『マフィアとの攻防(後編)』

変身の衝撃は傍にいる者にとっても強い筈だ。
「博士。大丈夫ですか?」
「うむ。大丈夫だ。気にせんでくれ」
と答えた博士は息を切らしていた。
「では、行きますよ!」
変身したG−2号機は悪路走行性が高い。
ジョーはほぼ垂直に近く切り上がっている崖を上り始めた。
タイヤが四輪接地せず、空回りしている。
だが、このマシンは四輪駆動なので、滑りながらも何とか高い崖を上り切る事が出来た。
ジョーは生身に戻って、手の甲で額の汗を拭いた。
「さすがはジョーだ。他の者ではこうは行くまい」
博士が呟いたが、ジョーは「マシンの性能のお陰ですよ」と冷静に答えた。
「それより、まだ襲って来る可能性があります。
 ヘルメットとシートベルトはそのまま装着しておいて下さい」
「解った……」
ジョーはG−2号機を静かに滑り出させた。
走り出してすぐにヘリコプターの音が響いて来て、彼はサイドミラーを覗き、それから上空を見上げた。
操縦席の横の男がライフルでこちらを狙っている。
恐らくはタイヤをパンクさせるつもりだ。
だが、G−2号機のタイヤはライフルぐらいではパンクする事はない。
「やはりマフィアの仕業だ。
 まさかその設計図を手に入れて、ギャラクターに売り込むつもりでは?」
「うむ。有り得る事だな……」
「だとすれば、狙いは博士じゃない。
 この設計図を俺が持って逃げれば……。
 しかし、博士をこのまま置いて行く訳にも行きませんね」
ジョーはとにかくG−2号機を飛ばした。
そして、先程博士から受け取ったばかりの羽根手裏剣を左手の指の間に4本挟んだ。
博士が何時の間に?と思う程の素早さだった。
ジョーは左側の窓を開けると、右手でハンドルを握りながら、半身を乗り出した。
腰を捻って低空飛行しているヘリのフロントガラスを4本の羽根手裏剣で粉々に割った。
シートにすとんと戻ったジョーは、
「あの程度でいいでしょう。
 あれで飛んではいられなくなる筈です。
 さあ、先を急ぎましょう」
と言った。
博士はジョーの冷静さに舌を巻いた。
もっとイライラとして、反骨精神に燃えるものだと思っていた。
だが、ジョーは一般人に対しては違うのだ。
彼の怒りのベクトルは飽くまでもギャラクターに向いているのだ、と博士は悟った。
「博士。無線以外にアンダーソン長官に連絡を取る方法はないのですか?」
「パソコンで連絡を取り、会話はチャットを使う事にしよう」
「では、そうして下さい。
 まさかそこまでハッキングはしていないと思いますが……。
 とにかく長官の公邸に行くのは危険だと思います。
 長官まで巻き込む事になる可能性も……。
 此処はISO本部で落ち合って貰う方が俺としては安心です。
 どうしても長官の公邸で、と言うのなら健を呼び出して長官の警護に当たらせて下さい」
「理由が理由だ。長官も無理は言うまい。
 恐らくはアンダーソン長官の内緒話はこの火星探査機の設計図に関する事だ」
南部博士はノートパソコンを開いて長官にメールをし、2人だけが秘密のパスワードでアクセス出来るチャットルームへとログインした。
パスワードは定期的に変えているので、他の者が知る由もない。
「ジョー。長官と連絡が付いた。ISO本部に向かってくれたまえ」
「ラジャー。まだ油断は出来ません。街中に入って様子をみましょう」
ジョーはステアリングを切って、ISO本部に向かう為、街の方角へとG−2号機を走らせた。
「おいでなすった。マフィアの大ボスだ……」
ジョーは街外れに入った所で、G−2号機を停めた。
「博士。シートベルトを外して、いざとなったら逃げ出せるようにしておいて下さい。
 それから設計図をこっちに!」
博士から設計図が入った円筒形のケースを受け取ると、ジョーはケースに付いた紐に腕を通して、それを肩に担いだ。
これが設計図と博士を守る最善の方法だった。
博士もチャットを切り上げ、ジョーの動向を見守る事にした。
ジョーは設計図を担いだまま、G−2号機から飛び出した。
これでマフィアを博士から引き離せる。
マフィアはボスを筆頭に50人程いたが、ジョーの敵ではない。
「そこの威勢のいい坊主よ。その設計図をこっちに寄越しな」
大ボスは睨みを利かせてジョーを脅しに掛かった。
だが、ジョーは「俺に取っちゃあんたらは雑魚同然だぜ」と不敵にもニヤリと笑った。
「だが、手加減出来ねぇかもしれねぇぜ。
 覚悟はしておけよ。襲って来たのはそっちなんだからな」
ジョーが凄みを利かせるとマフィアの部下達は一様に怯んだ。
「馬鹿者!小僧1人に何を怯えておる!」
ボスが叫んで、ジョーに総攻撃を仕掛けるように合図をした。
「1人に50人で掛かって来るとは、マフィアも堕ちたものだな」
ジョーは挑発するように笑うと、跳躍した。
彼らを倒すのに武器は要らなかった。
自らの身体だけを武器に、短時間気絶する程度に手加減をして、ジョーは闘った。
50人ぐらいは正直言って楽勝だった。
肩に背負った円筒形のケースに全く触らせる事もなく、あっと言う間に50余人を気絶させていた。
マフィアの大ボスも事此処に来て、只事ではない事に気付いた。
「坊主。なかなかやるな。名前だけでも聞いておこう」
「ふん。おめぇに名乗る名前なんてねぇよ」
ジョーは嘯いて大腿部の隠しポケットからそっとエアガンを取り出した。
大ボスには痛く気に入られたらしい。
「お前のような手下が欲しいものよ」
「ちぇっ、スカウトはもう懲り懲りだぜ」
サーキットに押し寄せるスカウトの事を彼は言っている。
大ボスはまだ射程距離のあるライフルを構えている。
隙あらばジョーを取り込んで、設計図を奪い取ろうと虎視眈々と狙っているのが解った。
ジョーはこの男だけはただ格闘の中で眠らすだけと言う訳には行かない、と思った。
エアガンのキットを催眠ガスに変えた。
大ボスがライフルの引き金を引くのよりも一瞬早く、ジョーはエアガンを身体の正面に出して、発射していた。
勝負は決した。

「さあ、博士、急ぎましょう」
ジョーはG−2号機に戻ると何事も無かったかのように、円筒形のケースをナビゲートシートに置いて、出発させた。
「ジョー、全く恐れ入ったな……」
南部の言葉にも笑いが含まれている。
「ちょっとした準備体操、と言った処ですかね?」
ジョーも笑った。
彼にとっては本当に一捻りで片付いてしまった事件だった。
こうしてマフィアの野望はジョー1人の為に敗れ去ったのである。




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