『克服』

だるかった…。
何をするにも気力がなく、億劫だった。
BC島から帰国してからのジョーはそう言った状態が長く続いた。
任務の時だけは人が変わったように働くが、トレーラーハウスのドアを開けた途端に、力が萎えて行くのだ。
(いつまで引き摺っているんだ、コンドルのジョー!)
身体の傷はほぼ癒えた。
だが、時々ツキンと胸が痛む。
身体中の傷跡が疼くように痛む事もある。
癒えた筈の傷だ。
アランを死なせた事だけでなく、故郷が自分に対して冷たかった事が胸に堪(こた)えた。
(あれ程までにギャラクターに牛耳られていたとは……)
ギャラクターは彼の両親ばかりか故郷までを奪っていたのである。
両親が暗殺される夢、故郷での幼い頃の夢、昔上った樹の上で眠っている夢など、様々な夢を見た。
眠りはいつだって浅かった。
ギャラクター憎しの心は益々膨れ上がるばかりだった。
健の復讐心は収まりつつあるようだが、彼の場合はその真逆だった。
「俺は…自分の死と引き換えにする事になっても、ギャラクターを斃さなければ、後の人生は生きた屍だ。
 やってやる。絶対にやってやる!」
だから、彼は後に自分の生命の限界を聞いた時にも、その信念に基づいて行動したのである。
……この処、食欲が落ちていた。
身体が痩せて行くのが解る。
ジョーはそれを筋肉を付ける事で誤魔化そうとしていた。
仲間だけではなく、自分自身もだ。
益々ストイックな世界に入って行く事を仲間達が密かに心配していた。
自分の身体を虐める事で、彼はまだまだ闘える身体を作ろうとした。
だが、食欲は益々落ちて行く一方で、このままでは倒れてしまうだろう、と言うのが南部博士が健達に聞かせた見解だった。
「何故だ?どうしてそこまで自分を追い詰める!?」
今日も訓練室で1人黙々と戦闘訓練をしている自分を見て、健が呟いていたとは、彼は知らない。
それに気付く暇がない程、熱中していたのだ。
疲れは心地好いを通り過ぎて、澱となって溜まっていた。
トレーラーハウスのベッドに横たわる。
(こんな調子では、出動に応じても働けなくなる。
 俺は何とか心の問題を克服しなければならねぇっ!
 自分自身で解決する方法を見つけなければ……)
焦りだけが募る。
(俺はそんなに弱い人間じゃあねぇ筈だ!)
ジョーがベッドから起き上がり、飛ばした羽根手裏剣は折から開けられたドアの外に飛び出した。
健だった。
彼は首尾良く避けた。
「おいおい、相変わらずいい勘だなぁ。
 ちゃんとノックしたんだぜ」
別に健を狙った訳ではない。
ジョーは自分の苛立ちを抑える為にやったのだ。
健は笑いながら何かの袋を持って入って来た。
「テレサ婆さんが辞めてしまったからな。
 甚平に言って食事を作らせた。
 サンドウィッチだ。
 イタメシよりは喉を通るだろうぜ」
「健……」
「食べずに身体だけ痛めつけていたって駄目だぜ。
 それでは筋肉は付かん」
「見ていたのか?」
ジョーはそれに気付かなかった己を悔いた。
「悔いる事はない。お前には今、休養が必要なんだ」
「余計なお世話だぜ。俺は自分の事は自分自身で解決す…!」
健はつかつかとベッドの脇までやって来て、ジョーの腕を掴んだ。
「こんなに細い腕でか?!ブレスレットが回っているじゃないか!」
「……筋肉を付けるにはダイエットをしてからやる必要があるからさ」
ジョーは口から出まかせを言った。
確かにそれは事実だが、彼にはそれ以上痩せる必要がない事は誰から見ても明白だった。
「無理をするな。博士から明日は休暇を取るようにとの命令が出ている。
 日中は甚平が食事を運んで来る。
 お前が碌に食事もせず、眠れていない事を俺達が気づいていないとでも思ったか?
 科学忍者隊のリーダーとしての命令だ。
 明日はサーキットなどには絶対に行くな。
 この場所でゆっくり療養する事!以上」
「解ったよ……」
ジョーは心底疲れたような表情になった。
「自分の心の問題は自分でしか解決出来ねぇ。
 おめぇ達に心配を掛けたのは悪かったが、所詮はそう言う事だ」
「眼に隈が出来ている。とにかくそれを食べたら休め」
健はそう言うと静かに出て行った。
ジョーはフラリとベッドから降りた。
確かに食事も碌にせずに身体を虐めていたので、食欲はなくとも身体はカロリー補給を欲している。
ジョーはシンクで手を洗ってから包みを開け、それを頬張った。
甚平が作ったものなので、上手い筈なのに、味がしない。
砂を噛んでいるようだと思った。
彼の食欲中枢が味覚まで麻痺させていた。
しかし、ジョーはそれを押し込むようにして食べた。
半分しか食べられなかった。
それを片付けずに放置したまま、ジョーはまたベッドに横たわった。
食休みを取ってからシャワーを浴びようと思ったのだ。
シャワーを浴びた後、また食べたいと思えばそれを口にすればいい。
身体のだるさは取れないが、その日の汗は洗い流しておきたかった。
ジョーは疲れた身体に鞭を打ち、支度をしてシャワールームへと向かった。
鏡に写る自分の裸体は筋肉を纏っているものの、確かに痩せていた。
「これじゃあ、健達が不審に思うのも無理はねぇなあ……」
ジョーは思いながら、ボディーソープの泡を流すのと共に自身の心の中に深く眠っている屈託を全て洗い流したかった。
心の暗黒が流れ出して行くのをイメージする。
明日から生まれ変わる自分をイメージする。
そうしながら丁寧に身体を洗い、鍛え上げられた細い身体を真っ白な泡が滑って行った。
この泡を完全に洗い流した時、そこに居る自分は絶対に違っている!
ジョーは強くそう念じた。
自分の問題は自分で克服する。
強い自分だけをイメージした。
自分の信念を貫き通す為にも、彼は強くなくてはならなかった。
やがて頭の先から足の先まで綺麗さっぱり洗い終え、ジョーはバスタオルを手に取った。
水分を拭き取った自分の身体をもう1度鏡で見てみる。
何かが違うように見えた。
要は気の持ちようなのだ、とジョーは思った。
急に空腹を覚えた。
そのままシャワールームから出て、バスタオルをランドリーバスケットに放り込んだ。
テーブルに直行して、服も着ずに甚平のサンドウィッチを手に取る。
1つ頬張ってみる。
先程とは違い、旨い、と思った。
ジョーはシャワーと共に自分の屈託を洗い流す事に成功したようだ。
用意しておいた下着と服を身につけ、きちんとテーブルに着いて残りのサンドウィッチを食べた。
生き返るような気がした。
食べ終えると冷蔵庫からミルクを取り出し、賞味期限を確認してから、グラスに注いだ。
それを飲み干す頃には、ジョーに不敵な笑みが戻っていた。
歯を磨いて、食事がこなれたら寝てみよう。
今夜は何の夢も見ずに眠れそうな、そんな予感がしていた。




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