『テレサとの遠出』

「ジョー、今日はテレサを連れてジュンと甚平がいた『しらゆき孤児院』に行ってくれないかね?」
南部博士の話は唐突だった。
「は?」
「あそこのシスターが病気だそうでね。
 1日だけでもテレサを手伝いにやろうと思っている。
 君も手伝ってやってくれたまえ」
「え?でもパトロールは?」
ジョーは戸惑いながら訊いた。
「パトロールは君がいなくても大丈夫だろう」
「何かあってもG−2号機ではすぐに駆けつけられるかどうか…。
 いくら時速1000kmと言ったって、実際にそれを発揮出来る場所は限られていますからね」
「その時はゴッドフェニックスを迎えにやる。
 何事も起こらないよう祈っている事にしよう」
博士はジュンと甚平を引き取った事から、まだ『しらゆき孤児院』とは関わりを持っていたらしい。
「料理を振る舞って来る訳ですか?」
「そうだ。買物から付き合ってくれたまえ。これから出発だ」
「ジュンと甚平を連れて行った方が喜ぶでしょうに……」
「ジュンはこう言う場合、役には立たんだろう」
博士が苦笑した。
「……解りました。では別荘に向かいます」
この日は思いも掛けずテレサ婆さんとのデートとなった。
玄関の車止めにG−2号機を寄せておき、ジョーは勝手知りたる別荘の中へと入って行った。
厨房でテレサがその日の夕食の準備をしていた。
冷蔵庫に入れて温めるだけで食べられるように、早起きして人数分を作っていたのだ。
「テレサ婆さん、博士に今夜の夕食はいい、と言われていた筈でしょうに」
「あら?ジョーさん。
 でも、皆さん出来合いの物を買って来たり出前を取って召し上がるんでは気の毒だわ」
「手伝いましょう」
「もう粗方片付いているの。後は洗い物だけよ」
「じゃあ、俺が片付けますから、テレサ婆さんは休んでいて下さい」
ジョーは丸椅子を広げ、そこにテレサの手を取って優しく誘(いざな)った。
「ジョーさんにそんな事をさせられないわ」
「いいんですよ。今日は1日テレサ婆さんと一緒にいるように博士から言われています」
「まあ、本当に?」
テレサ婆さんの声が弾んだ。
ジョーはそれを微笑ましく思いながら、鍋を洗い始めた。
彼の仕事はなかなか手際が良く、丁寧だ。
スッキリと洗い上げ、丁寧に布巾で拭き、きちんと戸棚にしまった。
「さあ、遅くなっちまいますから、出掛けるとしましょう。
 大丈夫ですか?テレサ婆さん」
ジョーは疲れていないかと訊いている。
「大丈夫ですよ。ジョーさんが一緒に行ってくれるのですもの。
 こんなに嬉しい事はないわ」
テレサが優しく微笑んだ。
「では、車に…」
ジョーはテレサの手を取り、エスコートした。
「博士から費用は預かっていますから。まずは市場に行きましょう」
ジョーはG−2号機のナビゲートシートにテレサを誘導して座らせると、自分は運転席に座ってそう言った。

市場の人間には祖母の買物に付き合う孫のように見えていただろう。
ジョーは当然のように荷物持ちを買って出て、頼もしくテレサの買物に付き合っていた。
テレサの買物を見ている内に、メインディッシュは鶏肉の煮込みだな、と解った。
柔らかくホワイトスープで煮込むのだろう。
それと温野菜のサラダ。
更にはパンも自ら焼くつもりらしい。
ジョーはテレサ婆さんの手作りの焼き立てのパンの味を思い出した。
ふんわりと柔らかくて優しい味がした。
手で割ると焼き立てのパンの香ばしい匂いが鼻を擽ったものだ。
子供時代の事が懐かしく思い出された。
「随分野菜を買い込むんですね」
「子供達には野菜が足りないと思うの。
 生野菜よりも根菜の方が身体が温まるし、いいと思うわ」
「そうですね」
ジョーは大量のキャベツやじゃがいも、人参、玉葱、かぼちゃ、ブロッコリーなどが入った袋を持ち直した。
「これなら俺でも手伝えそうだ。包丁の扱いはこれでもなかなかなもんですよ」
……包丁と言うよりは『ナイフ』だが…。
そう思ってジョーは密かに苦笑した。
「ジョーさんは折角の休暇なのではないの?」
テレサが心配そうに訊ねた。
「いいえ、これは博士の『指令』ですから、休暇ではありません。
 心配には及びませんよ」
ジョーは目一杯の笑顔をテレサに向けた。
元々目つきはきついのだが、テレサを見守るその瞳はいつでも暖かく、優しかった。
それは彼に対してこれまでの年月テレサが見せて来た愛情に答えるジョーの気持ちが表われていたからだ。
「今日は1日テレサ婆さんとデートする日です。
 博士が気を遣ってそう計らってくれたんですから、楽しみましょう」
テレサは眼を伏せた。
「私が最近ジョーさんに逢えなくて寂しそうにしていたのを、博士はちゃんと見ていらっしゃるのね……」
「そうかもしれませんね。さあ、買い忘れがなければ行くとしましょう」
ジョーは車を出した。
テレサ婆さんを連れて一般道でスピードを出す訳には行かなかったので、高速道路に乗った。
「ジョーさん、お腹が減ったでしょ?あなたの為にサンドウィッチを作って来たわ」
「そんな事までして…。一体何時に起きたんですか?」
「いつもよりちょっと早いだけよ。心配には及びませんよ」
テレサ婆さんはニコニコしていた。
ジョーが送迎してくれると言う事は彼女自身は昨日の内に博士から聞いていたらしい。
博士がジョーには当日の朝に呼び出して告げたのは、万が一任務が入る事を恐れたからなのだろう。
まるで新婚の夫婦のように、ナビゲートシートからテレサ婆さんがサンドウィッチをジョーの口元に差し出すと、ジョーはそれを頬張って微笑みあった。

高速を飛ばして昼前には『しらゆき孤児院』に着いた。
テレサは早速厨房を借りて、調理に取り掛かった。
ジョーも野菜切りを手伝った。
特に玉葱は眼に来るので率先して切ってやった。
それと力が要るかぼちゃもジョーが担当した。
何よりもテレサ婆さんがジョーと一緒にいるのを心から喜んでいる事、彼らの来訪を子供達も喜んでいる事が嬉しかった。
こんな場所は自分には似合わない、と思っていたが、意外と似合っているじゃねぇか、とジョーは密かに苦笑した。
以前、『ギャラックX』が登場した時には、火山の爆発でこの孤児院も飲み込まれてしまった。
その時、素顔の科学忍者隊が孤児院の再建を手伝ったと言う過去もあるので、ジョーの顔は子供達に知られていた。
「お兄ちゃん、上手に包丁を使うんだね。僕、驚いたよ」
「お兄さんは独り暮らしが長いんだ。
 それに小さい頃から料理をしなければならない環境にいたからな」
ジョーの両親はギャラクターの大幹部。
家を長期に空ける事も多く、ジョーは必要最低限度の料理は母親から仕込まれていた。
「お前達も料理を覚えておいて損はねぇぞ。
 先輩の甚平が来たら教えて貰えばいい。あいつは料理の天才だ」
ジョーは出来るだけ目つきを柔らかくして微笑んだ。
「うん。お婆ちゃん、お兄ちゃん、有難う」
「ほれ、まだ出来上がるまでに時間があるから、あっちに行って遊んで来な」
そんな子供とジョーの遣り取りを見ていたテレサ婆さんが感慨深げに言った。
「ジョーさんもあんな年頃に博士に引き取られて来たのだったわね。
 とても健気だったわ。必死に辛いのを我慢して……」
テレサは玉葱を刻んでいた訳でもないのに、エプロンで涙を拭いた。
「テレサ婆さん……」
「ごめんなさい。年寄りは昔の事を思い出すと涙脆くて行けないわね」
「大丈夫ですか?少し休んで下さい」
「大丈夫よ。それにしても、今のあなたを見ていて思ったわ。
 きっといい『お父さん』になるってね」
「俺が…?……いいお父さんですか?そうですかねぇ。
 結婚さえまだ考えられないのに」
ジョーは面喰らった。
「それはそうね。まだ10代ですもの」
テレサ婆さんが快活に笑った。

こんな1日があってもいい……。
帰りのG−2号機のナビゲートシートで船を漕いでいるテレサ婆さんの横顔をチラリと見ながらジョーは思った。
この日の事は2人にとって良い思い出になる事だろう。
博士の別荘の車寄せにG−2号機を着けると、丁度博士が健が運転する車で戻って来た。
「ああ、テレサ、ジョー。今日はご苦労だったね」
「あ、博士。お帰りなさいませ。すぐに夕食をご用意しますから」
「今日はいい、と言った筈だが…」
「テレサ婆さんはちゃんと夕食の仕込みをして、温めればいいだけに用意していたんですよ」
ジョーがトランクから荷物を取り出しながら言った。
「そうだったのか。手間を取らせたね、テレサ」
南部博士がテレサに労いの言葉を掛けた。
「まあ、旦那様、勿体ないお言葉です。
 今日はジョーさんを付けて下さって本当に助かりました」
「こいつ、役に立ちましたか?」
健がニヤッと笑って訊いた。
「ええ、ええ。ジョーさんは頼もしい助っ人でしたよ」
テレサ婆さんが破顔した。
「それは良かった。テレサにもジョーにも良い息抜きになっただろう。
 さあ、健もジョーも上がりたまえ。たまには夕食を食べて行くといい」
「さあさ、折角準備してあるんですから、そうして下さいな」
ジョーは健と顔を見合わせた。
健がジョーに頷いて見せ、ジョーも「じゃあ、遠慮なく」と言って別荘の中へと入って行った。




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