『Hey,Joe!(中編)』

「Hey,Joe!」
いつもジョージはジョーをそう呼んだ。
アメリカ人らしい、とジョーは思っていた。
サーキット仲間の中で、彼をそう呼ぶのはジョージだけだった。
その彼がギャラクターに入ったと言うのはまず間違いのない事だろう。
「ジョージの奴め、馬鹿な事をしたもんだ。
 ギャラクターになんか入ったら脱け出したくても許されねぇ。
 俺の両親と同じように……!」
ジョーはサーキットで買ったカップコーヒーの紙コップを握り潰した。
フランツの気配がした。
「ジョー、おはよう。早いね」
フランツは今のジョーの呟きを聞いていた筈だが、彼はジョーの両親が幼い頃に眼の前で殺されている事を知っている為、その事には触れなかった。
恐らくはギャラクターに暗殺された事も知っているのだろう。
「ジョージの事か…?」
「ああ、ちょっと気になってね」
「首を突っ込むと巻き込まれるぜ」
「それは解っているんだが、あいつは多分ギャラクターに入ったんだと思う。
 やっぱり放っておけねぇ……」
 「ジョージは暴力団と付き合いがあったからな。その可能性はあるだろう」
ジョーは今回南部博士に入った情報の情報源がフランツである事を確信した。
「ジョージの自宅を知らないか?」
「いや。ユートランドにあると言う事しか知らない。
 お前なら受付で教えてくれるだろう」
フランツは親指で後ろ側を指した。
「後で訊いてみよう……」
ジョーが呟いたのを聞いて、フランツは彼が南部博士の指令で動いているのだと察した。
この男は実はISOの情報部員で、ジョーとはお互いに相手の正体を感づいているのだが、それぞれに知らない振りをしていた。
2人とも正体を明かせない立場にある。
「……海藤組と付き合いがあったようだ。
 今回の事に関係しているかもしれないぜ。
 あそこがギャラクターの隊員を斡旋している可能性がある。
 だから、ジョーにはジョージと余り付き合わない方がいい、と言っていたんだ」
フランツはさり気なく情報を教えてくれた。
彼が情報通なのも納得出来る。
「ギャラクターには1度入ったら脱け出せねぇ掟があるらしい。
 馬鹿な奴だ、としか言いようがねぇぜ」
「大方いい話に吊られたんだろうな」
「フランツ、ありがとう。また来る」
ジョーはフランツに別れを告げて、受付へと向かった。

ジョージはアパートを引き払った後だった。
大家によると、荷物は全て二束三文で売り払ったらしい。
「女がいると言っていたが、大家によると女性の影はなかった…。
 一体どうなっているんだ?」
ジョーはG−2号機の中で呟いた。
「海藤組を当たってみるか…」
南部博士に報告を済ませ、アクセルを踏んでスタートした。
その時、ジョーは違和感を感じた。
デブルスターが彼を凝視している事に気付いたのだ。
ジョージの身辺を洗っている人間を注意深く監視していたようだ。
ジョーの目線に気付いて、デブルスターは慌てたように車を出した。
以前南部博士が襲われた時の、飛行も出来る車だった。
ジョーはそっと、デブルスターの車を尾ける事にした。
気付かれたら飛んで行ってしまうだろう。
公道を走っている時がチャンスだった。
因縁の敵とも言えるデブルスターは、実は彼の両親も殺していた。
当時8歳のジョーはその姿を脳裡に焼き付けていた。
大陸横断超特急の線路で対した相手も、モナリンス王国に現われた相手も、デブルスターだった。
「ギャラクターの女兵士軍団…。
 まさか、ジョージが付き合っている女性と言うのはデブルスター……?」
それなら全ての辻褄が合う。
ジョージは女の為にギャラクターに入ったのだ。
相手がギャラクターから脱け出せない境遇にあるからこそ、自分がその中に飛び込んだ……。
「そう言う事か、ジョージ。
 意外とちゃんとしてるじゃねぇか」
デブルスターの車を追いながら、ジョーはニッと笑った。

ジョーは尾行と言うのは余り性に合わなかったが、ジョージの居所を知る為にも、慎重に走った。
彼は仮にも科学忍者隊だ。
『忍ぶ』事に関してはプロだった。
(さぁて、ギャラクターの基地にご案内してくれるのか、それともジョージと再会させてくれるのか、どっちにしても楽しみだぜ…)
ジョーは内心で呟いた。
デブルスターは彼の尾行に気付かずに走っていた。
やがて、停まったのはあるビルの前だった。
デブルスターがビルに入る時に、出て来たギャラクターの女隊長と擦れ違って二言三言交わしていた。
ジョーは素早く気配を消した。
女隊長は赤いスポーツカーに乗り込んだ。
ジョーは女隊長の車に発信器を仕掛けた。
そして南部博士に連絡を取り、女隊長の方は健達に任せる事にし、自分は素早く音もさせずにビルの中へと潜り込んだ。
デブルスターが入った自動ドアが閉まらない内に、気付かれないようにそっと忍び込む。
自動ドアの真横の階段にすぐさま隠れた。
丁度エレベーターに乗り込んで振り返ったデブルスターの死角にジョーが入った形だった。
エレベーターが何階まで行くのかを確認すると、遥か地下に向かっている様子だ。
ジョーはそれを確かめて、階段を脱兎の如き速さで駆け下り始めた。
女隊長がいたと言う事は、此処は何かしらの前線基地になっているのだろう。
だが、階段をいくら下りても敵兵には巡り逢わなかった。
此処は本格的な基地ではないのかもしれない。
何かの機動的オフィスにでも使っていたのか?
階段を下りても下りてもなかなか終わりまで行き着かなかった。
漸くある階に辿り着いた時には、階段はもう尽きていた。
相当な階数に当たる距離を下りて来た筈だ。
(此処に何か秘密がある……)
ジョーは息も切らしていない。
そっと、足を踏み出した。
女の声が聞こえた。
先程のデブルスターかもしれない。
用心が必要だ。
女だとは言え、優秀なコマンドとして教育されて来ている。
そっと羽根手裏剣を握り締めた。
ジョーが見たものは、ジョージに抱き付いているデブルスターだった。
いや、その仮面を取って素顔になっていた。
(やはりジョージの恋人はデブルスターだったのか……?)
ジョーは自分の勘の良さに愕然とした。
ジョージはこの女性の為に、ギャラクターに身を窶したのだ。
マスクこそしていなかったが、ギャラクターの制服を着せられていた。
だが、不思議な事に椅子に座らされ、鎖で縛り付けられている。
デブルスターはその鎖を解く事もなく、ただ涙を流してジョージに抱き付いていた。
「どうして…?ギャラクターに入って来さえしなければ、こんな事にはならなかったのに…」
「君と一緒にいたかったからさ」
「馬鹿ね。ギャラクターと言う組織を知りもせずにこんな処に入るから、逃げ出し損ねて捕らえられてしまったのよ……」
「エリナ……」
「私に課せられた使命を知っている?
 貴方を殺す事なのよ。
 そんな事、私には出来ない……。
 私のせいなのに、そんな……」
「殺すがいい。エリナ。そうしなければ君が殺される」
ジョーは衝動的に飛び出していた。
「ジョージ!」
「ジョー、どうして此処に?!」
「私を尾けて来たのね?!」
エリナと呼ばれた女は仮面を付け直して、ジョーに攻撃を仕掛けようと身構えた。
「待て!俺が手助けしてやる。2人とも早く此処から脱出しろ」
「無理よ!ギャラクターの子に生まれた者は誰1人として脱け出せない。
 最後までギャラクターとして死ぬのよ!」
「違う!俺がいるっ。
 俺はギャラクターの子だが、両親が暗殺されても生き残った。
 だが俺はギャラクターじゃねぇ。希望を持て!」
ジョーはジョージを拘束している鎖を解きに掛かった。




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