『喪失感』

科学忍者隊に最初に入ったのは健とジョーの2人だった。
その2人がG−1号、G−2号となった。
彼らは最初から厳しい訓練を積まされ、闘いに必要な学術も身につけされられた。
ジョーには戦闘術の訓練よりも、学術の方が辛かった。
身体を動かしていれば、何も考えなくてもいいのは、彼が生まれつきのソルジャーだったからだろう。
黙々と訓練したので、2人の技術はどんどん高くなって行った。
他の3人よりも早く、バードスタイルでの飛翔訓練も済ませ、2人は組み手やロボット戦士を相手に様々な闘い方を訓練するようになっていた。
その戦闘能力は伯仲しており、長い間共に訓練を積み、実戦に出るようになった事でお互いの力を認め合い、信頼していた。
安心して背中を任せられる、と思っていたし、どちらかに何か事があれば、的確な判断で残りの仲間を率いてくれるだろう、と信じていた。
それは特にジョーがサブリーダーとして成長してからは顕著に健の心に現われた思いでもあった。
2人が闘いの中で背中合わせになった時には、その守りは磐石だった。
だから、その片方が片方を見捨てる事になった時、健は心から血を流して慟哭していた。
長年のライバル、長年の親友、共に闘って来た大切な友が、その生命を落とす事になる時、傍にいてやる事が出来なかった。
しかし、健は信じていた。
敵基地を破壊して外に出た時、またジョーに再会出来ると。
死んでは行かん!
そう言い残して置いて来たジョーは、その場にはいなかった。
爆風にやられたのか…。
健は唇を噛んだ。
どうしても連れ帰りたかった。
あれだけの傷を受けていれば、手の施しようがなかったと思われるが、せめて自分の腕の中で逝かせたいと思った。
だが、ジョーはもうその場にいなかった。
長い間共に過ごした日々が思い起こされる。
科学忍者隊の誰よりも長く一緒にいたジョーだった。

訓練の時、学術では健が上だったが、ジョーのその膂力と足の速さには少し及ばなかった。
羽根手裏剣は健にも与えられたが、その訓練もジョーの方が進んでいた。
健には自分に与えられたブーメランの方が手にしっくり来ていた。
今、この瞬間に何故そんな事を思い出すのだ?と健は首を大きく頭(かぶり)を振った。
しかし、ジョーとの思い出が次から次へと溢れ出て止まらなくなった。
「ジョーっ!」
健の悲痛な叫びはクロスカラコルムに虚しく響いた。
例えジョーが遺体になっていようとも連れ帰ろうと思っていたのに。
ジュン達3人はただ、離れて健の後ろ姿を見つめていた。
健の感慨は、彼女達より一歩踏み込んでいる。
3人もジョーの事を哀しんではいるが、健には任務の為に自分がジョーを見捨てたと言う負い目もあったし、長い間共に在った友に向けて、ただ慟哭し、土に手を付いた。
ジョーとは互いにお互いを見捨てる事があるかもしれない、と解っていたのに。
逆の立場だったとしても、健を見捨てたジョーは長く苦しんだに違いない。
齢18歳の少年には余りにもキツイ出来事だった。
これから健には苦しみが待っている。
ジョーを見捨てずに済む方法があったのではないか、自分が早く病気に気付いていれば……、と。
健が病気に気付いて南部博士に話したとしても、大人しくベッドに縛られているジョーではなかった筈だ。
仔犬を助けた時にも、無理を押して脱け出して来た彼だ。
自分の生命をベッドの上で朽ちさせるつもりはこれっぽっちもない筈だ。
それが解っていても、何か対処法が無かったのか、と自分を責める健であった。
しかし、ジョーは言うだろう。
『おめぇの判断は正しかったのさ。悔やむ事なんざねぇ…』

南部博士の別荘に戻り、涙を流す健に、南部博士は同じ事を言った。
そして、ジョーは健の判断に満足している筈だ、とも…。
確かに彼自身、『さあ、早く行け』と彼らの背中を押した。
自分を置いて行け、と言っていたのだ。
だから、健の勇断には『それこそが科学忍者隊のリーダーさ』と誇りに思ったに違いない。
健は立場が逆だったら自分もそう思うだろう、と思いつつ、それでもジョーを喪った喪失感に耐えられなかった。
共に闘って来たのは、タートルキング戦よりもずっと前からだったのだから。
こんな形で自分と言う存在を奪って行ったジョーに恨み言を言うつもりはなかったが、何とも虚脱感が拭えなかった。
(俺の心を返してくれよ…。お前の手で)
健は壁に拳を叩きつけて慟哭した。
(もう還らないお前に、何を言っても届かないのだろうか…?)
背中を震わす健を見て、南部博士は黙って部屋を出て行った。
1人にさせてやろう、と考えたのだろう。
2人の付き合いは、長く、そして深かった。
最初から仲が良かった訳ではない。
2人のベクトルが同じ方向に向かったのは、レッドインパルスの死後だろう。
そして海底1万メートルでの任務で2人の仲間意識は強まった。
そんな徒然の事を考えれば考える程、健の心はドクドクと血を流した。
「思えば、お前が持って生まれて来た運命は余りにも残酷過ぎたな…」
出自の事、両親が眼の前で殺された事、そして、病気に苦しんだ事…。
健には溜まらなかった。
「俺は親父が死んだ時、冷静さを欠いてしまったが、そんな時ジョーがしっかりと科学忍者隊を支えてくれた。
 俺とお前はいいコンビだった……」
健はソファーに埋もれるように座り込んで、頭を抱えた。
「どうしてだ?どうして黙って逝った!?
 お前はレーサーになりたかったんじゃなかったのか?
 治療を受ける事は全く考えになかったのか?!」
健は頭を抱えたまま叫んだ。
『治療を受けても俺は助からなかったのさ…』
ジョーの声が脳裡を掠めた。
『俺の事はお前が一番良く解っているだろう?
 ベッドで朽ちて行く自分を許せねぇって事もな…』
その言葉はとても穏やかだった。
『俺はこれで良かったのさ。これが俺の生き方だった、って言ったじゃねぇか?』
「ジョー……」
『俺の事でこれ以上苦しむな。
 治療を受けても俺は死んだ。結果は同じ事さ…』
ジョーの声はそれきり聞こえなくなった。
健は握り拳で涙を拭った。
「こんな時でも、空腹を覚えるんだな…」
健は自嘲的に呟いた。
「俺は生きている。あの闘いの中で生きて還って来れた。
 もしかしたら、ジョーが俺達を救ってくれたのかもしれないな…」
哀しみに沈んでばかりいては行けない、と思った。
健は立ち上がった。
なかなか心の傷は癒えないだろうが、いつまでもくよくよしていては、ジョーがそんな自分を許さないだろう、と思った。




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