『マーズ引き寄せ計画(6)/終章』

ジュンはジョーのマントの下に腕を差し入れ、背中の傷口を圧迫しながら左腕で彼の筋肉質な身体を抱き抱え、右腕で海水を掻いて泳いだ。
障害物を乗り越えながら、流入して来る海水に逆らいながら……。
ジュンには自分1人でも辛い処だったが、自分を守って負傷したジョーを置いて行く事は出来ない。
いくら彼が『俺に構わず逃げろ』と言ったとしても、ジュンには仲間を置いては行けなかった。
自分自身も生命が危うくなる事は解っていた。
疲れても来ていたし、この海底で、バードスタイルがどの位の間水圧に耐えてくれるのかも解らない。
小型酸素ボンベだって海上に出るまで持ってくれるかどうか……。
それでもジュンはひたすら海水を掻き続けた。
どーん!と言う衝撃音がして、ジュンが仕掛けた爆弾の第一波が爆発した。
その爆風に押されて2人は基地内から外へと排出された。
ジュンはぐるぐると回転しながらジョーの身体を離さないようにと必死で両腕で抱きかかえた。
まるで密着して抱き合うような形になってしまったが、この非常時には仕方がなかった。
ジョーも意識を失っているから、この事を記憶している事はないだろう。
漸く敵基地から脱出して回転から解放された後、ジュンは我に返って顔を赤くしながらジョーの厚い胸板から離れた。
丁度のその時、爆発に驚いて海上に浮上しようとしている鯨が横切ったので、咄嗟にその身体に掴まった。
取り敢えずホッと一息つく。
ジョーの身体からはジュンが圧迫していてもまだ出血があるらしく、移動する先の海水を赤く染めて行っている。
ぐったりとした彼が呼吸をしているのか、ジュンは心配だった。
とにかく早く海上に出たい。
鯨が連れて行ってくれるだろう。
鯨は2人を振り払おうともせずに海上を目指していた。
そこに何かが眼の前に現われた。
国連軍の巡視艇だ。
巡視艇は2人を発見し、中から潜水服と足ひれを着け、酸素ボンベを背負った国連軍の兵士が救出に来てくれた。
ジュンはホッと力が抜ける思いがした。
これでジョーも手当てをして貰えるだろう。
巡視艇の中に無事救助されると、兵士がジュンの左腕が血塗れなのを見て驚き、「大丈夫ですか?」と訊ねた。
「私の血ではありません。彼が重傷を負っています」
ジュンはジョーを兵士に預けて、健と連絡を取った。
「健、こっちは任務完了よ。
 国連軍の巡視艇に救助されたわ。
 そちらはどう?」
『良かった。竜が南部博士に連絡しておいてくれたんだ。
 無事に手配が間に合ったようだな。
 こちらも甚平が負傷したが、竜が加わって無事に任務を終えた。
 甚平は左腕に深手を受けたが、意識も戻って無事だ。
 竜が止血の手当てをした処だ』
「健!ジョーが…!……私を庇ってバズーカ砲で撃たれたの…」
ジュンの頬に涙が伝った。
『何だって!?』
「まだ意識がないわ…」
ジョーは通信するジュンの横で、兵士からうつ伏せの状態で顔を右に向け、圧迫止血の処置を受けていた。
彼の周りには先程の2人の兵士がいた。
携帯酸素ボンベは外され、代わりにスプレー型の酸素吸入器を宛がわれていた。
傷口の海水を消毒液で洗い流した為、その痛みでジョーは微かに意識を取り戻し、うつろな瞳を開いた。
「ぐっ…!ジュン……。俺は、おめぇに助けられたのか……」
「何言ってるの?助けられたのは私の方よ。
 傷に触るからもう喋らないで……」
ジュンはジョーの意識が辛うじて戻った事に心から安堵した。
「健、僅かだけどジョーの意識が戻ったわ。
 まだ完全ではないけど、大丈夫だと思う」
『ジュン、ジョーを連れて良くやったな』
健の褒め言葉が、ジュンの心に沁みた。

科学忍者隊はゴッドフェニックスに5人揃った。
ジョーと甚平は変身を解いた状態で毛布を敷いた床の上に、横になっていた。
ジョーは傷口が背中の為、側臥位になって横たわっていた。
また意識を失っている。
国連軍から貰い受けたスプレー式の酸素吸入器をジュンが彼の口に宛がって酸素を供給していた。
ジョーの肩が上下している。
まだ荒いが呼吸をしている証拠だ。
全員が安堵した。
甚平は意識があったので、痛みに顔を顰(しか)めていたが、
「ジョーの兄貴、大丈夫かなぁ?」
と隣で横になっているジョーを心配した。
「甚平。お前も深手なんだぞ。
 いきなり敵の鎖鎌にやられた時には、どれだけ心配したと思っているんだ」
健が諌めるように言った。
「兄貴、面目ない……。おいら、油断してたよ。
 でも、骨はやられてないし、もう出血も止まったからおいらは大丈夫だよ」
「ジョーはマントが無かったら生命を落としていたわね。
 深手だけれど、この程度で済んだのは良かったのかもしれない。
 私に任務を遂行させる為に、私を庇ったのね……」
「それだけじゃないだろう。
 ジョーは仲間の死を見たくないのさ」
健が呟いた。
彼はジョーの本質を知っていたのだ。
「竜から聞いた。
 こいつ、『いざとなったらリーダーを守ってくれ。健は科学忍者隊に必要な人間だ』って言ったそうだな……」
健がしんみりと言った。
「馬鹿な奴だ。科学忍者隊に1人として不必要な人間はいない…。
 こいつはいざとなったら、何としてもジュンだけは助かる方法を考えたに違いない」
健の述懐を聞いて、
「おらもジョーに助けられたしのう……」
竜が鼻をこすった。
そろそろ、カッツェから通告を受けていた時間になっていた。
「健、今、エベレストに向かえばまだカッツェがいるかもしれんのう…」
「だが、2人を欠いた科学忍者隊ではどうにも出来まい。
 それにカッツェの事だ。
 ビーム砲発射基地を破壊された以上、既に逃げ出しているに決まってるさ」
「そうね。とにかく怪我人2人を早く基地に連れて帰りましょう」
南部博士に意見を仰いだが、同意見だったので、ゴッドフェニックスは三日月基地へと急ぎ帰還する事になった。
ジョーはすぐさま手術室に運ばれて行き、甚平の傷は部分麻酔をして南部博士が自ら縫ってくれた。
7針縫う大怪我だった。
『科学忍者隊の諸君に南部君!』
甚平の治療が終わって司令室にジョー以外が集まった時に、カッツェからの画像が乱れた通信が入った。
『よくも、ギャラクターのマーズ引き寄せ作戦を邪魔してくれたな!
 だが、今に見ていろ。
 このお返しは必ずしてやる』
スクリーンからカッツェの姿が消えた。
「へへ〜ん、カッツェの奴、負け惜しみを言いやがって!」
左腕を三角巾で吊った甚平はもう元気になっている。
南部が注射をしてくれた痛み止めも効いているようだ。
「後はジョーの手術が無事に成功してくれれば…」
南部が呟いた。
「出血が酷かったが、ジュンが身を以って止血をしてくれたお陰で、失血は最低限に抑えられた。
 輸血準備も万端だし、手術はそれ程難しいものではないだろう。
 暫くは痛みがあるだろうが、ジョーは必ず回復してくれる筈だ」
「そうですね。今回は我々にも試練の任務となりました」
「うむ。ギャラクターの脅威はどんどん増すばかりだぞ、健」
「はい…。それを実感しました。
 忍者隊から2人も負傷者を出すとは、俺の力不足です」
「傍にいた甚平の事はともかく、ジョーの事は止むを得なかった事だ。
 また、ジョーもそうするしかなかったのだろう……。
 健、余り自分を責めては行けない」
南部が穏やかな声でいい、健の肩を優しく叩いた。




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