『その男、レニック(1)』

科学忍者隊のメンバーは真夜中に三日月珊瑚礁基地に集められた。
甚平は欠伸を堪えられない様子だったが、南部は構わずに指令を告げ始めた。
「諸君。国連軍選抜射撃部隊の事は良く知っていると思う。
 ところがその連中がごっそりと消えた」
南部博士が憂いを秘めた表情で言った。
部隊を率いるレニック中佐は博士が留学時代にホームステイでお世話になった家の息子で、博士にとっては兄のような存在だった。
代々軍人の家庭に育ったレニックは当然のように国連軍に入り、その射撃の腕前を見込まれて出世して来た。
「国連軍選抜射撃部隊が丸ごとですか?」
ジョーが眼を剥いた。
「そうだ。レニック中佐を始めとして、休暇中だった者を除く全員がごっそりと消えてしまった。
 それで国連軍から科学忍者隊に要請があったのだ」
「そんな事をするのはギャラクターに決まっている。
 一体何をするつもりなんだ……?
 まさか、射撃の腕を何かに利用するつもりじゃ?」
ジョーの独り言に近い述懐に南部が頷いた。
「ジョーの読みは当たっている事だろう。
 何かの悪事に使おうとしている事は間違いない。
 事実、誘拐現場でギャラクターの隊員を目撃している者もいるのだ。
 だが、ギャラクターが彼らを『人質』として使うとは到底思えない」
「そうですね…。何か狙いがある筈です」
ジョーは顎に手を当てた。
「恐らくは洗脳して我々を狙撃させようとしているか、それともメカ鉄獣に多くの射撃の名手が必要なのか……」
健も呟いた。
「そのどちらかだろうな。実はまだ世界中の射撃の名手が立て続けに狙われ続けているのだ」
南部はスクリーンに世界地図を表示した。
世界地図には×印がいくつか付けられていた。
「現在、国連軍選抜射撃部隊を含めて38人の射撃の選手が行方不明になっている」
「では、以前アスリア国で行なわれた国際射撃大会で優勝しているジョーも危ないのでは?」
アスリア国の王女に招かれて健とジョーが潜入した時の事をジュンは言っている。
「うむ。当然パーフェクトを出して優勝したジョーを狙って来る事は間違いない。
 そこで、これは危険な任務なのだが……」
「わざと囚われの身になって、国連軍射撃部隊や他の連中を救出せよ、と、そう言う事ですね」
博士が皆まで言わずとも、ジョーは指令の内容を正確に理解していた。
「然様……」
「でも博士。それではジョーが危険です!」
健が喰い下がった。
「だが、科学忍者隊の中で他に誰が適任だと言うのだ?
 ジョーにはブレスレットの代わりに特殊発信器を仕込んだ腕時計をして貰おう。
 ジョー、ブレスレットは健に預けておくのだ」
「では、ジョーは変身出来ないではありませんか?」
「ギャラクターにブレスレットの事を知られている以上は仕方があるまい。
 ブレスレットをしたまま捕らえられたのでは、自分は科学忍者隊です、と教えているようなものだ」
「解りました…。健!」
ジョーはブレスレットを外して健に投げ渡した。
「ジョー……」
健が、仲間達が心配そうに彼を見遣った。
南部博士が特製の腕時計を手ずからジョーの左手首に巻き付けてくれた。
「これがあれば、一方通行だがジョーからの情報は全て諸君と私の元に入る。
 敵との会話も全てだ。居場所もすぐに解る。
 とにかく慎重に行動するのだ」
「ラジャー!」
その日はそれで解散となったが、いつジョーが襲われるのかは解らないので、健達は基地に残り、交替で仮眠を取りながら、ジョーの様子を監視する事になった。
ジョーは一旦トレーラーハウスに戻ったが、いつ襲って来るかが解らない為に気配を探って徹夜をして過ごした。
朝までには襲って来なかった。
彼は夜明けを待って普段通りにサーキットに向かった。
敢えてG−2号機ではなく、博士の別荘に置いてあった黄色いオープンレーシングカーを使った。
ゴッドフェニックスの機能を保つ為に、ジョーはG−2号機を残して行ったのだ。

「ジョーが射撃の名手だからっちゅうのは解るけんど、今回の任務はちょいと危険なんじゃなかろうかのう?」
竜が基地内の食堂で朝食を摂りながら呟いた。
「そんな事は解っている。
 とにかく今はジョーが発信器のスイッチを入れるのを待つしかあるまい」
健が苛立った口調で答えた。
ジョーの事が心配なのは全員が同じだった。
「何か途轍もない企みが潜んでいるに違いない。
 ギャラクターのその企みと前線基地を叩く絶好のチャンスではある。
 俺達はジョーの無事を祈っていよう」
「そうだよ、ジョーの兄貴の判断力と行動力なら何とか切り抜けられるよ」
「ジョー1人ならな。問題は38人の射撃の名手達だ。
 国連軍選抜射撃部隊の連中は武器さえあればジョーの助けになるだろう。
 戦闘の場に場慣れしているからな。
 だが残りの射撃選手達は果たしてどうだろうか?
 38人中、10人を超す人が軍の訓練を受けていない普通の射撃選手だ。
 その人達を助ける事がジョーの足枷となる可能性がある」
「何しろ変身出来ないのですものね…」
ジュンの言葉に、健は尻ポケットからジョーのブレスレットを取り出して握り締めた。
「あいつを信じるしかないだろう。
 他に方法は無かったのか、と今になって不安になるが、もう作戦は始まっているんだ。
 俺達は全力を尽くそう」
「ラジャー」
その時、ジョーの発信器のスイッチが入ったらしく、各自のブレスレットが反応した。
「よし、敵が動き出したようだ。慎重に行くぞ」
健が立ち上がった。

その頃、ジョーはサーキットで襲われていたのだ。
敵は飛行も出来る車で襲って来た。
車にはマシンガンが装備されていた。
ジョーはステアリングを切って、弾丸を避けていたが、やがて脱輪してコースの外へと転落した。
それを見たサーキット仲間が騒然とした。
フランツもそこにいたが、噂の国連軍選抜射撃部隊や射撃の名手達の行方不明事件と関連している事を彼は悟っていた。
ジョーが射撃の腕が一流である事も彼は知っていたのである。
すぐさま助けに動こうとしたが、フランツは(待てよ…)と思った。
あのジョーがこんなに簡単にやられる筈がない。
(わざと捕まろうとしているのか?)
今日は車も違ったし、それなら納得が行った。
フランツは周囲の者が浮き足立つのを抑えた。
「みんな、今行っては行けない。巻き添えを喰うだけだ。
 あれはギャラクターだぞ。慎重になるんだ」
その場所からはジョーの状況は良く見えなかったが、飛行型の車はジョーを乗せて飛び立って行った。
車が爆発した様子はない。
フランツは取り敢えず安心した。
恐らくは科学忍者隊がこの事を承知の上で動いているに違いない、と彼は確信していた。
(ジョー、成功を祈るぜ…)
ジョーの正体を知っている事は口が裂けても言えない事だが、フランツは内心で祈った。

飛行する車はやがて、飛行空母へと吸い込まれて行った。
ジョーは首に銃把の洗礼を受けて、大きな牢へと放り込まれた。
案の定、レニックを始めとする射撃名手達が揃えられていた。
「ジョーではないか?」
レニックが眼を瞠った。
ジョーは気を失った振りをしながら、レニックだけに解るようにニヤリと笑って見せた。
レニックはジョーの射撃の腕をギャラクターが狙わない筈がないとは思ったが、彼がそう易々と捕らえられる筈がないと思っていた。
それが彼が此処に放り込まれて来たので驚いたのだが、ジョーがニヤッと笑った事で彼は全てを察した。
ジョーがわざと捕まって、彼らを救出に来たのだと言う事を。
ジョーは気を失った振りをしながら、含み声でレニックに訊いた。
「奴らの狙いは何です?科学忍者隊を狙撃でもさせるつもりですか?
 それともメカ鉄獣を操縦するのに当たって射撃の名手が必要だとでも?」
「どうやら後者のようだ。我々は不思議な訓練を受けさせられている」
「不思議な訓練?」
「扱いの難しいバズーカ砲に、ビーム砲を積んだ物らしい」
レニックが言った時、牢の外に人の気配がしたので、2人は黙り込んだ。




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