『マリーン〜納骨の日』

マリーンが事故死してからあっと言う間に時間が過ぎて、四十九日がやって来た。
フランツによると、その日に納骨されると言う。
墓の場所を教えてくれたので、後日墓参りに行こうとジョーは思った。
2人の間には淡い恋が芽生え掛けた程度の処で、サーキットのアイドル・マリーンは自損事故で死んだ。
その父親と同じコーナーで。
ジョーはこのサーキットに来る度に、快活で美しかったマリーンの事を思い出す。
年は同じだった。
初めて声を掛けて来たのは彼女の方からだった。
ヘルメットを外すと長い金髪がサラリと落ちて、その瞬間を見るのがジョーは好きだった。
白くて木目細かい肌に薄い桃色の唇が映えた。
化粧っ気は全く無かったが、ジョーの取り巻きは派手派手しい女性が多かったので、そんな彼女がとても新鮮に見えた。
彼がマリーンに対して好意を持っていた事は自分自身にも明らかだったが、科学忍者隊としての任務を持つ事が、彼をそれ以上先に踏み込ませない理由でもあった。
だが、マリーンはジョーに対する恋愛感情を見せ始めていた。
今思えば、あんな事になるのなら、それに応えてやれば良かった。
ジョーはそう考える事が増えていた。
彼女を喪ってから、その喪失感は増すばかりだった。
自分がこれ程までにマリーンの事を好きだったとは、さすがの彼も驚いていた。
(意外に、自分の事は解らねぇもんだな…)
ジョーはマリーンが激突して亡くなったコーナーに花を手向けにやって来た。
(今日、親父さんと同じ墓に入るんだな。
 四十九日が過ぎて、親父さんの処に行くんだろう……。
 だが、お袋さんには親不孝をしたな、マリーン……)
ジョーはその場に膝まづいて、静かに瞑目した。
その時、後方に人の気配を感じた。
悪意がないのはすぐに解った。
「貴方は、ジョーさんですか?」
女性の声だった。
ジョーは立ち上がって振り向いた。
黒いワンピースを着て花束を抱えた女性が立っていた。
「もしかして、マリーンの?」
「ええ、母です。四十九日の法要の前に此処にも花を、と思って……」
一見してマリーンの母親と解る綺麗な女性だった。
恐らくは40歳代前半だろう。
ジョーの母親も生きていたらこの位か……?
「貴女を置いて逝くなんて、マリーンは親不孝な事をしました。
 せめてその日に俺がこのサーキットにいれば、もしかしたら助ける事が出来たかもしれないのに……」
ジョーが唇を噛み締めるのを見て、母親は満足そうな笑みを浮かべた。
「マリーンは父親が走る姿を見に来た時、良く貴方の事も見ていました。
 私はマリーンが貴方に恋をしていたと思っています」
「余りにも俺達には時間が無さ過ぎました。
 そう言う感情がハッキリと芽生える前に、別れなければならなかったのですから」
ジョーの瞳が揺れた。
「良かったら、マリーンの納骨式に来ては戴けないでしょうか?」
「自宅に帰らなければそれに相応しい装いが出来ません。
 レーシングスーツで参列する訳には行きませんから……。
 今日は此処で追悼して、後日墓参りに行かせて貰うつもりでした。
 フランツと言う先輩レーサーに場所は聞いてあります」
母親の眼が潤んだ。
「本当にフランツさんにはご親切にして戴いて……」
「彼はそう言う男ですよ」
ジョーは場所を空け、母親が花を捧げるのを見ていた。
「マリーンがレースをする事には最後まで反対でしたが、良いお仲間が居て幸せだったのかもしれません」
「でも、逆縁は良くない。俺だったらマリーンを張り倒していますよ」
ジョーは言葉に反して低く穏やかな声を出していた。
「貴女が反対していた気持ちは良く解ります。
 よりによって父親と同じ場所でこんな事になるなんて……」
ジョーの両拳が震えた。
「俺だって!こんな逝き方は許せません。
 もっと一緒に走りたかった!
 もっと話がしたかった!」
感情が迸った。
ジョーは改めてマリーンに対する自分の『本当の気持ち』を理解した。
好きだったのだ…。
間違いなく。
これから愛情が芽生えて行く寸前だったのだろう。
任務があるとは言え、上手く付き合えなかった事はないだろうに……。
マリーンの死によって、ジョーの空回りした愛が、行き場を無くして彼を苦しめていた。
今、素顔の彼の心はマリーンに占領されている。
忘れられるのは、バードスタイルに変身している時だけだ。
(死んでからこんな気持ちになっても、心の持って行き場がねぇじゃねぇかっ!)
ジョーの唇がわなわなと震えた。
「マリーンの馬鹿野郎!」
吐き付けるように言葉が零れ落ちた。
気が付くと頬に涙が伝っていた。
マリーンの母親にそれを見せたくなくて、ジョーは握り拳で涙を拭って、背中を向けた。
「墓参りには必ず行きます。身体を大事にして下さい」
最後にそう声を掛けた。
少しだけ声が震えてしまった。
ジョーは唇を噛んで、G−2号機の方へとゆっくりと歩き出した。
「ジョーさん、有難う…。マリーンを好いてくれて有難う」
母親の穏やかな涙混じりの声が彼の背中に向かって、投げ掛けられた。

ジョーはG−2号機に華麗に乗り込むと、コースを飛ばした。
スピードで涙を振り飛ばし、乾かそうと思った。
だが、涙は次から次へと溢れて来た。
「マリーンの馬鹿野郎!」
もう1度同じ事を、マシンの爆音に紛れて叫んだ。
あのコーナーを走り抜ける度に、マリーンの母親がG−2号機を見詰めているのが見えた。
ジョーの走りは安泰で、魔のコーナーでも危なげなかった。
「彼だったら、本当にマリーンを助けてくれたかもしれないわね」
マリーンの母親は娘に話し掛けた。
「残念だわ。あんなにいい少年が将来の息子になってくれたら……。
 スラリと背が高くて、心根が優しくて、本当に貴女とお似合いね。マリーン……。
 フランツさんが言う通りだったわ」
涙を拭って納骨式の為にサーキットを後にする母親であった。
ジョーは周回して来て、彼女の母親の寂しげな背中が去って行くのを一瞬だが見送った。
(せめて貴女は長生きして下さい。
 寂しいでしょうけれど、幸せになる事を祈っています…)
そう言葉を掛けたい気持ちだった。
サーキットを49周したのは、四十九日に掛けての事だったのかもしれない。
彼自身は数えていなかったのだが、後から訪れてジョーとマリーンの母親の様子を見ていたフランツがその周回数を数えていた。
「納骨式には行かなかったんですか?」
サーキットのレストランでエスプレッソを飲みながらジョーは訊いた。
「あれは家族が参列するものだからな」
「俺、誘われたんですよ。マリーンのお袋さんに」
「それは、マリーンが好いた男なら家族同様だと思ったんだろうよ…」
フランツは言葉少なに呟いた。
彼の心にもマリーンの死は影を落としていた。
何より現場に居ながら、どうにも出来なかった事を責めていた。
あの時、ジョーが居たらどうにかしたのではないか、と言う思いがフランツにはあった。
「あのお袋さん、立ち直りますかね?」
「時間が掛かるだろう……」
フランツは暗い眼をして短く答え、初めてそこにあった事に気付いたかのように冷めたアメリカンを口に運んだ。


※この話は、279◆『追悼のクラクション』、307◆『マリーン』の続きとなります。




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