『記憶の彼方へ(後編)』

ジョーが受けた頭部の傷自体は大した事がなかったので、南部博士は翌日彼をISO付属病院から引き取り、三日月珊瑚礁に連れ帰った。
当日の朝、再びジョーは病室で暴れて逃亡しようとしたので、鎮静剤を打たれて眠っていた。
戻って来たジョーを早速記憶回復装置に掛ける事になり、健や竜の手により彼はベッドの上に寝かされた。
「ジョーがこれ程までに変わってしまうとは……」
南部は深く溜息をついた。
頭に沢山のチューブが付いたヘルメットを被せられたジョーは、装置から流れる衝撃に激しく身を仰け反らせた。
Tシャツに汗が滲み、形の良い筋肉が浮き出した。
その筋肉が苦しげに震えている。
ジョーの握り拳が制御を失って小刻みに揺れていた。
両腕・両足は固定具で固定されていたが、それがガタガタ言う程、ジョーの長い足が軋んだ。
頭を振り乱しながら、ジョーは言葉にならない言葉を叫んでいた。
健達は思わず眼を逸らした。
苦しげなジョーの息遣い、そして唸り、表情……。
その眼は虚ろだった。
「見ているのが辛いのなら、此処から出て行きたまえ」
南部は冷静だった。
「この装置はG−6号に使ったものとは違う。
 脳に微弱だが電流を流す事で、ショック療法を試みるのだ。
 電流を流す量は少しずつ上げて行く。
 ジョーなら耐えてくれるに違いない。私はそう思っている…」
「博士!それは昨日竜が言った事よりも無謀な事なのではありませんか?」
健が詰め寄った。
「これは医学実験に基づく方法なのだ。
 ジョーには元に戻って貰わなければ困る。
 科学忍者隊に代わりはおらん」
「それはそうですが……」
健はそれきり黙り込み、不安そうに苦しむジョーを見つめた。
ジョーは電圧の上昇と共に激しく魘され、悲鳴を上げた。
その時彼が見ていたものは、父親の記憶の一部だった。

その目線の先には幼いジョーの手を引いた妻がいた。
『カテリーナ。
 万が一の事があったら、お前はジョーを連れて必ず逃げおおすのだ。
 絶対にジョーを守り切れ。
 俺は生命を賭けても必ず奴らを喰い止める。
 2人には指1本触れさせん!』
父のジュゼッペ浅倉の低い声がジョーの脳裡に響き渡った。
それは悲壮な覚悟だった。
自分の生命を投げ出してでも、2人を守る覚悟だったのだ。
彼の父親は、ギャラクターがそこまで卑劣な組織だと言う事を嫌と言う程知っていた。
「お…親父!逝くな!」
ジョーは魘されながら確かにそう叫んだ。
南部が、健が、仲間達が思わず息を呑んだ。
両親がギャラクターを裏切ろうと決心したのは、掛け替えの無い子供の為、つまりはジョー自身の為であった事、万が一狙われる事があったら、妻子だけでも逃がそうとしていた事。
だが、それは叶わなかった事……。
ジョーは様々な映像と両親の言葉を見た。
いつしか、自分自身は子供の頃に戻っていた。
熱くて、とても息苦しい…。
爆風の中に自分がいる。
「眩しい!熱い!痛いっ!……ああ…薔薇が…っ!」
ジョーの呼吸が速くなった。
「ギャラクターの子だって?お…俺がっ?俺が!?」
魘されたジョーはそう叫んでいた。
心拍数がどんどん上がっている事を数値が示していた。
「博士、これ以上は危険です!」
スタッフが叫んだ。
ジョーはその時、身体を爆風で吹き飛ばされたような気がしていた。
それは8歳の時の自分自身の記憶だった……。
「どうやら戻ったようだな…。
 そうか。以前デブルスターの薔薇が爆弾だと知っていたのはそう言う理由だったのか…」
南部が瞑目しながら呟くように言って、やがて装置を止めた。

健達は、ジョーの幼い頃の壮絶な記憶の一部を見せ付けられた。
「ジョーの兄貴、辛かったんだね…。
 おいらより小さかったのに……」
甚平が涙目で呟いた。
「この時の記憶がジョーを苦しめていたんだ。
 
 両親がギャラクターの大幹部だった事をジョーはついこの間まで忘れていたんだ。
 それは薔薇爆弾の爆発によって受けたショックのせいだったのか、ジョー自身が無意識に封じ込めていたものなのか……」
健が腕を組んで、病室で眠るジョーを見下ろした。
「どちらにしても、ジョーにとっては忌まわしい記憶だったわね」
「博士の作戦は成功じゃったようじゃな」
竜がホッとしたように言った。
「だが、ジョーはまた辛い思いをしたんじゃないかな……?」
健は寝汗を掻いているジョーの苦しげな表情から眼を逸らした。
ジュンがタオルを絞って、ジョーの額の汗を拭いてやっていた。
「ジョーが復讐に走る気持ち、私達ももう少し理解して上げなければ行けないわね。
 勿論、時折ストッパーになって上げる事もしなければ……」
「そうだな。全くジュンの言う通りだ」
健が力強く頷いた。

それから一昼夜、ジョーは疲れ果てたように眠ったままだった。
漸く意識を取り戻した時、彼は「甚平、危ないっ!」と叫んで飛び起きた。
激しく肩で呼吸(いき)をしていた。
彼は元の記憶を取り戻したのだ。
だから、甚平を庇った瞬間に戻った。
逆に記憶を失っていた間の出来事は忘れていた。
自分がどんな状況に在ったのかを彼は全く思い出せなかった。
だが、彼の中に入り込んで来た父親の記憶の一部だけは脳裡の奥深くに刻み込まれている事を、ジョーは仲間や南部には話さなかった。
自分が両親からどれだけ愛され、守られていたのかを彼は今回の事で知ったのだ。
そして、その両親を自分から奪ったギャラクターへの憎しみを新たにした。
彼は父親の記憶の彼方へと一時的に旅立っていたのである。
ジョーは元の強気な彼に戻ったが、健達は一抹の不安を抱えていた。
(ジョーは1人で苦しみを心の中に押し込んで、誰にも言わずに抱え込んでいる…)
健はその事を強く感じざるを得なかった。




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