『その男、レニック(4)/終章』

「健!カッツェが逃げたぞっ!」
「解っている。だが、まずは任務が先だ。
 さあ、皆さん、早くこの通路から脱出して下さい」
健はマカラン達に声を掛け、誘導した。
そしてジョーに駆け寄り、ブレスレットを手渡した。
「ジョー、怪我は大丈夫か?」
「ああ、心配するな」
ジョーはマントを広げた竜の陰にすっぽりと隠れて変身した。
そして、竜に俺を肩車しろ、と言った。
「どうするんじゃいっ?!」
「おめぇを足代わりにまだまだ闘ってやるのさ」
ジョーは不敵に呟いた。
「よっしゃ!」
竜は軽々とジョーを持ち上げ、自分の肩の上に乗せた。
「竜、音(ね)を上げるなよ!」
「解っとるわいっ!お主の体重ぐらい、おらには何て事ねぇ」
「頼もしいぜ!」
ジョーは下を見て笑った。
本当は気が遠くなりそうなのを堪えて、自由自在に腰を捻っては羽根手裏剣を繰り出して行く。
その先でバタバタと喉笛を貫かれた敵兵が斃れて行った。
「ジョー、無理はするな。ジュンと甚平がメカ鉄獣とこの基地の爆破に動いている。
 すぐに脱出する事になるだろう」
健が下から彼を見上げて言った。
「ああ。選手達が無事に逃げ果(おお)せたら、俺達も脱出するとしようぜ。
 それまでは時間稼ぎをしていなけりゃなんねぇ…」
健達は縦横無尽に選手達が逃げるのを阻止しようとするギャラクターの隊員達を封じ込めた。
竜はジョーを肩車しているので、滅多に使わないエアガンで応戦し、ジョーは左手に羽根手裏剣、右手にエアガン、と武器を2つ持って活躍した。
「ジョー。出血が酷いわ。バードスーツに染み出して来たぞい。
 やられたのは1箇所じゃねぇな」
竜が心配そうにジョーを見上げた。
「気にすんな。
 大腿部とふくらはぎを撃たれたが、ふくらはぎの骨が砕けちまっている。
 だが、今更どうってこたぁねぇよ」
「そりゃあ、早く手当てをしなけりゃまずいだろうが」
「軍隊式の止血はして貰ったさ。後は手術で元通りになるだろう」
ジョーは意に介していないようだった。
話している間にも腰を捻って羽根手裏剣を見事に決めていた。
彼らが闘って敵兵を押し留めている間に、選手と射撃部隊は外へと脱出を始める事が出来た。
暫くして、レニックが持っている無線が鳴った。
妨害電波が出されていたのだが、どうやらそれが解除されたらしい。
それはジュンがこの基地の電力室を爆破したからだった。
ジョーの発信器が無事だったのは、博士が特殊な電波を出すように工夫したものだからだ。
レニックは暫く応答していたが、「全員無事に脱出したぞ」と忍者隊に告げた。
『こちらG−3号。この基地の爆破準備が完了したわ』
『こちらG−4号。メカ鉄獣爆破準備完了!』
ジュンと甚平からもタイミング良く連絡が入った。
「ジョー。このままじゃおめぇの頭が閊(つか)えるわい。
 一旦降りれ。おらが肩に担いで行く」
「そんなみっともねぇ事が出来るか?」
とジョーは眼を剥いたが、背に腹は代えられなかった。
「……仕方がねぇ……」
と呟いて、竜に担がれた。

全員が無事に脱出した後、爆発が起こった。
危機一髪だった。
マカランの手配で国連軍が飛行艇を向かわせていると言う事なので、レニック達はもう暫くその場に残る事になった。
レニックが竜の肩から下ろされて、彼の肩を借りて片足で立っているジョーに寄って来た。
「操られていたからとは言え、済まなかったな…」
「過ぎた事だ。気にしてねぇ。
 だが、国連軍選抜射撃部隊ともあろう者が全員根こそぎ攫われちまうとは感心しねぇな」
「ジョー!」
ジョーの皮肉な口調に健が咎めるような声を出した。
「いや、全くその通りだ。返す言葉もない。
 科学忍者隊には本当に助けられた。礼を言う」
拍子抜けする程、レニックがあっさりと礼を言った。
「とにかく我々の事はいいから、早く帰って手術を受けるのだ」
「言われんでもすぐに連れて帰るわい」
竜が答えて、ジョーをまた肩に担いでトップドームへ跳躍した。
健達も続いてトップドームからゴッドフェニックスに乗り込んだ。
「ジョー。今回の任務は厳しかったな…」
健が素顔に戻って自席に沈み込むジョーに声を掛けた。
「なぁに、ある程度の覚悟はしていたさ。
 足で済んだのは有難ぇと思わなければならないだろうぜ」
「手当ては早かったようね。的確にされているわ」
ジュンが呟いた。
「何しろ軍隊式の手当てだそうだからな。
 そう言えばあのマカラン少佐に手当ての礼を言い忘れちまったぜ」
「バードスタイルになっていたから、仕方がないだろう」
健が冷静に言った。
そしてブレスレットで事の次第を南部博士に報告し、ジョーの手当ての準備を依頼した。
『ジョーには済まない事をした。
 だが諸君のお陰で無事に全員救助出来、ギャラクターのメカ鉄獣と基地も破壊出来た。
 諸君の勇気の勝利だ。ご苦労だったな……』
南部の労いの言葉が優しく皆の心に響いた。

ジョーの手術は無事に終わり、若さと鍛え上げた身体のお陰でめきめきと回復の兆しを見せていた。
薄紙を剥ぐように1日1日良くなって来ており、2日後には車椅子ではなく、松葉杖で歩き回るようになっていた。
まだ腕に点滴が刺さっていた。
点滴のボトルをぶら下げた棒を右手で松葉杖と一緒に持つ、と言う器用さだ。
見舞いに来て呆れてそれを見ていた健の横にレニックが立った。
「心配して来てみれば……。
 若さと言うものは此処まで回復力に優れているものなのだな」
「彼の場合、若さだけではありません。
 ギャラクターに対する執念があそこまでの戦闘能力を引き出しているのです。
 点滴が取れたらすぐに松葉杖を外して、訓練室で密かに訓練を始めますよ。
 それがいつもの事ですから。
 どんなに重傷を負っても、そうやってより強くなって帰って来るのです」
「ギャラクターに対する執念とは、どこから沸き上がって来ているのかね?」
健はレニックの質問に一瞬答えを躊躇した。
だが、ジョーがギャラクターの子であると言う点をぼかして答えた。
「彼は幼い時に眼の前で両親をギャラクターに殺され、自身も死に掛けた。
 危ない処をたまたまバカンスに来ていた南部博士に助けられたのです。
 それから故郷を遠く離れ、この言葉も風習も違うユートランドで育てられて来ました。
 だから、彼の原動力は両親を無残にも殺したギャラクターに対する『復讐心』なのです」
「そうだったのか…。まだ10代の君達に最前線に立たせている我々も不甲斐ないものだな」
「でも、なかなかの活躍だったじゃありませんか。
 ジョーが見込んだ人だけの事はあります」
「見込んだ…?」
「あなたの腕を信用したんですよ。
 ジョーの態度、以前より変わったでしょう?」
「確かにな…」
「あいつはそう言う奴なんですよ」
健はそう言うと、ジョーの方へと歩いて行った。
「ジョー、もうその位にしておけ」
「……何を喋っていた?」
ジョーは鋭い眼をして振り返った。
「気付いていたのか?」
「気配に気付かねぇ俺じゃねぇぜ」
「見舞いに来たのさ。お前の回復力に驚いていた」
健が振り返るともうそこにはレニックはいなかった。
差し入れのケーキの箱と果物の籠だけが、ソファーに置かれていた。
「健、こいつは『スナックジュン』に持ち帰ってみんなで喰ってくれ」
「そうは行くか。お前が貰ったんだ。
 後でみんなも来る。みんなで食べようじゃないか」
「麻酔が切れてから、どうも戻しちまうんだ。
 麻酔が合わなかったみてぇだな。まだ食欲がねぇ……」
「ジョー、開けてもいいか?」
「好きにしろ」
健がケーキの箱を開けると、中には食べやすそうなムースに新鮮なフルーツが乗っているショートケーキが5つ入っていた。
生クリームなど一切乗っていないシンプルなものだ。
「ジョー、これなら喉を通りやすいだろう。
 レニック中佐は南部博士からお前の状態の情報を得てから差し入れを選んだようだな」
「ジョー、気分はどう?」
ジュン達がやって来た。
「ジョーの兄貴、ミキサーでバナナジュースを沢山作って来たよ。
 これなら飲めるよ。早く栄養を取らなくちゃ。
 傷が治っても体力が回復しないよ」
甚平が保冷用の水筒を2本持参していた。
「そうじゃ。まずは喰う事から始めんと行かんわ」
「喰う事から、って俺はおめぇじゃねぇんだぜ」
「ジョーが軽口を言うようになったらもう大丈夫だわい」
竜が嬉しそうに笑った。
「さあ。病室に戻ろう」
健が果物の籠を竜に持たせ、自分はケーキの箱を片手に、そっとジョーの背中を押した。




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