『悪い予感(1)』

ジョーが南部博士の護衛に就く事は頻回あった。
陸上での移動が殆どだからである。
ジョーが任務で就けない時にはISOの専門職員が就くが、ギャラクターに襲われて犠牲になった事もあり、出来る限りはジョーか健が就くようにしていた。
健は飛行機が専門だが、A級ライセンスは持っていた。
ジョーが拠所ない理由で護衛に就けない時や、健自身が本職のテストパイロットとして南部博士に同行する時などは健が運転する車で移動した。
今日はその数少ない健が運転をする日だったので、ジョーはサーキットに行く予定を立てていたのだが、どうも嫌な予感がしてならない。
ジョーは『スナックジュン』から先に出た健を追い掛けた。
「健。どうしても嫌な予感がするんだ。
 今日の運転はG−2号機で俺が代わろう」
「ジョー、どうした?たまには疲れを癒した方がいいんじゃないのか?」
「別に健が護衛に就く事が不満な訳じゃねぇし、おめぇなら大丈夫だと思っている。
 だが…。何かが起こるような気がしてならねぇ」
健はジョーの言葉を聞いて、眉を顰めた。
「実際、ジョーの勘は良く当たるわよ。
 健、ジョーの言う通りにしたら?」
ジュンがガレージに入って来ていた。
「ジョー、お釣りを忘れたわよ」
「あ、ああ…。わざわざ済まねぇ……」
「確かにジュンの言う通りだな。ジョーが『悪い予感がする』と言った時には碌な事が起こらない」
「言いたくて言ってるんじゃねぇぜ」
「解ってるさ…。行こうぜ、ジョー」
健がガッツポーズをするかのように右腕を上げた。

2人は車とバイクで連れ立って、南部博士の別荘へと向かった。
「そう言う事で、ジョーも来たと言う訳です」
「解った…。今回のテスト飛行は非常に重要な実験だ。
 失敗は許されない。厳重に警戒しておくに越した事はないだろう」
南部博士もジョーが一緒に来た事について咎めるような事はしなかった。
寧ろ、有難い。
ジョーをたまには休ませましょう、と言う忍者隊のメンバーの話に乗っただけだ。
それに、ジョーの勘の良さは子供の頃からだったので、博士も良く知っている。
「俺はどんな実験かは知りませんが、ギャラクターの臭いを嗅ぎ取っているだけですよ」
ジョーは呟くように言った。
要は移動時に狙って来るのか、或いは実験その物を乗っ取る気なのか…いつギャラクターが出て来ても不思議ではありませんよ、と彼は言いたいのである。
「では、予定通り13時半に出発する。頼んだぞ」
博士は忙しそうに司令室を出て行った。
ジョーは窓際に立って物思いに耽った。
「ジョー、万が一の時の為にも、ジュン達をすぐに出動出来るように待機させている」
「相変わらず手回しがいいリーダーさんだ」
健は黙ってニヤリと笑って見せた。
ジョーもニヤリで返した。
リーダーとサブリーダーは最近大分阿吽の呼吸になって来た。
健が父親を亡くしてからだ。
同じ立場に身を置いてからだろう。
健はかなり長い間荒れたが、その間復讐に燃えている筈のジョーは落ち着いていた。
片方が暴走をすれば、もう片方がそれのストッパーになる。
良いコンビネーションが確立されつつある事に誰もが気付いていた。
「さて、ギャラクターが現われるのか、別物が現われるのか、どっちかな?」
「ギャラクターに決まってるぜ。
 政治的な陰謀より、ギャラクターの臭いがプンプンしてるんだ。
 多分移動の時には狙って来ねぇ。
 実験を開始したら大っぴらに狙って来る」
「やけに言い切るじゃないか」
健が眼を丸くしたが、ジョーは自信満々だった。
「来る。……奴らは絶対に、来る」
ジョーの身体にはギャラクターの血が流れている。
その事をおぞましいと思っている彼だが、その血が彼の勘を鋭くしている事には気付いていない。
「上手く説明は出来ねぇがよ。血が騒ぐんだ。
 ギャラクターが動き出すと必ず、な」
健はこのジョーの言葉で前述の件を理解したが、ジョーには言わずに黙っていた。
「多分、早い内にジュン達にも出て来て貰う事になるぜ」
ジョーは確信を持ってそう言った。
「健、くれぐれも気をつけろ。
 折角の本業だがな……」
「解った」
健もジョーの強い目線に応えるしかなかった。

時間通りにG−2号機の後部座席に南部博士と健が乗り込んだ。
ジョーは油断なく、出発させる。
「博士、行き先はISOの宇宙工学研究所でいいんですね?」
「うむ…」
南部は考え事をしているようで、短く答えた。
ジョーは少しずつスピードを上げる。
今の処、周囲に敵兵の気配はない。
健もジョーに吊られてか、警戒を強めていた。
「健、油断は禁物だが、多分奴らが出て来るのはテスト場だろうぜ」
「折角の本職なんだ。お前の勘が外れる事を願いたいものだ……」
健は思わず本音を言った。
「ああ、それならそれに越したこたぁねぇぜ」
ジョーもそれに同意した。
2人は非常に警戒を濃くしていたが、宇宙工学研究所の敷地内に入るまでは問題なく過ぎた。
「健。あの白衣の連中はギャラクターだな。
 下手な変装だぜ」
「ああ、全くだ」
白衣の下にギャラクターの制服のスラックスが覗いていた。
2人は横に並んで立った。
「博士、どうします?」
「知らぬ顔をして通り抜けるのだ。
 とにかくテスト機に逸早く近づく事だ」
「ラジャー」
2人は博士を挟み、左右を歩いた。
ギャラクターの隊員は係員を装って挨拶をして来たので、南部もそれに「ご苦労」と普通に答えて通り過ぎた。
敵兵は背の高い2人の若者の内、どちらがテストパイロットだろうか、と値踏みしている様子だった。
ジョーは舌打ちをした。
「博士、奴ら俺と健を値踏みしてますよ。
 大方どっちがパイロットかって考えてるんでしょうよ」
彼の見解は驚く程当たっていた。
「健、とにかく平常通り準備に入ってくれたまえ。
 ジョーは済まんが私の傍にいてくれ」
「解りました」
健はその場を離れて、テスト準備に取り掛かった。
ジョーは博士の後ろに付いて、広い飛行場へと入って行った。
「これがテスト機だ」
「マントル13号、ですか?」
「マントル計画を推し進めるに当たって、大気汚染を緩和させる為の飛行機だ。
 この実験が成功すれば、量産する事になっている」
「健の任務も責任重大ですね」
「だからこそ、必ず成功させなければならないのだ」
「しかし、既にギャラクターが張っている事は間違いありません。
 実験を決行するのであれば、替え玉の航空機を出した方が良くありませんか?」
「ジョー、実はこのマントル13号は替え玉なのだよ。
 その事はまだ健も知らん」
ジョーは南部博士の手回しの良さに驚いた。
「君の『勘』に私も賭けてみた。
 急いで偽物を手配したのだ」
「そうだったんですか……」
「これから君の出番になりそうだ」
「心して掛かります」
「密かにジュン達も呼んであるので、間もなく到着するだろう」
博士が髭を撫でた。
「ジョーには私の身辺ではなく、ISOの職員を守って貰いたい。
 あそこにいる、黒縁眼鏡の男。
 彼はヴィーヴルと言って、国際科学技術庁の期待の星なのだ。
 ギャラクターは彼の頭脳を欲しがっているに違いない」
「でも、博士は?」
「今回の私はオブザーバーと言う立場だ。
 狙われるとすれば、ヴィーヴルだと思われる」
「解りました。ジュン達が到着次第、博士に付いて貰いましょう」
ジョーはサッと音もさせずに博士の横から姿を消した。




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