『クルーズ〜命日前夜』

甚平がいつかの任務の帰りに語った夢。
それは何十年か後に全員がそれぞれの相手を連れて行く世界一周旅行だった。
甚平は『みんなが60代になったら』と言っていたが、思わぬ事から、今年その世界旅行が実現する事になった。
だが、ジョーはそこには居ない。
だから、健とジュンを除いては、それぞれの連れ合いを連れて来なかった。
元科学忍者隊の4人だけでの旅行となった。
南部博士は10年前、77歳で還らぬ人となっていた。
その時、全員が立ち会っていたが、どうやらジョーが迎えに来たらしい様子が見受けられた。
南部は確かに消え入るような声で「ジョー…」と言ったのだった。
今年でジョーが亡くなって丸39年が経とうとしている。
明日がその命日だ。
この世界旅行の豪華客船はヒマラヤの近くも回る事になっていた。
まさか、南部博士が亡くなってから10年後に、博士からこう言った形でのプレゼントがあるとは思ってもいなかった4人だった。
博士の名前で旅行券がそれぞれに送られて来たのである。
健とジュンは2人の子供を設け、既に孫がいる。
竜は自分の子はまだ独身だと嘆く。
甚平は子供が出来ない、と寂しがる。
「レッドインパルスの2人もジョーと同じ命日だったわね…。
 私達、ついジョーの事ばかりを考えてしまいがちだけれど」
55歳になったが、まだまだ若々しいジュンが呟いた。
緑の髪は、短く切り揃えられていたが、良く似合っていた。
その傍らにはグレイのスーツの健。
豪華客船にはドレスコードがあるからなのだが、ISOに勤務する彼も体型はキープしている。
顔に少しの皺が刻まれているが、髪は染めているので57歳には見えない。
元々童顔の彼だった。
スーツが決まっている。
竜は27年前、29歳の時に結婚して益々太った。
愛子と言う名前の愛らしい女性を娶ったが、子供は女の子が1人。
まだ嫁に行っていない。
だが、愛子との生活は幸せそのものだった。
まさに幸せ太りと言っていい。
そのお陰で、最近はメタボリック症候群を医師から指摘されている。
甚平も50歳になった。
昔の面影が僅かに残っているが、竜よりも身長が高くなり、ジュンの店を引き継いだ『軽喫茶JIN』を経営していた。
27歳の時に結婚したが、子宝には恵まれなかった。
子供がいないので、甚平は今回嫁を置いて来る事に少し抵抗があった。
何故なら彼の夢がそれぞれの相手を連れての世界旅行だったと言う事もある。
しかし、ファッションデザイナーと言うキャリアを積んだ妻は、自ら快く甚平を送り出してくれた。
「ジョーが生きていたら、どんな嫁さんを貰っていたのかのう?」
竜がしみじみと言った。
「多分、俺達の中で一番最初に結婚していたかもしれないな……」
健が応じた。
「ジョーの兄貴はモテたからね」
「でも、決まった相手は居なかったようね。
 いつでも恋をする機会はあったのでしょうけれど。
 任務があったからジョーは自制していたのよね」
豪華客船の世界一周クルージングは、非常に快適だった。
これだけ大きな船だと揺れも殆ど感じない。
快晴の空が頭上を走って行く事が、非常に心地好かった。
「明日で39年か……。
 ジョーが生きていたら、世界的レーサーになって、俺達が近づけないような存在になっていたかもしれないな……」
健が真顔で言い、空を見上げた。
空からジョーが彼らを見下ろしているような気がしたのだ。
「大分冷えて来たわ。みんな、船室に戻りましょう」
ジュンが言ったのもその筈、夕陽が沈もうとし始めていた。
夕陽は既にこの船から何度も眺めた。
この船は今ヒマラヤ方面に向かっている。
明日、インドの港に着けて、3日間停泊する事になっているので、その間に小型飛行機を借りて4人はクロスカラコルムへ行く計画をしていた。
「ジョーの兄貴は飛行機で来たんだよね」
「そうよ。空港の消印がある手紙が南部博士に届いたって言ってたもの」
ジュンの優しい声は変わらない。
暫く振りに姉弟が再会した気分で、甚平は嬉しかった。
昔のようには甘えられないが、往時の様々な記憶が甦る。
「甚平、裕未(ひろみ)さんは元気にしてるの?」
「うん、バリバリのキャリアウーマンさ。
 おいらとは大違いだぜ」
「でも、上手く行っているんだからいいじゃないか」
健が甚平の肩を叩いた。
甚平の店に客として来たのが馴れ初めだった。

「クロスカラコルムはあの頃のままなんじゃろか?」
健とジュンの部屋に4人は集まった。
「自然は大きい。さすがに戻りつつあるんじゃないかな?」
科学忍者隊で居る内は、ゴッドフェニックスで毎年命日に訪れていたが、その任を解かれてからは誰も現地に行ってはいなかった。
「ジョーのお陰で今の平和がある。
 その事を知った時は、本当に嬉しかったな……」
健は1周忌にG−2号機を借りて、単身クロスカラコルムへ花を捧げにやって来た。
その時現地調査団から形見の羽根手裏剣を受け取ったのである。
それは今も、健のスーツのポケットにあった。
健は大切そうに特殊ケースに入れたそれを取り出した。
所々爆風で煤け、黒くなっていたが、間違いなくジョーの羽根手裏剣だ。
先端部分が鋭角に折れ曲がっている。
「ジョー…」
全員がジョーの思い出に浸った。
でも、もう暗くなる事はなかった。
思い出すのは明るいジョーの表情ばかりだった。
長い年月を掛けて、彼らの心の傷も薄紙を剥いで行くように回復して行ったのである。
「南部博士も一緒に来れたら良かったわね……」
「でも、生きておられても87歳の高齢だからな」
ジュンと健がお互いの顔を見合わせた。
様々な思いが交錯する。
任務の時の厳しい表情。
平和が訪れてからの穏やかな表情。
マントル計画の推進に一生を捧げた南部博士。
「今となっては、全てがいい思い出だな…」
健が呟いた。
「竜、明日はきっとジョーの兄貴に叱られるぞ。
 あれ程痩せろって言ったのに、ってね」
甚平が、ジョーが竜の太り過ぎを気にしていた事を思い出して言った。
「そう言えば、痩せさせようといろいろな事をしてジョーは努力してくれたのよね」
「なのに、竜が全部ぶち壊しにしたから、ジョーは仕舞いには諦めてたさ」
健が笑った。
笑うとまだ昔の可愛らしさが少し垣間見れた。
「こうしてみんな集まっていると、やっぱりジョーの不在が寂しいわい」
竜が瞳を床に落とした。
「おら、ジョーに『このデブ!』とどやし付けられてもいいから、此処に居て欲しかったぞい」
「ジョーはいいパパになったでしょうね」
「昔、テレサ婆さんもそんな事を言っていたな」
「兄貴とお姉ちゃんに小さい孫が居るぐらいだから、ジョーの兄貴もおじいちゃんになってるのかな?」
「ジョーがおじいちゃんかぁ。想像が付かないのう」
「あら?そうでもないと思うわ。きっと好々爺になったと私は思う」
「そうだな…。あれで意外と子供好きだったし」
「何よりもおいら、ジョーのラブストーリーを聞きたかったよ。
 どんな恋をして、どんなプロポーズをして、どんな生活を送ったのかな?
 きっと兄貴と同じく今でもスタイリッシュでかっこいいんだろうなぁ…。
 お嫁さんもレースクイーンみたいな、モデルさんのような女性だったりして」
「ジョーは女性には優しかったから、どんな女性を選んでもきちんと愛し続けたでしょうね。
 そう言う未来永劫愛せると思える女性を選んだに違いないわ」
「なら、ジョーの兄貴に選ばれる女性って、幸せなんだね」
「見てみたかったのう。どんなに素敵な女性を選んだのか」
「ジョーと同い年だった女性が居たわね。
 サーキットで事故死した……。
 あの女(ひと)とジョーが恋をしていたら素敵なカップルになったでしょうね」
ジュンが瞳を閉じて言った。
「それはみんなが感じていたさ。
 あんな事にならなかったらな。
 まだ2人の間に恋は芽生えていなかったと、あのフランツと言うサーキット仲間の人が言っていたっけ……」
健もジュンの言葉を受けて述懐した。
「淡い恋でもいいから、味わって欲しかったわ…。
 誰もが羨む似合いの2人だったそうよ」
「ジョーの兄貴が居てくれたら、家族旅行になっていたかもね」
「甚平はこの世界旅行の夢を南部博士に話したのか?」
健が訊いた。
「うん。まだジョーが元気だった頃にね」
「博士はそれを覚えていて俺達に旅行券を用意していたんだな。
 自分がいよいよ危なくなったと感じて、その10年後にこんなプレゼントを用意していてくれようとは、全く驚いた」
健の瞳が少し潤んだ。
ジョーの事も未だに鮮明だが、博士の事はまだ10年前の事で記憶に新しい。
博士は長患いではなかったが、倒れてから1ヶ月程で還らぬ人となった。
だが、3週間は意識もはっきりしており、周囲に様々な指示を出していた程だ。
医師でもある博士は自分の死期を悟っていたに違いない。
健には幼少の頃から余りにも長い間お世話になった、と言う気持ちが大きかった。
小さい頃、ジョーと出逢ったのも南部博士との縁がなければ無かった事だ…。
「あら、そろそろラウンジで夕食の時間よ。
 明日は早朝に到着して、すぐに出発するから、早く食事に行きましょう」
ジュンがイニシアティヴを取った。
明日のジョーの命日は4人でクロスカラコルムの地を踏んで、ジョーと5人で39年分の積もり積もった話に花を咲かせるのだろう。

※この物語については130◆『甚平、夢を語る』をはじめとした拙ブログのいろいろな話に伏線があるので、とてもご紹介し切れません。
2013年9月28日にしか書けないストーリーです。




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