『博士へ、そして仲間へ』

爆風に飛ばされた俺を誰かが抱き上げてくれた事は薄っすらと覚えている。
後で解った事だが、あれが南部博士だったんだ。
俺を密かにBC島から連れ出して、生命を救ってくれただけではなく、自分の別荘に引き取ってくれた。
俺は今でも感謝している。
時折反発する事はあっても、博士の事は守り切らなければならないと思っているし、口には出さないが父性を感じる事もある。
不思議だな。
博士は結婚もしていねぇのに。
俺の親父とは全くタイプが違うしな。
親父とお袋が何をしていたのかは知らねぇが、親父は強面だったっけ。
写真は1枚も残っていないが、それでも朧げな記憶が残っている。
博士のような学者肌ではなく、迫力があった。
そして、思う…。
最近俺は親父に似て来たようだと。
博士は俺の両親がギャラクターだったと言う事を知っていたのだろうな。
それを俺に告げなかったのは、両親を亡くしたばかりの俺に対する労わりの気持ちだったのだろう。
俺はデブルスターのあの言葉がなかったら、ギャラクターの子だと知る由もなかった。
あの言葉を思い出さなければ、そのまま知らずにただ両親の仇としてギャラクターを追っていたのだろう。
今の俺を博士はどんな思いで見ているのか。
BC島から重傷を負って戻って来た俺の枕元で博士は、10年前と同じ優しい眼で俺を見ていた。
フラッシュバックのように10年前の出来事が甦って来た。
博士に助けられてからの事。
別荘に連れて行かれたあの日の事。
博士の私邸にはついぞ行った事がなかったが、博士自身もそこには戻っていなかったらしい。
と言うのは、博士の両親はまだ健在だったからだ。
恐らくは結婚の事など煩かったのかもしれねぇな。
それに俺のような外国人の子供を養子にした事で、親とは疎遠になったのかもしれない。
だとしたら、悪い事をしたな、と思う。
どちらにせよ、博士はマントル計画推進室長だし、国際科学技術庁でもかなりの高官だ。
それに科学忍者隊の組織も構想を始めていたから、忙しくて私邸に帰るどころではなかったのだろう。

俺は博士にだけはお別れを言えなかった。
生命の恩人、そして此処まで養育してくれたあの人に対して、何とも失礼な事だ。
だが、仕方がなかった。
自分の生き方を貫く為にはそうするしかなかった。
博士の事は恩義に感じていたのに……。
俺は空港で何通かの手紙を書いた。
博士とテレサ婆さんに。
博士の手紙には他の封筒も同封していたから、随分分厚くなった。
ヒマラヤの空港で投函したが、ちゃんと届くのかどうかは少し不安だ。
世界が混乱しちまっているみたいだからな。
手紙を書いた時にはブラックホール作戦が遂行されていようとは知らなかったんだ……。
ただ、1人で華々しく散ろうと考えていた。
1人でも多く地獄への道連れにして……。

ああ、寒くなって来たな……。
クロスカラコルムの草の上には俺の血が流れてぬかるんでいる。
健達に別れを告げて、俺の手の中には健の大事な武器がある。
自分の分身とも言うべきブーメランを俺の手に残して行った健の気持ちは良く解る。
辛い思いをさせちまったな。
博士の別荘に行ってから、初めて逢った子供が健だったな……。
最初の内は時々来るだけだったが、11の時にあいつも博士の元で暮らすようになった。
博士は健と俺を科学忍者隊に育てた。
2人とも身体能力は拮抗していた。
だが、ただ無鉄砲な俺とは違い、健は何を取っても優等生だった。
博士が健をリーダーに指名したのは正解だったと思うぜ。
最後にこうして俺を置いて行く決断をしてくれたんだからな。
博士…。
今頃、アンダーソン長官と地球の行く末に気を揉んでいる事でしょう。
でも、きっと健達がやってくれますよ。
俺が全てを託した4人が……。
これで安心して逝ける。
博士より先に逝く事を許して下さい。
仕方がなかった……。
あそこで博士の検査を受けて、大人しく寝ていたとしても、俺は数日で死んだんです。
博士はどうか俺の事で悔いたりしないで下さい。
心残りはこの手で本懐を遂げられなかった事。
悔しいが、もう俺には立つ力さえ残ってねぇ。
勝利して戻って来る健達を待っていられねぇのも覚悟の上だ。
五感が感覚をどんどん失って行く。
もう眼が霞んで、見えるのは幻覚ばかりだ。
俺はギャラクターだけではなく、アランも手に掛けた。
きっと待っているのは地獄なんだろう。
へっ、ちっとも構わねぇ。
地獄へ堕ちる覚悟などとっくに出来ている。
これで良かったのさ……。
博士は哀しむかもしれねぇが、これが俺の運命(さだめ)だ。
俺のした事は無駄ではなかったと信じたい。
健達に全てを託した今、俺に遣り残した事はない筈だ。
これで…安心して…あの世に逝ける、ぜ。
博士、みんな…ありがとうよ……。


※この話は172◆『その場所で〜再会』に続くような話に仕上がっています。




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