『晴天雨』

森の中で木陰に吊るしたハンモックに揺られて気持ち良く眠っていたら、急にポツポツと雨が降り始めた。
頬を濡らす滴で目覚めたジョーはあっと言う間に本降りになってびしょ濡れになってしまった。
「ちきしょう。折角気持ち良く昼寝してたって言うのによ」
ジョーは慌ててすぐ近くにあるトレーラーハウスに飛び込んだ。
空は晴れたままだ。
「天気雨か。すぐに止むな……。全くついてなかったぜ」
Tシャツを脱いで、シャワーを浴びようとしている時に、もう1人転がり込んで来た。
「こっちに向かっていたら降られてしまった……」
健だった。
バイクの彼は諸に雨を浴びていた。
「おめぇの方がひでぇな。シャワーを浴びるか?
 代わりのシャツを出しておいてやる」
一応、ジョーの部屋にも『2番Tシャツ』以外のシャツも置いてはあった。
着る機会が殆どなく、箪笥の肥やしになっている物だった。
「これを貸しておくから、その間に吊るして乾かすんだな。
 
 この雨はすぐに止むぜ」
「お前こそ、シャワーを浴びるつもりだったんじゃないのか?」
ジョーが上半身裸だったので、健は遠慮した。
「構わねぇよ。おめぇ程は濡れてねぇ。
 科学忍者隊のリーダーに風邪でも引かせて寝込まれたら敵わねぇからな」
ジョーは洗い立てのバスタオルを放ってやった。
「俺はベッドに居るから、終わったら起こしてくれ」
ジョーは真っ白いTシャツを出してやると、健がシャワーを浴びやすいようにベッドサイドへと移動した。
自分が見ていては、入りにくいだろう。
いくら男同士だからと言っても、互いに入り込まない節度はある。

ジョーはタオルで濡れた髪と身体を拭くとベッドに横たわり、再び寝入ってしまった。
逞しい胸が呼吸と共に上下している。
大胸筋が発達し、腹筋が割れている。
肩や腕には逞しい筋肉が乗っている。
ボディービルダーに近い体型であった。
細い身体を筋肉で覆い尽くし、これが彼の闘う原動力となっている。
体脂肪率は1桁台だろう。
それだけ絞り込んだ肉体は、まさに闘いの為だけにあった。
彼が寝入っている間に健はするりと裸になり、ジョーのシャワールームを借りた。
ジョーが用意してくれたバスタオルで全身を拭き、借りたTシャツを着る。
ジーンズが余り濡れていなかったのが幸いだった。
そのまま履いても何とかなった。
いつものTシャツはこれもジョーが用意したハンガーに掛ける。
やがてこの天気雨は止むだろう。
そうしたら外の樹にでも吊るしておけば、すぐに乾くに違いない。
「ジョー」
健は声を掛けたが、余りにも気持ち良さそうに眠っているので、暫く起こすのを躊躇した。
男から見ても均整の取れた肉体だと思った。
このバネのある筋肉質な身体があるからこそ、ジョーはギャラクターを叩きのめして来る事が出来たのだ。
健も筋肉質だが、ジョー程ではない。
これはジョーが自分に対して厳しい訓練を課して来た事の賜物だ。
健は納得した。
(俺もまだまだ負けてはいられないぞ……)
健はジョーのストイック振りを見習おうと決意したのであった。
ただ、ジョーにはストイック過ぎる嫌いはあったが……。
「何だ、健。起こせって言っただろ?」
眼を醒ましたジョーが起き上がった。
「いや。余りにも良く寝てたんでな。
 また寝不足だったのか?」
「昨日はレースの祝勝会だったんでな」
ジョーが眼を向けたサイドボードの上に、まだ新しいトロフィーがあった。
ベッドから降りると、ジョーは用意しておいた自分の着替えとバスタオルを手にした。
「おっ?雨が止んだようだな。
 そいつは外の樹にでも吊るしておけ。
 今、任務が入ったら困るぜ」
「ああ、そうしよう」
ジョーは健が外に出たのを見て、シャワールームへと消えた。

「……ところでおめぇ、何しに来た?」
シャワーを浴びて、洗濯済みの服に着替えたジョーは、健に水を向けた。
冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、コップに注ぎ、1つを健に差し出す。
「ああ……何だっけ?」
健のとぼけた言葉にジョーは座っていたベッドからずり落ちそうになった。
「おい、本気かよ?ボケるトシじゃねぇぜ」
「特別な用事があった訳じゃないんだが……、全く用事がないと言う訳でもない」
「何を言っているか訳が解らねぇんだが……」
ジョーは頭を抱えた。
健は尻ポケットから薄っぺらい財布を出し、そこから1枚の写真を摘み出した。
「雨に濡れなくて良かった…。これ……」
健が差し出した写真をジョーは不審げに受け取った。
「これはっ!?」
「たった1枚だけだが、今日、南部博士宛にBC島の新しい神父さんから送られて来たそうだ」
ジョーの手が心なしか震えた。
晴天雨が連れて来てくれたような気がした。
その一葉の写真には、ジョーの両親と5〜6歳ぐらいの時のジョーの姿が映っていたのだ。
ジョーはその身ひとつでBC島を脱出したので、両親の形見や写真など何も持ってはいなかった。
「博士がジョーと逢った時よりも小さい頃の写真らしい、と言っていた。
 基地で渡してもいいんだが、早くジョーに渡してやってくれ、と博士が言ったんでな。
 手紙にはたった一言。
 教会にあったアルバムから出て来たので送ります、とあったそうだ」
家族で礼拝に行った時に撮ったのか……。
「こんな…写真があっただなんて……」
ジョーの眼に一瞬だけ涙が光ったが、健は見て見ない振りをした。
「じゃあ、俺はまた来るぜ」
健が帰ろうとした。
「Tシャツ…、乾いただろうか?」
ジョーが先に立って外に出た。
シャツではなく、その眼の涙を乾かしたかったのだろう。
健のTシャツを樹から外して、振り向いた時には彼の瞳に涙は無かった。
「健、乾いてるぜ。中で着替えて行け。
 脱いだTシャツはそこら辺に置いておいてくれて構わねぇ」
「ああ」
健はジョーからTシャツを受け取った。
「健……。俺にとっては『特別な用事』だったぜ。
 ありがとうよ」
ジョーはバイクに跨った健の背中にそう告げた。




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