『その男、レニック(2)』

「ハハハハハ。来たか。
 アスリア国では良くも逆らってくれたな。
今回はそうは行かん。
 お前の身体能力は非常に優れている。
 今度の任務を終えたら、ギャラクターの幹部にしてやってもいいぞ」
ベルク・カッツェの哄笑が聞こえた。
相変わらずの高笑いだ。
ジョーの両親はギャラクターの大幹部で、裏切って逃げ出した為に殺された。
そんなギャラクターの幹部に誰がなろうか?
「気絶した振りをしているのは解っておる。
 貴様がそう簡単にやられる筈がないからな」
ジョーはそれを聞いて起き上がった。
「ふざけるな!俺はてめぇらに与する気はねぇっ!」
「ほう、相変わらず元気な坊やだ」
カッツェは何か電波発信器のようなものを取り出して操作した。
すると38人の射撃の名手達がジョーを取り囲み、闇雲に攻撃し始めた。
ジョーは仕方がなく、彼らの首筋に手加減をしながら手刀を打ち込み、眠らせる他無かった。
だが、レニックだけは簡単には行きそうもなく、37人を黙らせた処で、眼が据わっているレニックと対峙する事となった。
緊迫感が流れた。
レニックは軽い手刀では片付かない事だろう。
「面白い。こいつとレニックを外に出せ。
 少し痛めつけて大人しくさせてやるのだ!」
カッツェはレニックに拳銃を手渡した。
ジョーは大腿の隠しポケットからエアガンを取り出した。
羽根手裏剣を使う訳には行かなかった。
科学忍者隊の『コンドルのジョー』の武器だと言う事はギャラクターに良く知られていたからだ。
ジョーはエアガンのワイヤーでレニックの身体を巻きつけ、自由を奪った上で鳩尾にパンチを喰らわせて気絶させる、と言ったシュミレーションをしていたが、周りをギャラクターの隊員達に取り囲まれ、そうは問屋が卸さなかった。
まずは周囲の隊員達を片付ける必要があった。
出来る限り停まっては行けない、とジョーは思った。
レニック中佐の射撃の腕は侮れない。
国連軍選抜射撃部隊を束ねるだけの事はある。
彼はレニックの動きに注意しながら、跳躍して敵兵達の中に入り込み、闘い始めた。
だが、レニックはカッツェに操られているせいもあってか、ギャラクターの隊員を傷つける事に躊躇はしなかった。
レニックが放った一弾は、ギャラクターの1隊員の腹部を貫いて、ジョーの左大腿部へとヒットした。
1クッションあったので、勢いは少し弱かった筈だが、それでも大腿部に弾丸がのめり込んだ。
「うっ!」
痛みに一瞬動きが停まった瞬間をさすがに訓練されたレニックは見逃さなかった。
ジョーの細い左足のふくらはぎに弾丸が突き刺さった。
骨が砕けたのが解った。
ジョーはたまらず床に倒れ込んだ。
「もういい。そこまでだ。
 これ以上痛めつけては狙撃手として役に立たなくなる。
 レニックは牢屋に戻せ。
 こいつの弾丸摘出手術をすぐに行なうのだ」
「冗談じゃねぇ!てめぇらに手術なんかされたら、何をされるか解らねぇっ!
 洗脳でもされたんじゃ敵わねぇからな!
 丁重にお断りするぜ」
ジョーは威勢良く言って、自分でハンカチを取り出し、止血を試みた。
「ふん。威勢のいい若造だ。だがこれでどうかな?」
カッツェは傷口に踵をめり込ませた。
何とも惨いやり方だ。
これがこの男なのだ。
ジョーの意識が薄らいだ。
「次の訓練まで牢獄へ放り込んでおけ」
カッツェが背中を向けた。

気がつくと、ジョーの傷口を国連軍の兵士が手当てしていた。
見た事がある顔だった。
科学忍者隊が素顔で選抜部隊の射撃訓練を受けた時の事だ。
「私はレニック中佐の部下で、マカラン少佐であります。
 あなたとは何度か面識がありますね」
「……正気に戻ったのか?」
ジョーは半身を起こした。
「催眠術のような物を掛けられていましたが、何かの衝撃で元に戻ったようです。
 レニック中佐を除いて37人は正気に戻っています。
 あの妙な発信器によって操られますが、ある程度時間が経てば中佐も元に戻られると思います」
「そうか……。と言う事は、中佐にも強い衝撃を与えれば、すぐに元に戻ると言う事か……」
傷を受けていない右足と両腕に力を込めて立ち上がろうとした。
足に力が入らず、上手く立ち上がる事が出来なかった。
左足の痛みは尋常では無かった。
だが、マカランが手を貸してくれた。
ジョーは「中佐、手加減は出来ません。勘弁して下さいよ」と言うと、レニック中佐の後頭部を死なない程度に力任せに殴った。
虚ろな眼をしていたレニックが壁に崩れ落ちた。
「次の訓練は15時からです。それまでに作戦を練りましょう」
マカランが言った。
「軍隊式の手当てをしてあるとは言え……早くしなければあなたは出血多量で死に兼ねない」
「俺の仲間とはこの発信器で繋がっている。必ず助けに来る筈だ。
 まずは戦況が逆転するまでは操られている振りをして欲しい。
 カッツェが何を言おうと言われた通りにするんだ。
 悔しいが俺がこうなってしまった以上、レニック中佐が正気に戻るのを待つしかねぇ。
 頼みの綱は中佐だ……」
「あなたは一体…?」
誰なのだ…?とマカランが訊いたが、ジョーはそれには答えずに言った。
「いざと言う時には俺の事には構わず、中佐の指示に従って、軍隊以外の射撃の選手達を守って脱出して欲しい。
 俺はその為に来たんだが、思った程、役には立てないかもしれねぇ」
「解りました。勝機が来るのを今は待ちましょう」
レニックがジョーの事を買っているのを知っている為か、マカランは遥か年下のジョーにも丁重だった。
ジョーは密かに傷口の痛みに顔を顰(しか)めた。

その頃、健達はブレスレットからジョーの様子を知り得ていた。
ゴッドフェニックスで発信地点に近づいていたが、まだ潜入する手立てが立っていなかった。
ゴッドフェニックスでいきなり突っ込むには余りにも無謀過ぎる。
今回は手が足りないので竜にも出張って貰おう、と健は言った。
「ジョーが負傷したようだ。
 恐らくはカッツェの口振りからして足をやられているに違いない。
 レニック中佐が正気に戻ってくれればいいのだが……。
 とにかく潜入してジョーを探し、竜はジョーの救出を頼む。
 射撃の名手達はジョーが選抜部隊に頼んでいたから何とかしてくれるだろう。
 俺とジュンと甚平は敵のメカ鉄獣と基地の爆破だ」
「ラジャー!」
「竜、ジョーを頼んだぜ」
健が呟いた。
竜も力強く頷いた。
「おらに任せとけ!ジョーの1人や2人、おらにとっちゃ軽いもんだわ」
「レニック中佐にはジョーを傷つけた罪滅ぼしに彼を助けて活躍して貰わなければならないな」
健がジョーのブレスレットを取り出し、握り締めた。
危険な任務だと解っていてもジョーを送り込まなければならなかった事を悔いていた。




inserted by FC2 system