『記憶の彼方へ(前編)』

「甚平、危ねぇっ!」
ジョーが逃げ遅れた甚平の身体に覆い被さった時、彼の頭部に大きな敵基地の鉄片が当たって強い衝撃を与えた。
科学忍者隊のヘルメットは大概の衝撃を吸収してくれるように出来ていたが、ジョーは打ち所が悪かったのか、そのまま意識を奈落の底へと手放してしまった。
ジョーに庇われた甚平は怪我1つなかった。
起き上がるとジョーの様子にハッとして、
「ジョーの兄貴っ…!」
と揺り起こそうとしたが、ジョーは意識を戻さない。
「兄貴っ!ジョーが大変なんだ!すぐに来てっ!」
甚平はブレスレットに助けを求めた。
健が風のようにやって来た。
「甚平、どうしたんだ?」
「おいらちょっとしくじっちまって、逃げ遅れたんだ。
 そしたらジョーがおいらを庇ってくれて、頭に衝撃を受けたら気を失って眼を醒まさないんだよ」
「ジョー、ジョー!しっかりしろ」
健が抱き起こしたが、反応はない。
見るとバイザーの下の額から血が流れ出ていた。
「頭に衝撃を受けたらしい。下手に頭を動かすのは危険だ。
 そっとゴッドフェニックスに運ぼう」
その間にも敵基地は誘爆を繰り広げていた。
「とにかく退却だ。早くしないと巻き込まれるぞ!」
健が甚平を奮い立たせてジョーの身体を肩に抱えると退却を始めた。

「南部博士。ジョーの怪我の具合はどうですか?」
ジョーの病室から出て来た南部の周りに待ち兼ねていた健達が集まった。
それ程重傷には見えなかったのに、南部が出て来るのが遅かったのだ。
「困った事になったぞ……」
南部はソファに身を埋(うず)めるように座り込み、頭を抱えた。
「ジョーは…、記憶を失っている」
「何ですって?」
その言葉が科学忍者隊に与えたショックは大きかった。
「傷は大した事はない。頭だから出血が多かっただけだ。
 だが、ジョーは今、自分が誰であるのかすら解らない状態だ……」
南部は頭を抱えた手を離し、健達の方を悲観的な眼で見つめた。
「しかも、だ…。記憶の摺り替えがなされている。
 恐らくは父親であるジュゼッペ浅倉氏の記憶だ…。
 どう言う訳かは解らんが、ジョーは自分がギャラクターで、裏切って逃げて来たと思っている様子が見える。
 そして…生命を狙われていると言う恐怖感に苛まれているようなのだ」
「そんな事が起こり得るのでしょうか?」
健が不安気に南部を見返した。
「ジョーの脳の中にどうして父親の記憶が紛れ込んだのかは解らない。
 そしてどうやったら元に戻るのかも解らん……」
「つまり、科学忍者隊としての自分を忘れていると言う事ですね?」
健が静かに訊いた。
「その通りだ……」
南部がまた俯いた。
「どうしよう。おいらがしくじったばっかりにこんな事になるなんて…」
甚平が涙目になった。
「甚平…」
ジュンが甚平を優しく抱き締めた。
「もう1度同じ衝撃を与えたらいいんじゃなかろうかいのう…」
竜が言った言葉は南部に言下に否定された。
「そんな危険な事は出来ん。映画の世界の話だ!」
「では、どうにも出来ないのですか?
 俺達はジョーを欠いたままギャラクターと闘わなければならないのですか?」
健が震える拳を握り締めた。
「とにかく、明日にでも記憶回復装置に掛けてみよう」
「記憶回復装置……。以前『G−6号』に掛けたあれですね?」
「そうだ…」
「あれに効果が期待出来るとは到底思えません」
健は哀しく壮絶な末期を迎えた『G−6号』の顔を脳裡に思い浮かべていた。
「だが、我々が他に出来る事は何があると言うのだ?
 ジョーが自分の出自を思い出した時の炎のように、何か切っ掛けがある筈なのだ。
 我々はそれを模索して行くしか道はない」
「解りました、博士。俺達も何かいい方法はないか、考えてみる事にします」
「そうしてくれたまえ」
南部は席を立った。
「傷は浅いのでジョーに面会しても構わんが、君達がショックを受ける事になるぞ。
 そう言う覚悟がある者だけが病室に入りたまえ」
そう言い残して病室の前を後にした。

「兄貴ィ〜!」
「俺が行って来る。お前達は此処で待っていろ」
「健、私も行くわ」
「おらもじゃ」
「お…おいらも行くよ…」
全員が一緒に行くと言ったが、健はそれを押し留めた。
「今日の処はまず俺が様子を見る。リーダーとしての命令だ」
「………………………………………」
健の強い瞳に3人はたじろいだ。
健は決意を込めて、病室のドアをノックし、そっと中に入った。
ジョーは暗闇の中にいた。
「ジョー。明かりを点けるぞ」
健は声を掛けて部屋を明るくする。
その室内には別人のように怯え切ったジョーの姿があった。
「あんたは誰だ?」
ジョーの鋭い声が飛んで来た。
「無理に思い出そうとするな。ゆっくりでいい。
 俺は健。お前の友達だ」
健は穏やかに話しながら、丸椅子を引っ張って来て、ベッドの横に座った。
「帰ってくれ!
 友達だか何だか知らねぇが、俺はあんたに危害を加え兼ねない…」
ジョーが唇を噛んだ。
「人と逢うのが怖いんだ。あんた、ギャラクターじゃねぇだろうな?
 お…俺を騙して、殺しに来たんじゃあるめぇな?」
疑心暗鬼に陥っている…、と健は思った。
「俺はギャラクターではない。心配するな。
 此処はISO付属病院だ。ギャラクターはやって来ない。
 俺達が病室の外で警護しているから、安心して眠れ…」
健はそれだけをジョーに告げると明かりを消して病室を出た。
「健!」
3人が不安そうに駆け寄った。
「ジョーは俺を『あんた』と呼んだ。
 凄く不安定なようだ。とてもあれがジョーだとは信じられない。
 人と逢うのを怖がり、ギャラクターに襲われやしないか、と恐れている」
「ジョーのお父さんって言う人の記憶が入り込んでいると博士が言ってたけれど、人格までは移り棲んではいないのね」
ジュンが呟いた。
「そうだろうな。ジョーの両親がそれ程臆病だったとは思えない。
 今はジョーも自分を失っているので不安定なだけだろう。
 俺は落ち着いたらジョーをG−2号機でサーキットに連れて行こうと思っている……」
「ああ、それはグッドアイディアかもしれないわね」
「少なくとも記憶回復装置よりは、マシンの音の方が信頼出来るかもしれんのう…」
「こんな時にギャラクターが出て来たらどうしよう?
 おいらのせいだよ…」
「甚平は自分を責めない事だ。
 ジョーはお前じゃなくても庇ったに違いない」
健が甚平の肩を叩いた。
「とにかく今日はこれ以上、ジョーを刺激しない方がいい。
 俺達もそれぞれ帰宅して、休息を取る事にしようぜ」
健が全員を見回して告げた。

ジョーは暗闇の病室で身を起こして、頭を抱え込んでいた。
(俺は一体誰なんだ!?ギャラクターと言う奴らは何だ?
 何故そいつらが俺を殺そうとしているんだ?)
考えれば考える程、事態が解らなくなっていた。
先程訪れた健の事はもうすっかり忘れていた。
自分の正体が解らない。
その事だけで頭が一杯だった。
(俺は一体、何をしてたんだ?)
自分が解らない。
意識を取り戻すまでの自分が……。
自分の名前すら思い出せない。
ギャラクターへの恐怖感だけが募っている。
自分が自分ではないような気がしている。
自分はもっと強かったのではないか…。
そんな気がした。
だが、考えれば考える程、頭の中はループし、混乱した。
酷い頭痛に冒され、発狂したかのようにジョーは叫んだ。
まだ表にいた健達が異常を察知して、中に入る。
「ジョー!」
ジョーは点滴を引き千切り、ベッドから降りて暴れていた。
暗闇の部屋の中を叫びながら物を叩き落として歩いた。
「ジョー、やめろ!ジュン、ナースコールだ」
「ええ」
健はジョーを後ろから羽交い絞めにし、その間にジュンがナースコールをした。
すぐさま医師と看護師がやって来て、暴れるジョーを健に押さえつけさせたまま、1本の鎮静剤を注射した。
身体をだらんとして、床に長く伸びたジョーの肢体を竜が抱き上げてベッドに戻した。
健が乱れて逞しい胸や長い足が見えている病衣を直してやった。
「彼は記憶を取り戻そうとして焦っているのです。
 何かそうしなければならないと言う使命感を持っているかのように見えます」
医師が気の毒そうに言った。
「ジョー……」
「とにかくこれで朝までは落ち着いて眠っている筈ですので」
医師と看護師は一礼して出て行った。
「ジョーにはどこかに科学忍者隊としての記憶が残っているのかもしれないな」
健が呟いた。
「ジョーの記憶の彼方にある物は禍々しい過去……。
 このまま別人として生きるのもジョーにとっては幸せなのではなかろうか?」
「健……。それは違うと思うわ。ジョーはジョーよ。
 ギャラクターの子であっても彼は私達にとって何も変わらない。
 掛け替えのない存在である事には違いがないのよ。
 私は正気に戻って欲しいと…そう思うわ」
ジュンが甚平を抱き締めながら言った。
「とにかく記憶を取り戻そうとして苦しむぐらいなら、おら達で出来るだけの手助けはしてやらんと…」
竜も呟いた。
甚平は自分を責めてただただ泣いていた。




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