『マフィアとの攻防(前編)』

ジョーは博士の別荘の司令室でエアガンの手入れをしていた。
隙間に入った埃を専用の器具で丁寧に取り、柔らかい布で磨き上げて行く。
自分が手にするものは自分で手入れをしたい、それが彼の鉄則だった。
マシンもそうだ。
メカニックはいるのだが、G−2号機の手入れを決して人任せにはしない。
エアガンの手入れが終わったら、博士に羽根手裏剣の補完申請をしておこう。
今回の闘いでは随分と消費した。
「ジョー……」
気配を感じた時に博士だと解った。
ジョーは振り向きざまに、「もうISOに行く時間ですか?」と訊いた。
「いや、熱心に手入れをしているなと思って見とれていたのだ」
「何を急に…」
ジョーは思わず噴いた。
「いや、君は生まれながらの戦士なのだな、と感心していた処だ」
「それは真実(ほんとう)かもしれません。
 俺はその為だけに生きている、と言う実感があります」
「それだけではないだろう。
 もう1つ人生を賭けられる仕事があるではないか?」
博士は決して暇ではないだろうに、ジョーの横に座った。
「君は将来を嘱望されているレーサーだと言う噂だ。
 私としても、いつかはその道を歩ませてやりたいと思っている」
「ギャラクターを斃したら、本気で考えますよ。
 今はレーサーとして成功しようとしても無理があるので、考えない事にしています」
博士はそのジョーの言葉を聞いて沈黙した。
自分がこの少年から夢を奪っているのだ、と言う事に改めて気付かされた一瞬である。
「博士。でも、このままの世の中では夢なんて追ってもギャラクターに叩き潰されるだけです。
 人類の危機に夢なんかを語っている時ではないんです。
 俺はそう思っていますよ。
 いや、俺だけではなく、科学忍者隊は全員、そうですよ。
 幼い甚平さえもね……」
ジョーはエアガンの手入れを終えて、指で華麗にくるくると回し、大腿部の隠しポケットに収めた。
「博士。羽根手裏剣の補完を頼みたいんですがね」
「そうか。ISOに行く時に持って来て上げよう。
 あの武器は全員に装備しているが、まだ君以外は誰も使ってはいないようだな」
「みんな使いこなせる筈ですが、俺には羽根手裏剣が合っているようですよ」
「小さい頃からダーツが得意だったからな」
博士が眼を細めた。
その時、博士がポケットに入れていた通信機が鳴った。
「……解りました。今から出ます」
博士は通信を切ると、「ジョー、そろそろ時間だ。支度をして来るから5分後に車寄せに回っていてくれたまえ」と言った。

白い紙の箱に入った羽根手裏剣を博士が持参して来た。
「有難うございます。これが少なくなるとどうも落ち着かない…」
ジョーはニヤリと笑った。
「博士。今日は嫌な予感がします。シートベルトを着用していて下さい」
ジョーが始めからシートベルトの着用を要求するとは珍しい。
博士は訝りながらも、ジョーの勘を信じてそのようにした。
ジョーは早速新しい羽根手裏剣の箱を開封して、ダッシュボードに置いた。
「では博士、出発しますよ」
G−2号機はゆっくりと出発した。
「ジョー、ISOに行く前にアンダーソン長官の公邸を訪ねてくれるか?」
「予定変更ですか?」
「うむ……。長官が内緒話をしたいらしい」
「解りました。長官の護衛って、いつぞやのエリアン国の王子を護衛した時の2人ですか?」
ジョーは多分フランツだと思われる、エースと名乗ったSPの事を思い出していた。
「あの2人は臨時に就いた護衛だった。
 本職はISOの情報部員だそうだ。
 今日はいつも通りの職業SPが就いている筈だ」
「では、護衛能力はあの2人よりも落ちると言う訳ですね?」
「ジョー、何か気になる事でもあるのかね?」
博士が眉を顰めた。
「ただの悪い勘です。何事も起こらなければ一番いい。
 気にしないで下さい」
ジョーは低い声で笑って、信号でG−2号機を停めた。
「博士!敵襲です!
 このまま長官の公邸に行くのは危険です。
 遠回りしますよ!」
「解った!」
ジョーは赤信号なのを承知の上で、G−2号機を出発させた。
幸い交差点に進入して来る車は無かった。
案の定、信号を無視して追って来る車があった。
「博士、あれはギャラクターじゃないかもしれません」
「む?……だとしたら……」
博士が腕を組んだ。
「私が持っているこの火星探査機の設計図が目当てなのかもしれん」
「嫌な予感が的中したか……。
 しかし、相手がギャラクターじゃないとすると、手加減が必要だ……。
 却ってやりにくいぞ……」
ジョーは思わず呟き、それからドライビングテクニックだけで切り抜ける決意を固めた。
「博士、これから崖が切り立つ道なき道を行きますよ。
 馬鹿な連中を撒く為です。覚悟しておいて下さい」
「解った」
ジョーは答えた博士にレース用のヘルメットを渡した。
「これを被っていて下さい」
博士は素直にそれに従った。
こうなってはジョーに生命を預けるより他なかった。
ジョーは博士の生命と設計図の両方を守らなければならない。
だが、相手が一般人となると派手にやる訳には行かなかった。
一般人の振りをしたギャラクターかとも勘繰ってみたが、動きも、所有している武器もギャラクターのものだとは思えなかった。
だが拳銃を持っていた。
「博士、あれはマフィアかもしれません」
ジョーはステアリングを激しく切りながら言った。
やがて前方に切り立った崖が見えて来た。
此処は片輪走行でなければ抜け出せない場所だ。
左右が切り立った崖になっている為、通常なら車は入れない。
獣道のようなものだ。
片輪走行でその中を進むと、案の定敵は追って来なくなった。
博士がホッと一息ついた。
「博士。もう少し我慢して戴かなければなりません。
 敵は此処の出口に先回りしている筈ですから」
「どうする気だね?ジョー」
「この先、少しでも道が広い場所を見つけて、この崖を上るしかないでしょう」
「出来るか?」
「伊達にレーサーはしていませんからね。
 ただ、博士には衝撃が強いかもしれませんから、気をつけて下さい」
「解った。とにかく君に任せる」
博士は無線機を取ってアンダーソン長官に遅れる旨を連絡しようとしたが、ジョーはそれを止めた。
「無線を傍受されているかもしれません。
 行き先がアンダーソン長官の公邸だと解れば、またそこで攻撃を受ける事になるでしょう。
 事情説明は後でお願いします」
ジョーはそう言って、ステアリングを大きく切った。
G−2号機での崖のぼりが始まった。
変身後の姿ではなく、ストックカーの姿のままだ。
機動力には大きな差がある。
だが、南部博士が乗っている以上、単座のG−2号機に変身する訳には行かなかった。
「ジョー。私に構わず変身したまえ。私は後部の隙間に潜り込む」
確かに以前太っちょのデーブを無理矢理詰め込んだ事はあるから、スリムでスタイリッシュな博士なら問題はないだろう。
「解りました。バード、GO!」
ジョーとG−2号機は虹色の光に包まれた。




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