『郷愁』

故郷の夢を見る時は決まってあのおぞましい両親が殺戮されるシーンだったのだが、今日は珍しく違っていた。
子供の頃、1人になりたくなると行っていた、小高い丘の大きな樹の枝の上にジョーは確かに寝そべっていた。
何故か身体と記憶だけは18歳のままで。
(これは夢なのか?)
とジョーは思った。
自分はクロスカラコルムで永遠の眠りに就いたのではなかったか……?
いや、まだ彼は生きていて、意識だけがこの場所に飛んでいたのである。
(俺はこの場所が一番のお気に入りだったっけ…。
 両親にもアランにも教えなかった……。
 俺だけの秘密の場所だ)
此処は故郷のBC島の風光明媚な風景が見渡せる特等席だった。
3時間もあれば車で1周出来る小さな島だった。
見渡しが良かった。
この場所はきっと誰も知らないに違いない。
こんなに高い樹に登る子供などジョーしか居なかった。
どんなガキ大将でも、この樹には手を出さなかった。
此処に登るとこの島はジョーの天下になった。
誰にも邪魔される事のない自分だけの世界。
ジョーは小さい頃から自分1人の空間を持っていたのだ。
母親に叱られて泣いた日もこの樹に登った。
悪さをして自己嫌悪に陥った日も。
友達と喧嘩をしてムシャクシャした後もそうだったし、両親が仕事で帰って来なくて寂しい時にも此処に登った。
幼い頃の彼の全てを知っているのがこの樹だったのだ。
(どうして死を目前にして此処に戻って来たのだろうな…?)
ジョーは気持ちの良い風に吹かれながら思った。
島を出たあの日から今日までの全ての屈託を、この樹が聞いてくれようとしているのに、ジョーは気付いた。
(そうか……。
 俺は死を迎える直前だからこそ、この場所に戻って来たのか……)
大木は爽やかな風に包まれながら、その枝を揺らし、ハンモックで眠るかの如く、ジョーを気持ち良くさせてくれた。
身体の痛みも苦しみも段々と癒えて行く。
穏やかな揺れに身を委ねながら、ジョーは段々と夢うつつになって行く。
(死ぬ前に故郷に戻って来れて良かった……。
 俺の身体はクロスカラコルムに在るが、この樹が俺の魂を呼んでくれたに違いねぇ)
最期の瞬間を穏やかな気持ちで過ごせる事はジョーには有難かった。
もうやるべき事はやったのだ。
自分に出来る事はもう、ない。
全ての力を出し切った。
残りの生命が少ない以上、自分の役目はこれで終わりだとジョーは思ったのだ。
もう思い残す事は何もない……。
そう思った瞬間にこの地に来ていた。
(今度生まれて来る時もやっぱりこの島に生まれてぇな……)
温かく気持ちの良い樹の枝に揺られながら、ジョーは思った。
突然、この樹を制覇してみようと言う気が起きて、彼は更に上を見上げた。
この樹の頂上まで登らなければならない。
何故かそんな意識が彼の中に芽生えたのだ。
子供の頃にも山で言うなら8分目のこの場所までしか登った事は無かった。
ジョーは上を目指して太い幹を登り始めた。
その道程が天に続いているものとは知らぬままに……。

樹の枝は上に行くに従って細く、数も少なくなって行く。
太い幹も少しずつ幅が狭まって行く。
ジョーは思った。
これは自分の人生そのものだと。
この樹を登り詰めたら自分は安らぎを得る事が出来るのだろう。
例え、その先に地獄が待っていようとも。
彼は任務の為とは言え、敵を手に掛けて来た。
そして幼友達も……。
だから自分は地獄へ行くものだと決めていた。
まさか自分が死力を尽くして放った羽根手裏剣が地球を救おうなどとは夢にも思う筈が無かった。
仲間達を信じて…、彼らが自分の分まで闘って勝利を手にしてくれるものと寸分の疑いもなく思っていた。
地球はきっと救われる。
自分はそれを見届ける事は出来ないけれど……。
この樹を登るのをやめてしまえば、自分には死が来ないのかと言うと決してそうではない。
だから歩みを止めずに頂上を目指す。
(何で今頃になって、郷愁に目覚めたんだろうな……。
 俺の死が間近だからか?)
ジョーは自身に対して嘲笑した。
(今更、俺の人生は変えられねぇ……。
 ただ死を待つのではなく、闘い抜いて死を迎える事が出来たのは、俺にとっちゃ本望さ。
 仲間達や南部博士にしてみれば、こんなにあっさりと去って行く俺を恨みたい気持ちにもなるだろうがな……)
また腕を上へと伸ばして、手足を枝に掛けて1歩攀じ登る。
(でっけぇな〜この樹は。
 まるで俺の生命を延ばそうとしているかのようだぜ……)
なかなか樹の頂点には達しない。
(まだ登れと言うのか?
 俺は地獄へ叩き落されるんだぜ……)
ジョーはふと、眼下の景色を見た。
懐かしい街並みが広がっている。
走り回っている子供時代の自分の姿を見たような気がした。
目線を上げれば、水にオレンジ色を溶いたかのような美しい夕焼けが広がっていた。
(子供の頃には遠過ぎて気がつかなかった……。
 この島の夕陽は、この地球のどこから見る夕陽よりも美しい……)
心が満たされた気分になった。
そして、最後の一枝に手を伸ばした。
(おさらばだぜ。
 健、ジュン、甚平、竜…。そして、南部博士……。
 みんな、元気でな……)
ジョーの『気』は風と共に天へと昇華した。
彼が登っていた大木は、まだ彼が居るかのようにゆらゆらと揺れていた。




inserted by FC2 system