 俺のバイクはルーフに積んで行けばいい」
「いや、大丈夫だ。それにあの場所は俺1人の秘密に取っておきてぇ……」
「そんなに特別な場所なのか?」
「ああ、『特別』だ。今、俺が安眠出来るのはあの場所だけなんでな。
 悪いが、1人で帰る。
 俺はレーサーだ。自分で運転出来るか否かぐらいの判断は出来る」
「……解った。気をつけて行けよ。何かあったらすぐに知らせてくれ」
「間違っても尾行なんかするんじゃねぇぜ。
 まあ、俺のテクニックで撒いてやるけどな!
 余計なカーチェイスをさせたくなければ止めておく事だ」
健は図星を刺されて黙り込んだ。
「行かないよ。だから、気をつけて帰れ」
健はその言葉に心から祈りを込めてジョーにぶつけた。
「解ったよ。じゃあな、あばよ」
ジョーは後ろ手に手を振って司令室を出て行った。

こうしてジョーはまたあの小高い丘に戻って来た。
丁度夕暮れ時で、あの自分に向かって作られたかのような光の道を眼にする事が出来た。
ジョーはG−2号機と共に夕陽を身体一杯に浴びて、深呼吸をした。
風が爽やかだ。
何とも長い1日だった。
この夕陽が沈み切るまで潮騒の音を聞きながら、ずっと眺めていようと思った。
G−2号機のボンネットに座るとそこはまさに特等席だった。
ジョーは飽かずにキラキラと海を輝かせながら沈み行く夕陽を眺めていた。
心が洗われて行くような思いと共に、自分の人生も夕暮れ時を迎えている事を強く自覚した。
夕陽は海岸線に消えて行く時に最後のひと光りを見せる。
自分も最後の一瞬にあのように輝いてから逝きたい。
ジョーはそんな風に考えるようになっていた。
その最後のひと光りを見る為にこの場所でボーっと過ごした。
やがて辺りは眩くなり、潮騒の音だけがジョーの耳を擽った。
本格決戦が始まったら、博士の別荘の近くに居を移さなければならないだろう。
この夕陽を見る事が出来るのは果たしていつまでなのか?
ジョーは1日1日を大切に生きようと思った。
身体の痛みはまだ疼いたが、今は眩暈が収まっている。
軽く食事を摂って、シャワーを浴びて寝てしまおう。
疲れと身体に巣食う病いを汗と共に金繰り捨ててしまおう。
ジョーはG−2号機のボンネットから降りるとトレーラーハウスへと戻るのだった。

夕食は買って来た。
自分で作る程、体力が戻っていない。
食欲は無かったが、義務的に口に運んだ。
デリバリーショップの持ち帰りのピッツァだった。
ジュンの店で食べて来る気にはなれなかった。
まるで手負いの獣のように、自分の姿を仲間達の前から隠したかった。
苦しんでいる姿など見せたくはない。
いつ発作が起こるか解らない身では、そうそう彼らの傍にはいられない。
食事中に突如発作の予兆を感じた。
ジョーはピッツァを半分も残して、痛み止めと眩暈止めを服用し、食事を片付ける事も出来ずにそのままベッドに横たわった。
こうする事が当たり前の日常になりつつあった。
痛み止めは先程電気鞭の跡の疼痛に関して点滴されたのにも関わらず、ジョーは薬を飲まずにはいられなかった。
そうして、彼の予感通り激しい発作が来た。
いつもきちんとしているシーツがぐちゃぐちゃになる程、彼はベッドの上でのたうち回った。
その姿は壮絶だった。
任務中に何事も起こらないように…。
彼の願いはそれだけだった。
30分で痛みが収まり、眩暈も小一時間で落ち着いた。
ジョーはそろりとベッドから起き上がった。
漣の音が耳を澄まさなくても聞こえて来た。
明日、気分が良かったらあの海に降りてみよう、と彼は思った。
食事の続きをする気にはなれなかったので、ラップをして冷蔵庫にしまい、着替えとバスタオルを用意した。
シャワールームの鏡に映った裸の自分の姿は、まだ電気鞭で打たれた部分が赤く腫れていた。
(くそぅ、カッツェの野郎め。今に見ていろ!)
ジョーは拳を握り締めた。
それからコックを捻り、少しずつ好みの熱い温度へと湯音を上げて行った。
傷が疼いた。
まだ熱を持つ部分に熱い湯は刺激となったようだ。
ジョーは仕方なく温度を下げ、ゆっくりと丁寧に身体を洗った。
傷が痛むので、緩慢な動きで髪を洗い、身体を洗う。
何かの儀式のように、いつも同じ手順で洗った。
そして、ついでに傷の痛みや自分を蝕んでいる病気も洗い流すような思いを込めて、筋肉質だが少し痩せた身体からボディーソープの白い泡を洗い流した。

ベッドに横になると、何時の間にか全ての痛みを忘れた。
漣が心地好い眠りに彼を誘った。
翌朝まであの嫌な夢を見る事もなく、熟睡感が得られた。
気持ちの良い目覚めだった。
やはりこの場所のヒーリング効果は彼には合っているらしい。
いずれは離れなければならないが、此処に居られる間はこの場所で寝る事にしよう。
ジョーは改めてそう思った。
昨日の残りのピッツァを温めて朝食代わりにし、ジョーは丘から降りてみる事に決めた。




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