『狙撃者(2)』

ジョーの容態は決して芳しくなく、やはり医師の診立ても南部博士同様、早急に肺の臓器移植が必要との事だった。
ドナーが現われなければ、このままでは死に至ると言う。
肺の移植は60代の人物からでも非喫煙者であれば可能だった。
ジョーは南部博士のコネもあり、臓器提供者を優先的に回して貰える事になった。
それはジョー自身が望んでいるかどうかは解らなかったが、科学忍者隊として必要されている彼だからこそ優先されるべき、と言う判断からなるものだった。
ジョーは打たれ強い。
このような状態にありながら、やがて意識だけは僅かながらに取り戻した。
医師はジョーが話す事を許さなかった。
言葉を発すれば肺がまた破れ、血を喀くとの事だった。
ジョーの枕元には筆談具が用意され、面会時間は10分と限定された。
彼は無菌室に入れられ、面会者は帽子にマスク、手袋と白衣を身につけて入室が許された。
勿論その前には手指の消毒を義務付けられた。
その部屋はICUの個室と同様の扱いだった。
面会人は1度に1名。
それも3時間以上空ける事、と決められた。
ジョーはそれだけ非常に危険な状態に在ったのだ。
「ジョー……」
健は痛々しい姿を見て言葉も無かった。
蒼褪めた顔で力なく横たわるジョーの口元には酸素吸入器が当てられていた。
それ程の重態だった。
呼吸も苦しげで見ている方まで苦しくなった。
息をしているだけで死んでしまうのではないかと思われる程だった。
ジョーは健に弱々しい眼で筆談具を寄越せ、と伝えた。
さすがに口を利く事は出来なかった。
声すら出す事が出来なかったのだ。
健は黙ってそれをジョーに渡したが、ジョーの腕には力が入らず、それを持つ事すら出来なかった。
健はペンだけをジョーに持たせ、自分がホワイトボードを手にした。
するとジョーは震える文字で、時間を掛けて『RI キケン』と書いた。
意識を喪う前に『レッド…イン…』と言ったのは、やはりレッド・インパルスの事だった。
ジョーは「レッドインパルスが危ない」と言いたかったのだ、と言う事がこれで解った。
彼は何故そう思ったのだろうか?
ジョーは続けて『カラマン 元レーサー スナイパー』とも書いた。
そして『イメリア トバク』とも。
健の頭の中でパーツが組み上がった。
ジョーはイメリア国でレースに関する賭博が行なわれていると言う噂を知っていたのだ。
さすがにレーサーである。
そして、彼は南部博士の傍で護衛をしている事が多かった事から、南部がレッドインパルスの2人を密かにイメリア国に送り込んで、調査をさせていた事に気付いていたに違いなかった。
だから、ジョーは『レッドインパルスが危ない』と直感し、それを南部に伝えようとしたのだ。
カラマンが南部博士を暗殺しようとした事で、敵がレッドインパルスの潜入に気付いていると言う事をジョーは直感したのである。
そして、恐らくはギャラクターが関連していると言う事にも気付いていたのだろう。
彼はそれを南部博士に伝えたかったのだ。
健はジョーに向かって大きく頷き、「お前の言いたい事は良く解った」と答えた。
ジョーは安心したような表情になり、苦しげに深く呼吸をした。
次の瞬間、既にその意識を喪失していた。
健はその手を手袋をした手でそっと握り、静かに無菌室から退出した。
ジョーの容態が予断を許さない状況である事を自覚しながら…。

健はジョーが伝えたかった内容を、そのまま南部博士と仲間達、そしてレッド・インパルスの2人に伝えた。
「そう…。確かにカラマンは元レーサーだ。
 G−2号とも顔見知りだったに違いない。
 3年前、レース中の自損事故で引退したのだ」
正木が告げた。
「そして、殺し屋稼業に身を転じた。
 まさに転落人生を歩んで行ったのだ。
 それが今回の賭博騒ぎに首を突っ込む事になったのは、まさにギャラクターの陰謀が絡んでいる」
「どう言う事かね?」
南部博士が訊いた。
「ギャラクターはイメリア国でレース賭博を行ない、運営資金を得ようと暗躍していた。
 自らは姿を隠し、イメリア国全体の国を挙げての陰謀と言う事にした。
 そうして、自分達は甘い汁を吸っていたのだ」
「成程な…」
南部はやはりそうか、と納得が行ったようだった。
「それだけの事をカラマンが狙撃を実行したと言う事だけで嗅ぎ取るとは、G−2号もなかなかな物だ」
正木が言い、ギャラクターに喉を掻き切られたと言う鬼石も頷いて見せた。
「つまりは我々を動かしている南部博士を脅して内偵を中止させようと、そう言う事ですよ」
正木が言った。
「南部博士。ジョーの体内から摘出された弾丸の解析は済んだのですか?」
健が訊いた。
「うむ。強化ガラスを割る位の強力な弾丸だ。
 あれだけの技術を持つのはギャラクターに違いない。
 それからあれは散弾銃だった」
「散弾銃とは、国際法で使用を禁止されているのではありませんでしたか?」
健が怪訝そうな顔をした。
「その通りだが、ギャラクターにそれが通用すると思うかね?
 ジョーがあれ程までに肺を遣られてしまったのは、そのせいなのだ。
 体内で銃弾が散り散りになってしまった……」
南部は真っ青な顔で頭を抱えた。
「ジョーは私を守る為にあのような眼に遭ったのだ」
「しかし…ジョーが居てくれなかったら、今頃は博士が……」
ジュンが涙を溜めた眼で博士を見た。
どちらを失っても辛い。
気持ちは複雑だった。
「とにかくこうなったら我々科学忍者隊もイメリア国を調査する必要があります。
 ギャラクターの陰謀は潰しておかなければ」
健が強い光をその瞳に宿した。
「ジョーの分までやってやらなければなりません」
「しかし……」
「ジョーは変身していませんでした。バードスタイルなら特殊弾も防げるのではありませんか?」
健が喰い下がった。
「そうです。ジョーの分まで私達が!
 でなければ我慢なりません」
ジュンが珍しく熱くなっていた。
「おいらだって同じだよ」
「おらだって!」
「博士。全員の気持ちは同じです。
 俺達を行かせて下さい。
 イメリア国へ」
健が博士の眼を射た。
その瞳には強い意志が燃え滾っていた。
ジョーをあのような眼に遭わせたギャラクターを決して許せはしなかったのだ。
科学忍者隊全員がその思いで一杯だった。
この任務を無事に終えなければ、ジョーは助からない、そんな思いすらしていた。
だからこそ、必ずやり遂げなければならない、彼らはそう思っていた。




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