『重傷』

闘い終わって基地に戻り、報告を終えると科学忍者隊は解散される。
だが、殆どの場合、その後も一緒にいる事が多かった。
彼らの結束は通常時でも続いていたのだ。
任務を離れても普段から共にいる。
小さい頃から共に厳しい訓練に耐えて来たからかもしれない。
ジョーが甚平を可愛がるのはそんな処から来ている。
小さいのに良く頑張っているからだ。
たまに愚痴を言う事はあったが、子供だと思えば可愛いものだった。
ジョーもまだ大人だと言われる年齢ではなかったが、甚平の健気さには一目を置き、可愛がっていた。
仲間に対してもフレンドリーな気持ちは持っていたし、それはこれからも変わらない。

だが、彼が心に殻を作り始めたのは、マリーンサタン号での任務の後からだった。
自分が憎むべきギャラクターの子であると言う事実を思い出した時からだ。
少し仲間と距離を置くようになっていた。
事情を知っている健は、暫くの間は止むを得ない事だろうと思ったが、他の3人はそうは思わなかった。
当然の事だ。
ジョーは一体どうしたのだろう、と心から心配した。
そんな時、ジョーは単身BC島へと両親の墓参りに向かったのだ。
生まれ故郷の島はギャラクターの占領下にあり、彼を冷たく迎えた。
辛うじてアランと再会出来た事が救いだったと言えるのに、不慮の出来事で自らの手でアランを死なせる事になってしまった。
ジョー自身も重傷を負っており、失血が酷く、意識が行きつ戻りつしていたそんな時に起きたアクシデントだった。
すぐさま基地に帰って手術を、と言った健に、ジョーはまだ島に留まっていたい、と告げた。
島の医師では手術は不可能だった。
精々応急手当で止血を施す程度ですよ、と言われたが、ジョーはそれで充分だと答えた。
体内に銃弾を多数残したまま、ジョーはゴッドフェニックスの横に座って、アランの葬送を見送ったのである。
そして、アランの教えがこの島の人々の中に息づいている事、彼の指導は決して無駄ではなかった事を知った。
益々自分がアランを死なせた事に罪悪感が溢れ出し、ジョーの容態は急変した。
「もういいだろう。ジョー、帰還するぞ」
健が竜と2人でジョーの身体を支え、トップドームに跳躍した。

ゴッドフェニックスの定席にはジュンが毛布を敷き、ジョーの身体はその上に横たえられた。
そして、その毛布で全身を包(くる)んだ。
ジョーの体温が低下し、明らかに顔色が真っ青になって来たのである。
すぐに輸血が必要だった。
このまま血液を失い続けたのでは、これ以上、ジョーの生命は保障出来かねない、と島の医師も言っていた。
帰還するまでジョーの意識は戻る事なく、そのままISO付属病院に運び込まれて緊急オペが行なわれた。
Tシャツを取り除くと、包帯で手際良く止血がなされていたが、その包帯にもぐっしょりと血が滲み出ていた。
「このような状態で良く此処まで持ったものです」
手術室に入る前に執刀医師がそう述懐する程だった。
「ジョーの兄貴…。どうしてもアラン神父の葬儀を見届けたかったんだね……」
「無茶な事をしやがる。こんなに重傷を負っているのに……」
竜が拳を握り締めた。
「だが、ジョーは自分の身に流れるギャラクターの血を綺麗さっぱり洗い流したい、と言った。
 それをどうして止められよう……」
苦悩の色を濃くした健が呟いた。
「ジョーは自分自身の存在すら、許せなくなってしまったのね……」
「おいら、自分の親の記憶はないけどさ。
 子供は親を選んで生まれて来る訳じゃないだろ?
 ジョーだってそんなに罪の意識に悩まされる事はないのに……」
「甚平、その言葉をジョーが意識を取り戻したら、そのまま言って上げなさい」
ジュンが優しく彼の肩を抱いた。
「そうだな。甚平の言葉が一番効くかもしれない」
「ジョーは甚平を可愛がっとるからのう。
 おら達の言葉より、聞くかもしれねぇの」
そこに南部博士が現われた。
医療用のケースを肩からぶら下げていた。
「博士……」
「輸血パックが不足していると連絡を受けてな」
「それなら俺達の血液でも良かったのに……」
「君達にはいつ任務があるか解らん。
 それにジョーと血液型が合うのは、甚平1人だ」
「だったらおいらからも血を取って下さい」
「甚平は子供だ。まだ輸血をするのには身体が成熟していない」
事前に連絡してあったのか、手術室から看護師長が出て来た。
「南部博士、恐れ入ります」
「容態はどうですか?」
「弾丸の摘出手術が続いています。
 意識不明の重態ですが、心肺停止になり掛けると何かの力が働くのか何度も持ち直しています」
「そうですか……。宜しく頼みます」
南部博士が安堵の溜息をついた。
「諸君、心配するな。ジョーは生きる。
 まだギャラクターを斃すと言う大義を果たしていないからな」
博士はソファーに身を埋(うず)めた。
「輸血をする事で、ジョーの体内の血液は殆どが入れ替わる事になるだろう。
 ギャラクターの血は洗い流されたのだ。
 ジョーがこれ以上その事を負い目に感じる必要はないのだ」
南部が穏やかな声で呟いた。
「ジョーは故郷に冷たい仕打ちをされたが、いつか島に平和が戻ったら、また彼の地を踏む事も出来るだろう」
「そう…ですよね。ジョーの気持ちの整理さえ付けば……」
健は頷いた。

手術室から出て来たジョーの顔色は真っ青だったが、病状は安定したとの事だった。
まだ意識不明が続いていたが、やがてはその強靭な体力で復活を遂げる事だろう。
心配なのは心の傷の方だった。
アランをその手で死なせたと言う事。
故郷に冷たくあしらわれたと言う事。
ジョーには重い事実だった。
健はジョーがそれ程弱い人間だとは思わなかったが、ギャラクターの海底空母の中、燃え盛る火の前で気弱になったジョー、そしてBC島に行く前、海辺で涙を見せたジョーを彼は見ている。
だが、ジョーはあからさまに心配される事を強く嫌うだろう。
健はどうやってジョーに接して行ったら良いのか、南部博士に後で相談してみよう、と思った。
博士は心理学の専門ではないので、明確な答えを出してくれるか解らなかったが……。
ジョーが病室で意識を取り戻した時、健は黙って彼の手を握り締めた。
アランの夢に魘されて目覚めたジョーが不憫だった。
「ジョー、やっと俺達の元に帰って来たな」
健はその一言だけをジョーに告げた。

※この物語は、183◆『震える背中』の続きになっています。




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