『スナックジュンの花瓶』

ジョーはまたレースで優勝を果たして、花束持参で『スナックジュン』を訪れた。
「あ、ジョーの兄貴。また優勝だね」
甚平がクラッカーを鳴らした。
ジョーはその音で半身になって身構えてしまった。
「嫌だわ、ジョー。神経を張り過ぎよ」
ジュンが笑った。
「おめでとう。ジョー。まずはエスプレッソを淹れるわ」
「ああ、頼む」
ジョーは大きな花束を渡した。
「今日のレースは大きな大会だったみたいね。
 花束の規模が違うわ」
「まあな。接戦だったぜ」
「へぇ〜。凄いな〜。おいら店が無かったら観に行きたかったな〜」
「俺にとってレースは遊びじゃねぇ。
 生涯を賭けた仕事であり、夢でもあるのさ」
甚平は良い香りのするカップ&ソーサーを丁寧に両手で持って、カウンターにいるジョーの前に差し出した。
「相変わらず此処の豆はいい香りだ」
「ジョー、少し持って行く?優勝のお祝いに分けてもいいわ。
 自宅でも豆を挽く事があるんでしょう?」
「勿論あるが…いいのかよ?」
「いいわよ。お花のお礼よ」
「あれはただで貰ったもんで、俺のトレーラーには置けねぇもんだから、別に気にすんなよ」
「いいじゃない。お祝いしたいんだから。
 それにジョーはどこかの誰かさんと違って頓珍漢じゃないし、ツケ払いも任務の時以外はしないし」
「そうそう、上客って訳だよ、ジョーの兄貴」
甚平が口を挟んだ。
「お腹が減ってるんだろ?何を作ろうか?」
「そんなに腹は減っていないんだ。サンドウィッチを頼む」
「ラジャー」
「あら、甚平。任務を思い出させるような言い方はしないのよ」
「ごめんごめん。つい…」
「まあ、ジュン。そう固い事を言うなって」
ジョーは小脇に抱えて来た故郷の国の新聞を広げた。
「ジョーの兄貴はスタイリッシュだよな。バイリンガルだしな」
「何を言ってるんだ。已む無くそうなった事だ。
 持ち上げても何も出ねぇぜ」
そんな会話を横目に、ジュンは花束を開き始めた。
「凄いボリュームね〜。花瓶が2つないと入り切らないわ。
 お酒の瓶で代用するしかないわね」
「花瓶が足りねぇのなら、今度俺が買って来てやる。
 サーキットの近くにいい店があるんだ」
ジョーはあちこちのサーキットに出入りしているから、自然とその周辺の店にも詳しい。
「次のレースは来週だ。任務が無かったら買って来てやるぜ」
ジョーは気前がいい。
ジュンにその分の代金を請求しようなどとは思ってもいない。
「だが、おめえ、花の活け方をもう少し練習した方がいいな。
 そこはこうした方が綺麗に見えるぜ」
ジョーが立ち上がり、少しだけ花を動かした。
それだけの事で見違えるようになった。
「あらやだ、ジョーったら美的感覚もなかなかのものね!」
ジュンが眼を丸くしている。
「何もかもがお姉ちゃんとは違い過ぎる、って事さ!」
「あら、甚平ったら!」
ジュンは甚平を叩く真似をした。

次の週、ジョーはまたレースに出場した。
幸いにもギャラクターは現われなかった。
優勝カップと花束を手に、彼は急いでG−2号機に搭乗した。
「何だ、随分急いでいるじゃないか?」
フランツの声がした。
「ちょっと約束があるんでね」
「そうか。優勝おめでとう。今日は圧倒的に強かったな」
フランツが握手を求めて来た。
ジョーは車内から手を差し出して、「ありがとう」と短く答えた。
「ジョーの『約束』がデートならいいんだけどな」
フランツはニヤリと笑うと、後ろ姿を見せて去って行った。
ジョーは車を出して、近くのデパートへと向かった。
地下駐車場にG−2号機を停めると、彼は目的の場所へと向かった。
花瓶や雑貨などの専門店がある階にエレベーターで慣れた感じで上がって行く。
サーっと開いてエレベーターから颯爽と降りると、スタスタと目的の店へと向かった。
バレンタインのプレゼントを貰った時にお返しの為にいろいろな店を歩くから、彼は店内を知り尽くしていた。
「ちぇっ、また改装しやがったか…」
と呟いたが、目的の店は位置を変えていなかった。
ちょっと雰囲気が変わった程度だ。
ジョーは見る向きによってキラキラと彩りが変わる花瓶を手に取った。
活け口が花のように波打ったデザインになっている。
かなり大振りな花瓶で、これなら今日貰った大きな花束も一遍に差し込む事が出来るだろう。
ジュンに対してプレゼント包装をして貰うのはどうかと思ったが、『自宅用』と思われるのも恥ずかしかったので、包装をして貰った。
1週間前に持って行った花束もそろそろ枯れて来ている頃だろう。
丁度いい。
新しい花瓶に活けてやったら、この花束も更に輝きを増す、とジョーは思った。
箱に入れて美しい包装紙に身を包んだ花瓶をジョーは受け取った。

「まあ!とっても素敵♪ジョー、有難う!嬉しいわ」
ジュンは手放しで喜んだ。
ジョーが買って来た大きな花瓶を一目見て気に入ったらしい。
「ジョーってば、センスがいいわね〜」
「早速この花束を飾ってみろ。
 それからこれは切り花を持たす為の栄養剤だ。
 これも買って来てやったぜ」
「ジョーの兄貴ったら気が利くな。
 兄貴にもこの位の気が利けばなぁ」
「トンチキは一生治らねぇんじゃねぇのか?」
甚平とジョーが言い合っている処に、健と竜が入って来た。
「よう。随分賑やかに飾っているじゃないか。
 何かあったのか?」
「いつものようにジョーが優勝して花束を持って来てくれたのよ。
 そして、それが入り切る素敵な花瓶も買って来てくれたわ。
 凄くセンスが良くって、びっくりしていた処よ。
 ジョーが女性にモテる理由がまた1つ解ったわよ」
「ほぉ〜。プレゼントの選び方が上手いって事か?」
「そう言う事ね〜。誰かさんとは全然違うわ」
健は竜と顔を見合わせた。
「どうやら俺の事らしいな」
と小鬢を掻いた。
「甚平、サンドウィッチを作ってくれ」
「おらはカレーライスにナポリタン」
「はいよ〜。だけど竜は相変わらず良く喰うね」
3人は漫才トリオのように、楽しげに話していた。
ジョーとジュンだけ別世界にいるようだった。
「ジョー、素晴らしいわ。花も活きている感じがする。
 どうも有難うね。お代はいくら?」
ジュンは当然ジョーが代金を請求して来るものだと思っていた。
「この前のエスプレッソの豆の代金だと思ってくれればいいさ」
「それじゃあ、あの豆がお花のお礼にならなくなってしまうわ」
「構わねぇさ。
 俺は花束を置く場所がないから、此処に置かせて貰っているだけなんだからよ」
「ありがとう、ジョー。何か食べる?」
「いや、今日はサーキットのレストランで飯を済ませて来た。
 いつものエスプレッソを淹れてくれ」
「じゃあ、せめてその代金ぐらいは奢らせてね」
「ああ…解ったよ」
ジョーはカウンターに収まった。
今日ラウンドガールから受け取った立派な花束が、ジョーが買って来た花瓶に映えて美しかった。
ジョーはそれだけで満足だった。
G−2号機に積んであるトロフィーもやがては南部博士の別荘にまだ残っている彼の部屋に運ばれる事になる。
こうしてジョーが生きて来た刻印は確かに残って行くのである。




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