『Hey,Joe!(後編)』

鎖はいくら器用なジョーでも、手で外せるような代物ではなかった。
「ジョージ、少し痛いかもしれねぇが、我慢してくれ!」
ジョーはジョージから離れて、大腿部の隠しポケットからエアガンを取り出した。
キュン!と言う音が3度響いた。
それだけでジョージが自由になるのには、充分だった。
「さあ、早くしろっ!エレベーターは何か仕掛けがあるかもしれねぇ。
 キツイだろうが、階段を駆け上るんだ!」
「でも、この階段は、20階分に相当するのよ!」
「解っている。俺はそれを駆け下りて来たんだからな。
 2人で生きたいのなら、必死で上れ!
 俺が守ってやる!」
ジョーは先頭を切って走り出した。
ジョージはエリナを先に立てて、自分も走り出したが、長い事拘束されていた為に、思い通りに走れなかった。
すぐに遅れが出始めた。
「ジョージ!」
エリナが振り返って、その手を引く。
「ジョージは長い間あそこに収監されていたから、手足が思い通りに動かないのよ」
エリナがジョーに訴えるような眼をして言った。
「仕方がねぇっ」
ジョーは自分よりも重いと見られるジョージの身体を肩に担いだ。
「これではリスクは増えるが、やるしかねぇようだな」
ジョージの身体を抱えながらジョーは羽根手裏剣を唇に、エアガンを右手に、階段を駆け上がり始めた。
下りて来た時とは身軽さが違う。
バードスタイルになる事は出来ない。
ジョーは体力勝負のこの魔の階段に挑んだ。
やがて、階段の上から足音が聞こえて来た。
「どうやら来なすったようだぜ」
ジョーはジョージを下ろした。
「エリナとやら。
 おめぇもデブルスターならジョージを守る事ぐれぇは出来るだろ?」
「やるだけの事はやるわ!」
「ようし、此処は任せろ!」
エレベーターで下に下りた敵兵が階段を下からも迫って来ていた。
「これじゃ挟み撃ちだぜ。エリナ、下を見ていろ!」
と言うや否や、ジョーは跳躍して壁を蹴った。
その反動で敵兵を強い脚力で蹴り倒して行く。
「エリナ、避(よ)けろ!」
ジョーが叫ぶと、エリナはジョージの背中を押して壁際に寄せた。
雪崩れを打って敵兵が落ちて行き、更には上がって来た仲間を巻き込んで行った。
ジョーは次々と羽根手裏剣を放って、敵兵を倒して行く。
エリナは落ちて来るギャラクターを避けるだけで良かった。
ジョーが上から来る敵も下から来る敵も羽根手裏剣とエアガンで仕留めてくれたからだ。
エリナの顔に少し生気が戻った。
これなら逃げられるかもしれない、そう思ったのだ。
エリナはギャラクターの子に生まれたが、脱け出したいとずっと思っていた。
それでも、脱退を申し出ては騙され続け、制裁を受け、脱け出す事を諦めつつあった。
その為、彼女がギャラクターから外の世界に出る時には密かに見張りが着くようになった。
そして、ジョージの存在をギャラクターに知られる事になったのである。
海藤組を通してジョージに手が回されたのはそう言った理由からだった。
その事についてはジョージは勿論、エリナも知る処ではなかった。
しかし、ジョーにはそう言う図式が見えていた。
ギャラクターの汚い手は熟知している。
何よりも彼は知らないが親子2代に渡るあのデブルスターが行なった暗殺行為がジョーの胸に焼き付いていた。
彼はどうしても自分の『知りたい』と言う思いを満たしたくなった。
闘いの手は休めないまま、エリナに訊く。
「エリナ、おめぇも薔薇爆弾を使うのか?」
「えっ?」
「俺の両親がデブルスターに射殺された後、俺はそいつの薔薇爆弾によって重傷を負った。
 そして、南部博士の暗殺未遂の時もその爆弾が使われた」
「ジョー、あなたって一体……?」
「それは訊かねぇでくれ」
ジョーは左手で放つ羽根手裏剣でまた5人を一気に薙ぎ倒した。
エアガンを撃つ手も停まってはいない。
エリナはその手腕と今の話で、何とはなく彼の正体を見破っていた。
何よりジョーが使っている羽根手裏剣が動かぬ証拠だ。
しかし、その事は口にはしなかった。
「あの薔薇爆弾を使うのは、アレンダリア家の系統に違いないわ。
 あの子は科学忍者隊にやられて死んだけど。
 他に薔薇爆弾を使うデブルスターはいない……」
ジョーはあの大陸横断超特急での一件を思い出した。
そして、アランの教会で見た写真があのサーキットで出逢った少女だった事も思い出していた。
「アレンダリア家……」
ジョーは呟きながらその名前を頭の中に叩き込んだ。
アランに少女の名前までは訊かなかった。
あの時は頭が混乱していたのだ。
ジョーは油断の無い眼で、辺りを見回した。
エリナには正体がバレたようだ。
だが、ジョージの前で変身する訳には行かない。
それに周囲にはギャラクターの隊員が山ほどいる。
此処を打開するには、とにかく1階まで出るしかない、と思った。
靴の踵から爆弾をそれぞれ1つずつ取り出すと、ジョーは2人に「伏せろ!」と叫び、羽根手裏剣に取り付けて階段の上下に放った。
時間差で爆発が起きた。
「行くぜ!」
ジョーはジョージをもう1度左肩に担いだ。
倒れている敵兵を避けながら階段を駆け上った。
さすがのジョーも少し息が上がって来た時に漸く1階が見えて来た。
(後少し……)
ジョーは一足飛びに跳躍し、1階へと到達して、ジョージを下ろした。
その直後、「エリナ!」とジョージの叫ぶ声が、背中から聞こえた。
ジョーが振り返るとエリナが敵兵に銃を突きつけられていた。
「ジョージ。私に構わず、逃げて…!」
「そうは行くか、エリナ」
「あなたは私の光。私の分まで生きて!」
「君に逢いたくてギャラクターに入ったのに、そんな……」
ジョージがわなわなと震えた。
ジョーはエアガンの軌道を考えていた。
充分にエリナを取り押さえている敵兵を薙ぎ払えると言う計算が立ったその時、エリナが哀しげな瞳でジョージを見詰めてから胸のペンダントのボタンを押した。
「さようなら、ジョージ……」
次の瞬間、エリナの身体を吹き飛ばし、爆発が起きた。
「エリナ〜っっっ!」
ジョージの絶叫がジョーの耳に残ったが、ジョーはジョージに覆い被さり、伏せさせた。
起き上がったジョージは慟哭した。
ジョーはジョージの鳩尾に気絶する程度のパンチを入れて気を失わせ、再び肩に背負った。
(こんな事ならジョージを下ろすんじゃなかった……。
 俺が油断したせいで……)
ジョーは後悔したが、もう仕方がなかった。
せめてジョージにエリナが爆死する瞬間を見せないで済めばどれだけ良かったか……。
G−2号機までジョージを担いで走り、後部座席に乗せると、彼は急発進した。

全ての報告を南部博士に向けて終えた彼は、女隊長の追跡に失敗した事を知った。
彼が付けた発信器に敵方が気付いて、途中で投げ捨てたらしい。
「くそぅ、ギャラクターめ……」
ジョージを自分のベッドに寝かせておいて、ジョーは呟いた。
彼が目覚めたら、どう話し掛けてやれば良いのか、彼には解らなかった。
(俺は結局2人を救えなかった…。
 ジョージは助かったが、その心はエリナと共に死んでしまったに違いねぇ……)
ジョーはトレーラーハウスのドアを開け払い、羽根手裏剣を『カカカカカカカっ!』と音を立てて、森の木々に放って行った。
その音が、虚しくジョーの気持ちを表わしていた。
部屋に戻ると、ジョーは背もたれのある椅子に後ろ向きに座り、背もたれに両腕を預けるようにして物思いに耽った。
せめて、女隊長を捕らえる事が出来たら、エリナも少しは浮かばれるだろうに……。
ジョーは唇を噛み締めた。
ジョージはそんなジョーの姿を薄目を開けて見ていた。
ジョーは自分達を守ろうと最大限の努力をしてくれたのだ。
感謝こそすれど、恨む理由にはならない…。
ジョージはそう思ったが、『たら・れば』を考えなくはなかった。
エリナと共に自分も散れば良かった。
なぜエリナと共に走らなかったのだ……。
後悔の念がジョージに押し寄せた。
確かに手足に力が入らなかった…。
でも……。
ジョージはもう少し気を失った振りをしようと思った。
その内、今日の疲れからか、ジョーは椅子に掛けたままで居眠りを始めた。
ジョージはそろりと起き上がり、ジョーにそっと毛布を掛けてやると、音も立てずにトレーラーハウスを後にした。

それきり、ジョージはジョーの前に姿を現わさなかった。
サーキットにも顔を出さないし、もしやと思って見に行ったあのアパートにも戻ってはいない。
ジョーはサーキットを一望出来るレストランでエスプレッソを飲みながら思った。
もう、「Hey,Joe!」と彼を呼ぶ声は2度と聞けないのだと言う事を。
エスプレッソを苦く感じたのは、この日が初めてだった。
再びギャラクターへの憎しみと闘志が胸に沸き上がって来るのを、彼は抑え切れなかった。




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