『いつでも傍に奴がいる』

鷲尾健は南部博士のテストパイロットとして、開発されたばかりの新機種に乗り込んでいた。
「それでは、滑走路に入って下さい」
管制塔からの指示が聞こえて来る。
「解りました」
ギャラクターが壊滅してから2ヶ月が過ぎ、健は通常の生活に戻っていた。
ゴッドフェニックスやそれぞれの愛機でのパトロールの仕事もあったが、今まで程頻繁に行なわれる事もなくなり、4人で力を合わせて改修した『スナックジュン』も再営業を始めている。
『健、マントル計画に再度着手する為に重要なテスト飛行だ。宜しく頼むぞ』
南部博士の声がスピーカーから聞こえて来た。
「ラジャー。無線の感度も良好です。では、離陸体制に入ります」
健は答えると、流線型の飛行機を滑走路の上から華麗に空へと解放した。
空は快晴。
新しい匂いのする新鋭飛行機を操縦するには、気分良好な日だった。
健はまだジョーを失った心の傷が癒えてはいなかったが、こうして日常を積み重ねて行く事によって、いつかジョーの死を受け止められるようになるのだろう、と漠然と思っていた。
地上では、ジュンと甚平が彼を見送っていた。
竜は故郷に帰っていたので、此処には来ていなかった。

異常が起こったのは、離陸して5分も経たない頃だった。
「南部博士!計器が全く作動しません!操縦桿の動きも緩慢で制御不能です!」
健が逼迫した声を上げた。
『何!?一体どうしたと言うのだ……健、海に不時着出来るか?すぐに救助隊を派遣する』
「解りました。やってみます」
健は百戦錬磨の戦士だ。
南部には無事に戻ってくれる事を祈るしかない。
あれ程細かく整備し、最高の技術チームが研究を重ねた新鋭飛行機であったが、こう言う事は往々にして起こり得るのである。
だからこそ、『空の男』、鷲尾健にテストパイロットをさせているのだ。

操縦不能になったコックピットの中で、健にはもう為す術がなかった。
(このままでは住宅街に落ちてしまう……!)
思わず青い瞳を閉じた時、『健!しっかりしろ!』と聞き慣れた太い声が頭の中に響いた。
『大丈夫だ!俺が海へと導いてやる!諦めるな!』
その声は紛れもない、死んだジョーの声だった。
「ジョーーーーーッ!!」
健は彼の名を叫びながら辺りを見回したが、ジョーの姿がある筈もなかった。

やがて健は無事海に不時着した。
そこはある漁港だった。
「飛行機が不時着したぞい!」
そこは竜が帰省した場所だった。
『竜、健の奴を助けてやってくれ。今のショックで気を失っている』
竜の頭に懐かしい声が響いた。
「え?……ジョー?」
竜も健がしたのと同じように辺りを見回したが、勿論姿はどこにもない。
幻聴だったのだろうか?
竜はとにかく船を出した。
近づいてみると不時着した飛行機には意識を失った健が乗っている事が解った。
(ジョーが知らせてくれたんじゃのう……)
竜は大粒の涙を零しながら、飛行機によじ上り、コックピットの窓を叩き続けた。
「健!健!しっかりしろや!!」
意識が戻るまでに時間が掛かった。
しかし、やがては竜の声に反応し、健はうっすらと眼を開けた。
「竜!?」
健はコックピットの窓を開けた。
「良かったのう……。怪我はないかぇ?どうやら機体には大きな損傷はなさそうじゃ。
 ジョーがおらを此処まで導いてくれたんじゃ」
「ジョーが!?……では、あれは夢では無かったのか?」
「お主もジョーの声を聞いたんか?」
「ああ…。『しっかりしろ!俺が海へと導いてやる!諦めるな!』と……」
健は頭を抱えた。
「ジョーは今も俺達の傍に居るんだな…。でも、それは成仏していないと言う事だ…」
「まだジョーには気掛かりがあるんじゃろな……」
竜がブレスレットで南部博士を呼び出し、健が無事である事を報告した。
『そうか…、良かった。有難う、竜』
「いんや、きっとジョーのお陰じゃわい……」
竜が小声で呟いた。
「健はおらが救出します。機体の回収を頼みます!」
『うむ。そちらはすぐに手配しよう。漁村の方々にも迷惑を掛けた。宜しく伝えてくれたまえ』
南部からの通信は切れた。

「夢を見ていたようだ…」
竜の部屋に招かれ、ベッドに横たわった健が呟いた。
外傷は全くない。
後でメディカルチェックを受ける事にはなるだろうが、恐らくは何の問題も出ない事だろう。
「ジョーがずっと励まし続けてくれていた。大丈夫だ、諦めるな、ってな…」
「おらもジョーに呼ばれたんじゃ。健を助けてやってくれ、とな」
竜は温かい味噌汁を健の為に運んで来た。
「此処の海の幸が満載じゃ。旨いから飲んでみな」
健には竜の心遣いが有難かった。
竜の助けを借りる必要もなく、ベッドの上で起き上がる。
(ジョーはまだ安らかに眠っていないのか…?)
温かい味噌汁は彼の心も温めてくれたが、その事だけが気に掛かった。
『死んだもんの心配なんかするんじゃねぇ!生きてる者の事を考えろ!』
またジョーの声が聞こえて来て、すぐに途絶えた。
(ジョー……お前って奴は……)
「人心地が付いたら、おらのお袋が手料理をご馳走するって言ってたぞい。
 おらの友達がISOのテストパイロットだと聞いて嬉しがってたわ」

健は竜の家で家族の温かさに触れた。
そして、友との絆が彼にはまだ残っているのだと言う事も……。
(ジョー。死んでまで俺の心配をするなんて……。まるで立場が逆じゃないか)
健はユートランドへ戻る竜とともにエクスプレスに乗り込んだ。
2人はシートに身を預けて眼を閉じると、それぞれがジョーの面影を追っていたのだった。




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