『レーサーとして、コンドルとして』

『スナックジュン』ではジョーのささやかな祝勝会が開かれていた。
「別に毎回祝勝会なんてしなくていいのによ。
 俺はただ貰った花束を運んで来ているだけなんだぜ」
ジョーは少し困惑気味だった。
祝ってくれるのは嬉しいが、こう毎回では申し訳ない気持ちになって来る。
「いいじゃない。私達が祝いたいんですもの。
 ジョーが持って来てくれる花束は女性客に評判がいいし」
「そりゃあ、俺のトレーラーに置けねぇから此処にこれ幸いと持って来ているだけだ。
 おめぇが恩に着る事はねぇ」
ジョーは頭を掻いた。
「気にしない気にしない。おら達、美味しいものを食べるのが好きなだけじゃわい。
 ジョーはだしにされているだけじゃ」
竜がサンドウィッチを両手に持って交互に食べながら言った。
「おめぇは何よりも食欲だからな」
ジョーは皮肉を言ったつもりだったが、竜には通じていなかった。
「ジョーの兄貴!おいらの特製ピッツァが焼き上がったよ。
 熱い内に食べなよ」
甚平がオーブンから熱いトレイを手袋をして取り出していた。
「ああ、ありがとよ。旨そうだな」
良く見ると、またトッピングで優勝を祝う文字が書かれていた。
以前にも甚平はこんな事をしてくれた事があった。
「おめぇは相変わらずなかなか洒落た事をしやがるな」
言葉は乱暴だが、ジョーは嬉しかった。
甚平の頭をぐしゃぐしゃに掻き混ぜて、その気持ちを表現していた。
ピッツァはまだチーズが沸々と弾んでいた。
甚平はそれを食べやすいサイズに切ってくれた。
「これは全部ジョーの兄貴に食べて欲しいから小さいサイズにしたよ。
 これなら全部食べられるよね?」
ジョーは食が細い。
竜なら平気で大きなサイズのピッツァを1枚平らげるだろうが、ジョーはそうは行かない。
だから、甚平は気を遣って最初から小さめのサイズに作ってくれたのだ。
「おめぇの心尽くしだ。残さず食べねぇ訳には行かねぇな」
ジョーは笑って最初の一切れを手に取った。
「兄貴はコーラね。これぐらいならおいらが奢ってもいいよ」
甚平はコーラを健に差し出した。
健は情けない顔をした。
「甚平。健にスパゲッティーでも作ってやれ。俺が払う」
ジョーは余りにもリーダーが可哀想になり、そう言った。
「いいのよ、ジョー。健はもうツケでサンドウィッチとナポリタンを平らげた後よ」
ジュンが笑いながら、ジョーの前にシャンパンを出した。
「アルコールゼロだから、安心して飲んで」
グラスにはリボンが結んであった。
ジュンなりのお祝いの気持ちなのだろう。
今回のレースは世界中が注目する大きなレースで、テレビで生中継をする程の大きな大会だった。
彼らは此処でテレビ観戦をした。
レース中に任務がない事を祈りながら。
ジョーは2位に大差を付けて優勝した。
表彰式の後、テレビのインタビューも来たが、彼は上手く逃げ出して来た。
そのまま此処に直行したのだ。
「今回の花束はいつものより一回り大きいわね。
 あれだけ大きな大会だったんですもの」
「だが、注目を浴び過ぎては行かんと思って、テレビの取材からは逃げて来た」
「それで正解だ…。俺達が目立ち過ぎるのは良くない」
健が低い声で言った。
その場の雰囲気に水を差すような声だった。
「解ってるって。俺も馬鹿じゃねぇ。
 レースで名声を得たいのは俺の本心だが、それは『今』じゃないって事だ。
 ギャラクターを倒すまでは大きな大会は自重しようと思う」
「それがいいだろう」
健が短く言った。
彼は妬んでいる訳ではない。
科学忍者隊としての任務に支障が出る事になると困る、と言っているのだ。
ジョーの優勝は彼も嬉しかった。
だが、有名になり過ぎては困る。
健が言いたかったのはそう言う事だ。
ジョーはそれを自分が一番先に痛感していた。
だからこそ、得意げにインタビューを受ける事もなく、抜け出して来たのだから。
「ジョーは自分の立場を弁えているわ。
 だから、さっさと引き上げて来たんじゃない。
 健が心配しなくても解っているのよ」
ジュンが取り成すかのように言った。
「いや、これからが大変だ。
 俺は住所不定だからいいが、サーキットには人が群がるだろう。
 俺をスカウトしようとする奴らがな。
 勿論今はそれを受ける気はねぇ。
 心配すんな、リーダーさんよ」
ジョーが唇を曲げた。
本当は悔しい。
レーサーとしては今がチャンスだ。
だが、ギャラクターを斃すと言う本懐を遂げるまでは我慢する事だ。
彼はまだこの世界では若い。
ギャラクターを壊滅させてからでも遅くはない、と自分に言い聞かせた。
「はは、ジョー。おめでとう!」
健がそれまでの渋面を破って破顔一笑した。
彼の本心も本当はジョーを素直に祝ってやりたかったのだ。
コーラをジョーの方に差し出し、彼のシャンパングラスと乾杯した。
コンドルのジョーとしては余り喜んではやれないが、友達のジョーとしてなら心から喜べる。
健も複雑な思いを抱えていたのだ。
どうやらジョーが自分の分を弁えている事が解って、健は素に戻ったのだ。
そして、仲間達はジョーが、そして自分達が夢に向かって行けるそんな世の中を早く作り出さなければならない、と決意を新たにした。
自分達はまだ10代なのだ。
当然明るい未来を模索している。
今の状況ではそれが許されない、と言う事がもどかしかった。
「おいら達、夢を描いていもいい時が来るんだよね」
甚平がポツリと言った。
「ああ、来るさ。俺達の手で自分の夢を掴み取る為に闘っているのさ」
ジョーは甚平を優しい瞳で見た。
「おめぇは特に若いからまだこれから何をしたいのかゆっくり考える事が出来る。
 まだまだ青春を楽しむ事が出来る。
 俺達はギャラクターが斃れる頃には大人の仲間入りをしているかもしれねぇからな。
 今の内に子供の時代を充分に味わっておけ」
「有難う、ジョー。
 おいら、ジョーのトレーラーに泊めて貰ったりして、ジョーには楽しませて貰ってるよ」
甚平が感謝の言葉を口にした。
「任務がない時はおいら達も自由だもの。
 まあ、店があるからそんなに自由な時間はないけど、ジョーと居ると少しだけ非日常が楽しめておいら嬉しいよ」
「へぇ。じゃあ、おらも泊めて貰おうかのう?」
「竜は無理だ。寝る場所がねぇ」
ジョーが即座に断ったので、皆が大笑いした。
そのタイミングが余りにも絶妙だったのだ。

重い任務をそれぞれが背負いながらも、彼らは確かに青春真っ只中の若者達だった。
少しでも早く平和を取り戻して普通の若者らしい生活を楽しんで欲しいものだと、周りの大人はそう思っていた。
ギャラクターがこの世に在る限り、それは叶わない事だろう。
自分達の夢を見つけてそれに向かって羽ばたく為に、科学忍者隊は今日も任務の為に出動するのである。




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