『もう1度ゼロから(4)/終章』

ゴッドフェニックスは巨大タンクローリーメカを上手く誘導した。
メカ鉄獣は飛ぶ事も出来て、ゴッドフェニックスを執拗に追って来る。
「これでいい、これでいいんだ…」
健がほくそ笑んだ。
ゴッドフェニックスは煙幕を張り巡らせ、きりもみしながら墜落するかのように見せ掛けて、地上に着陸した。
不時着を装ったので、少し衝撃があった。
眩暈と頭痛に襲われていたジョーは持ち堪えられずに自席から滑り落ちた。
だが、誰もそれをおかしいとは思わなかった事が、彼にとっては救いだった。
すぐさま起き上がったが、頭がぐらぐらした。
だが、仲間達は敵のメカに夢中だったので、それを気取られる事もなく、ジョーは赤いボタンの前に立った。
(果たして超バードミサイルがまともに撃てるのだろうか?)
その不安を一蹴する為にも、此処はしっかり決めておきたい処だった。
巨大タンクローリーが『どーん!』と言う激しい音を立てて、地上に降りて来た。
「ジョー、超バードミサイルを撃つには、一旦浮上しなければならない。
 竜、敵を充分引き寄せてから上昇するんだ」
「ラジャー」
竜は操縦桿を握り締めて、そのタイミングを待った。
「来た!竜、上昇して反転しろっ!」
健の的確な指示が飛ぶ。
ゴッドフェニックスが急上昇した時、またジョーの身体が吹き飛んだ。
「ジョーの兄貴、何か変じゃない?」
甚平が心配そうに見た。
「くそぅ……、あの変な搭乗時の光線のせいさ。気にするな」
ジョーはそう言ったが、誘拐された技術者は何のダメージも受けていなかった。
平常時であれば、仲間達は彼の様子がおかしい事に気付いただろう。
ジョーはそれを恐れていた。
この闘いが終わった後、冷静に戻った健にこの事を気付かれないかと言う事を、一番恐れていた……。
しかし、何とかやり過ごさなければならない。
この場は何としても彼自身が超バードミサイルを撃ち、成功させる必要があった。
そうしなければ、身体の不調を知られてしまう事だろう。
それだけは絶対に避けなければならなかった。
不調がばれたら、自分は科学忍者隊の任を解かれるに違いない。
ジョーはその1点だけを死以上に恐れていた。
自分の生き方を貫きたいと言う思いは、18歳にしてしっかりとその身体に根付いていた。
科学忍者隊としていつでも突然の死が訪れる事を覚悟していたので、己の生き様を考えざるを得なかった。
だが、『病気による死』は考えの内にはなかった。
その時は闘って華々しく散るものだと思っていた。
そうではない『死』の形がある事は、若い彼の頭の中には無かったのだ。
(どうせ死ぬのなら、闘いの場で敵に一矢報いてから逝きたい!)
ジョーの願いはそれだけだった。
そして、出来る事ならその時にギャラクターを斃すと言う本懐を遂げたい。
だから、彼は焦っていた。
先を急ぐ必要があったのだ。
ジョーは弾かれたように立ち上がり、もう1度赤いボタンの前に立った。
折り良く敵のメカ鉄獣の後部が見えていた。
「竜、45度の角度で突っ込んでくれ。
 俺が発射ボタンを押したら、急上昇だ」
ジョーは隣の竜に告げた。
「ほいよ」
竜は軽く答えて、指示通りの角度で機首を敵に向けた。
「ようし、行くぜ!」
ジョーはボタンの上に手を翳した。
タイミングを見計らう。
焦点が合わない。
1度ギュッと眼を瞑った。
そして、もう1度カッと眼を見開いた。
その瞬間、ハッキリと敵の姿を見る事が出来た。
「今だ!」
ジョーが発射ボタンを押し、超バードミサイルが射出口から発射された瞬間に、竜は機を急速上昇させた。
超バードミサイルはジョーが狙った位置に正確に命中した。
此処なら万が一タンクローリーに石油が積まれていても、被害はない。
山岳地帯で、森もない場所なので、動物も居ないだろう。
巨大タンクローリーメカは大爆発を起こした。
「みんな、眼を凝らして見てろ。
 カッツェが飛び出す筈だぜ」
ジョーがスクリーンを睨みつけるように言った。
だが、誰の眼にもカッツェのロケットは映らなかった。
「どうしてだ?あいつがそう簡単に死ぬ訳がねぇ。
 健、メカ鉄獣には乗らずに逃げたんじゃねぇのか?」
「いや、ジョー。良く見ろ」
健は冷静な声を出した。
爆発したタンクローリーの鉄片が転がり、紫煙が巻き上がっている中に、地面に大きなドリルで穴を空けた跡があった。
「ちくしょう。地中から逃げやがった!
 相変わらず逃げ足の早い奴だっ!!」
ジョーは眼の前の竜の座席に思わず拳を叩き付けた。
「ジョー…。何故そんなに焦っている?」
健が訊いた。
バードミサイルを正確に撃てた事で、少し安堵していたジョーに、健の鉄拳が飛んだ。
それは顎にヒットして、ジョーは吹き飛ばされた。
すぐには起き上がれなかった。
健はその事を不審がった。
常ならジョーはすぐさま立ち上がり、殴り掛かって来るぐらいの事はする。
ジョーはその場で胡坐を掻いた。
本当は立つ事が出来なかったのだが、不貞腐れて開き直った振りをした。
「親父さんを亡くした時のお前と同じさ。
 おめぇもその時の自分を思い出せば解るだろうよ……。
 何かが俺を突き上げて来るかのように、衝動的に行動を起こさせるのさ。
 その何かがどう言うものなのかは俺自身にも説明出来ねぇ」
「だからと言って1人で行動するのはよせ。
 俺達はチームワークで行動しているんだ、といつか言ったのはお前だぜ」
健の声が少し湿ったように感じられた。
ジョーは健の傷口を抉ってしまったと思ったが、この場合はそうするしかなかった。
本当の事など言える筈もなかった……。
「ジョー。お前は無謀にも1人でBC島に行き、死ぬような目に遭って来た。
 あの時だって、俺達の気持ちを考えた事があるか?」
健はジョーに手を差し伸べながら言った。
ジョーはその手を取らずに、自分で立ち上がった。
まだ少しクラクラして頭痛も酷かったが、普通に振舞う事が出来た。
「……今回の事は悪かったよ。
 だが、情報部の調査結果を待ったり、メカ鉄獣が出現してから出動していたのでは、俺のような子供がどれだけ出ると思ってるんだ?
 俺は、ギャラクターが許せねぇ!
 我慢ならねぇんだよっ!
 この身体に脈々と流れ続けるギャラクターの血がっ!」
これは本当の事だ。
南部博士の前でも話した事だった。
「これ以上、自分の事を責めるな。
 お前の両親だって、自分達の過ちに気付いたんだ。
 それだけでも、贖罪の一部は終わっている筈だ。
 お前がそれ以上、自分の生まれを苦にする事はない」
健の言葉を聞きながら、ジョーは涙ぐみそうになってしまったので、トップドームへと出る事にした。
「ちょっと風に当たって来る…」
背中を向けて一言だけ仲間に告げた。
「ジョーの心はまだ傷を開けてドクドクと血を流しているのね……」
ジュンが涙を落とした。
まさか、ジョーの屈託がそれだけではないと言う事にはまだ誰も気付いていなかった。
「ジョー、もう1度ゼロから始めればいいんだ…。
 今度は俺達みんなでな」
健が上を見詰めて呟いた。
「だから…1人で背負い込むな」
健はそう言って、自席へと戻った。
「竜、帰還する。
 ジョーが上に居る。ゆっくり飛んでくれ」
「ラジャー」
竜は機首を南部博士の別荘がある方向へと向けた。

トップドームに出たジョーは、飛翔するゴッドフェニックスの上で風に当たりながら、その涙を風に流していた。
(健、許せよ……。嘘は言いたくねぇ。
 だが、俺の生き様を貫き通す為には、仕方がねぇんだ……)
ジョーの決意は固かった。
まだ自分の生命が余りにも残り少ない事を知らずにいた。
急いで本懐を遂げて、少しは自分の人生を謳歌するつもりでいた。
短い間でもレーサーとしての道を一歩でも先に進みたい。
遠からず死が待っている事に薄々気付いているからこそ、悔いのない人生を送る事が出来るのだ、と彼はそれをプラスに転じて考えていた。
(俺は成人と呼ばれる年にはなれそうにねぇが、例え20年足らずの人生でも、人よりも『生きて』やるんだ!)
ジョーは頭痛を堪(こら)えてキッと凛々しい瞳で前を見据えた。
ふら付いて立っていられなくなった。
よろめいてジョーは片膝を着いた。

その日、南部博士からの雷は落ちなかった。
健が先に報告を済ませていたからである。
南部は自室の窓辺に立って、ジョーの将来を憂えていた。
科学者としては神など信じてはいなかったが、神に祈りたい気持ちになっていた。
神の代わりにジョーの両親に対して祈った。
(どうか、ジョーを守ってやって下さい…)
外の満月に向かって呟いていた。
(ジョー、君が自分の出自について悩む事は間違っている。
 君の両親は確かに君を愛していたのだ……)
南部は今日も別荘には泊まらずにトレーラーハウスに戻ったジョーの事を思った。
彼が使っていた部屋に行き、レースの優勝トロフィーを眺めた。
(これからも此処にトロフィーが順調に増えて行く事を願っているよ、ジョー……)
だが、その願いは聞き入れられる事がなかった。
この後、ジョーのトロフィーが増える事はなかったのである。




inserted by FC2 system