『仲間〜終焉に向けて〜』

明らかに失血が多かった。
一体何発喰らったのか…。
自分でも解らない。
生きているのは、あの不思議なピンク色の液体を注射されたお陰なのだろう。
カッツェは薬が切れたら病状が悪化して苦しみ抜いて死ぬ、と言っていた。
もう、とうに薬は切れている筈だ。
だが、ジョーはその意志の強さだけで生きている。
漸く長い階段を上がり切って、本部の外に出た。
それは辛い辛い道程だった。
ここまで上がって来るのに、残りの生命を磨り減らした。
この入口を健に伝えるまでは死ぬ訳には行かない。
腕だけの力で上がっていた階段の途中で1度血を喀いてから、何度か喀いた。
身体から流れた血が草叢をどんどん侵食し、赤く濡らして行っている事も知っている。
……息苦しい……。
血を喀いた事から考えても、肺を遣られている事は明白だった。
引いては寄せる波のように、意識が行きつ戻りつしていた。
地獄の入口はもう近いようだ。
彼は任務とは言え、多くの人命を奪って来たので、自分は地獄に堕ちるものだと決めていた。
幼馴染のアランを手に掛けると言う不幸な出来事もあった。
(どうせ病気で死ぬのなら、こんな死に方でも俺は本望だ…。
 だが、あの羽根手裏剣でカッツェを仕留められなかった事だけは悔いが残るぜ……)
ジョーはその事が、結果地球を救う事になるとは、勿論知りもしなかった。
呼吸が困難になって来ている。
先程から浅くて早い呼吸を繰り返していた。
早く健を見つけなければ、このまま自分は野垂れ死ぬ。
無様で無駄な死に方はしたくなかった。
自分の『生』を意味ある物にする為にも、健にこの場所を伝えなければならない。
仲間達との間を繋ぐ唯一の物であったブレスレットは敵の銃弾によって破壊されてしまった。
通信手段がない以上、この霧の中で仲間が自分を見つけてくれるまで、とにかく生きている必要がある。
何としても見届けたかった。
最悪の事態が起こって自分がこの場所で彼らが来る前に力尽き息絶えたとしても、仲間達は自分の屍を見て此処が本部の入口だと悟ってくれるだろう。
しかし、やはり最期に仲間達の顔を見ておきたい、と言う気持ちが強くあり、彼はもう少しだけ生きていたい、と願った。
もう決して死を恐れている訳ではない。
一目仲間の顔を見たいだけだ。
これは『欲張り』な事なのだろうか?とジョーは思った。
彼は自分から出奔して来たのだ。
もう逢えない、と一方的な覚悟を決めて。
良き相棒のG−2号機を預けて……。
(覚悟を決めた筈だったのに、また逢いたいと願うなんて、いい笑いもんだな……)
ジョーは唇を曲げた。
先程から彼の意識が時々身体を離れて故郷の島に飛んでいるようだ。
(俺もそろそろ年貢の納め時か……)
ジョーは霧で視界が悪い中、周りを見渡そうと力を振り絞って起き上がろうとした。
「……ぐはっ!」
何度目かの喀血があった。
ビシャッと言う水を撒くような音を立てて、鮮血が辺り一面に散った。
身体の内外で出血が続いていた。
このままでは病気と薬の効果で死ぬ前に出血多量で死が訪れる、とジョーは思った。
(その前に、健よ、来てくれっ!)
彼は心の限りにそう祈った。
ギャラクターに発見されるのが先か、仲間が見つけてくれるのが先か……。
(指1本でも動かせる内は……、俺は闘ってやるぜっ!)
ジョーは大腿部の隠しポケットに手を当てた。
残り少ないがまだ羽根手裏剣が2本残っていた。
エアガンを奪われてしまったのは、痛恨の極みだ。
とにかくただ死を待つばかりでは能がない。
何とか此処を、この場所を健に報せる方法はないものか……。
ジョーは無心になって、闘いの気配を察しようとした。
だが、また意識が遠のいて行った。

ジョーは意識を取り戻そうと必死にもがいていた。
(まだ、今は駄目だ……。楽な道を選ぶな!)
これから、一瞬たりとも意識を手放しては行けない、と彼は思った。
いざと言う時に健を呼ぶ為に、ジョーは力を貯めていなければならなかった。
呼吸も苦しい中、大声を発する事は生命取りになり兼ねないが、彼は生命が惜しいとは思っていない。
それよりも、健達に再会する事。
それだけを念じて、残り少ない生命を綱渡りのように生きようとしていた。
仲間達を此処に呼びさえすれば、自分の役割は終わる。
自分が『此処が本部の入口だ』とわざわざ告げなくても、聡い仲間達はきっと解ってくれる。
(俺は奴らにバトンを渡せば、もうそれでいい……。
 充分に生きた……)
僅か18歳の若者が、こんな風に達観出来るものなのだ。
ジョーは少し生き急ぎ過ぎたのかもしれない。
まだやりたい事があった筈だ。
(いいさ、それはまたもしこの世に生まれて来る事があったら、その時に実現させてやる……)
ジョーはこれが自分の運命、自分の生き方だったのだと、既に自らを納得させていた。
余命を告げられた時に、一晩掛けてそう言う境地に達したのだ。
残された時間を『自分らしく生きる』にはどうしたら良いのか、それを考えたらクロスカラコルムに単身乗り込む事しか思い浮かばなかった。
この場所がギャラクターの本部だったとは、彼にとっては天命だったとしか思えない。
最期の場所がこの場所になった事を、彼は運が良かった、と受け止めた。
(もう少し、奴らに一泡吹かせてやりたかったが、仕方がねぇな……)
病で、そして重傷を負い力尽きた彼は、やるだけの事はやったのだ。
もう万策尽きた、と言ってもいい。
ジョーは健達が何故この場所に辿り着いたのかを知らない。
その裏にレッドインパルスの活躍と壮絶な死があった事も。
だが、どのような事情にしても、彼らが駆け付けてくれた。
ジョーにはその事実だけで充分だった。
引いて行く意識を手で引き戻すかのように、彼は宙に震える手を伸ばして、何かを掴もうと言う動きを見せた。
それはもう、執念であるとしか言いようがない。
仲間がやって来るのを今か今かと、彼は待っていた。

闘いの気配が感じられたのは、それから数分後だった。
ジョーは仰臥し、閉じていた瞳を弱々しく見開いた。
敵の『ガッチャマンだ!』と言うさざめきが聞こえた。
「ガッチャマン…」
ジョーは呟いた。
ついにその時が来たのだ。
「健っ……!け〜〜んっ!」
半身を必死に起き上がらせ、彼は力の限り叫んだ。
そして、力尽きて突っ伏した。
大声を発した事でまた肺が破れた。
「ぐっ!」
と唇から血が噴き出した。
もうその位の事には驚きもしない。
何度も何度も喀血が起きていた。
血を喀く度に、自分の生命の終焉が近づいていた。
(誰か……、誰か俺の声を聞き取ってくれ!)
ジョーは敵襲がある事を覚悟の上で叫んだのだ。
隠しポケットから羽根手裏剣を取り出し、いつでも繰り出せるように右手に構えた。
乱れた足音が地面から伝わって来る。
敵か味方か、まだ解らなかったが、気配を必死に辿っている内に、誰かが追われているのだと言う事が解った。
戦闘を繰り広げながらこちらに近づいて来るのが解る。
あれは…ジュンの気合……。
俺の声を聞き取ってくれたのか……。
ジュンは始めの内は善戦していたが、こちらに近づいて来るに従って分が悪くなっている。
銃で狙い撃ちされ、追い詰められているようだ。
ジョーは正真正銘最後の力を振り絞って立ち上がった。
良くその力が残っていた、と自分でも感心する程すんなりと立つ事が出来た。
そして、先程から右手に握り締めていた羽根手裏剣を病体であるとは信じ難いスピードで投げ放った。
その羽根手裏剣はピシュッと言う音を立てて、ジュンを追い詰めていた敵兵の首筋を後方から見事に仕留めた。
往時のジョーのようだった。
ジョーは最期の力を使い果たして、崩れるように仰向けに倒れた。
「ジョー!」
ジュンの声が彼を追い掛けた。

それから待ち望んだ仲間達が彼の周囲に集まった。
もう立つ事も出来なくなったジョーは、1人1人に思いの丈を告げ、「さあ行け!」と言った。
ぐずぐすしていた仲間達も、ギャラクターの隊員達に囲まれ、
「科学忍者隊のリーダーとして命令する。
 コンドルのジョーは此処に残し、全員ギャラクター本部に突入する」
との健の絶対的な命令を受けて、ジョーに心を残しながら去って行った。
ジョーは健の決断に賛辞を贈りたかった。
(それでいいんだ。
 おめぇはリーダーなんだからよ……。
 俺の言葉を汲んでくれて有難うよ……)
ジョーはもう眼が霞んで見えなくなった健の後ろ姿に、そう告げていた。
彼の魂の炎は既に風前の灯だった。
先程から故郷の風景が脳裡にチラついている。
(もしも生まれ変わる事が出来たら、またおめぇ達とつるみてぇな……)
ジョーは見えない眼で空(くう)を見据えた。
故郷の夕陽がその見えない筈の眼に飛び込んで来る。
魂だけが故郷に強く引き寄せられたのだ。
懐かしい光景。
世界中のどこで見る夕陽よりも美しい風景……。
自分の人生の終焉と、ジョーはその夕陽を重ねた。
ジョーはそうして1人になり、ついに儚くなった。
ジョージ浅倉……。
18歳の若過ぎる最期であった。
最後まで仲間達の事を思い、その成功を信じていた。
彼の仲間達が達し得なかった事を、自分が執念でカッツェに向けて放った羽根手裏剣が成し遂げようとは思いもしなかった。
仲間に託した地球の上で死を迎える事は、決して彼にとって不幸な事ではなかった。




inserted by FC2 system