『光を乗り越えて』

ジョーはまた激しい眩暈に悩まされていた。
「ただの疲れじゃねぇ。何かが俺を蝕んでいる…」
そう呟いた翌朝だ。
昨夜は部屋中の明かりを消して、カーテンを閉めて過ごした。
狭いトレーラーハウスの中は明かりが無くても難なく過ごせる。
彼は夜目が利く。
シャワーを浴びる時だけ、薄明かりをつけたが、それさえも眩しかった。
それでも丁寧に身体を洗っていたが、途中で酷い眩暈の為に蹲る程、体調は悪かった。
頭が割れそうな頭痛も伴った。
裸のまま冷たいシャワールームに座り込むしかなかった。
座り込んだ状態でも眩暈はなかなか収まらなかった。
(これは明らかに異常だ…)
だが、南部博士には話せなかった。
検査に掛けられ、科学忍者隊の任務から外される事だろう。
病気の進行よりも、それが何よりも怖いジョーだった。
それだけを何よりも恐れるジョーは、体調不良を言い出せなかった。
1度は口にしたが、切羽詰った状況だったので、気にも留められなかった。
今はそれで好都合だったと思っている。
身体が冷え切ってしまった。
ジョーは暫くして無理に立ち上がるとシャワールームの壁に寄り掛かりながら熱い湯を浴び、バスタオルを手に取った。
身体を拭きながらフラフラとベッドに座ろうとして、そのまま仰向けに倒れ込む。
引き締まった肉体が弛緩して、彼は気を失ってしまった。
身体にシーツを纏う余裕も無かった。
長い脚がスラリと伸びてベッドからはみ出していた。
身体中が力を失っていた。
独り暮らしで良かった。
誰にもそのセクシーな姿を見られる事はなかった。
彫刻のように割れた腹筋が、鍛え上げられた大胸筋が、苦しそうに波打っていた。
夜明けになって意識を取り戻した彼だが、自分が何も身に纏っていない事に気付き、ブルッと身体を震わせた。
まだ痛む頭とふら付く身体を押して、服を着込み、床に落ちていたバスタオルを片付けた。
朝日が窓からカーテン越しに差し込んで来るのも、彼には眩しかった。
そのままベッドの上で朝を待った。
だが、眩暈も頭痛も収まる事を知らなかった。

その日は出動がなかった。
ジョーはサーキットに行くのも諦めて、横になっていた。
食欲は無かったので、ただ寝ているだけだった。
だが、睡眠を貪っても症状が改善する事はなかった。
夜中じゅう裸で意識を失っていたにも関わらず、風邪を引いた様子はなかったが、眩暈は益々激しくなり、とても立っていられる状態ではなく、今、スクランブルが掛かったら、また出動出来ないかもしれない。
ジョーには焦りだけが募った。
夕方までウトウトとし続けた。
もしかしたら時折意識を失っていたのかもしれない。
1日中カーテンを閉めたままで過ごした。
それでも光が眩しかった。
「何てこった…。これではまともにG−2号機を運転出来ねぇ…」
ジョーは呟いた。
食欲は相変わらず沸かなかった。
昨夜から全く何も食べていない。
空腹感は多少あったが、動く気力が全く起きない。
だが、このままただ寝ているだけでは、何も改善はしないだろう。
夕方になってジョーはベッドからのそのそと起き上がった。
何かを口に入れなければならない。
だが、冷蔵庫に食材はあっただろうか?
眩暈を堪えながらも冷蔵庫まで歩いて行くと、食べ残しのサンドウィッチがあった。
先日甚平が持って来たものだ。
臭いを嗅いでみるが傷んではいないようだ。
パンは少し固くなっていたが、ジョーはそれを電子レンジで温めた。
レンジが放つ光すら眩しく、彼は眼を背けた。
だが、それでは解決にならない、と思った。
光を恐れていては、任務を遂行出来ない。
ジョーは意を決して、部屋の明かりを点けた。
いきなり許容量を超える光が眼に飛び込んで来て、ジョーは思わずふら付き、床へと倒れ込んでしまった。
「こんな事では駄目だ……」
昨日からの異常を克服する為には、まず光に慣れなくてはならない。
ジョーは荒療治、とばかりにベッドサイドのライトをいきなり、自分の眼の前に持って来て、それを点けた。
眩暈を堪えて、その光点をじっと見詰める。
明日はあの老婦人の元に見舞いに行こうと思っている。
また同じ事を繰り返さないように、自分を虐め抜いた。
彼はどこまでもストイックだった。
やがて光に慣れて来ると、彼はその照明を点滅させた。
それは頭痛を引き起こした。
だが、ジョーはそれを止めなかった。
眼を逸らさずにひたすらそれに耐えた。
眼が慣れて来た頃には全身にぐっしょりと汗を掻いていた。
ジョーは先程温めたサンドウィッチを無理矢理胃に押し込み、シャワーを浴びた。
昨夜とは違って、もう光に過敏反応しなくなっていた。
これがいつまで続くかは解らない。
だが、少しでも長く続いて欲しい。
ジョーは心からそう願った。
ギャラクターを斃すと言う本懐を遂げるまでは、科学忍者隊から外される訳には行かぬのだ。
ジョーは熱いシャワーで汗を流して、ジーンズを履き、また身体をベッドに横たえた。
明日は花でも持って行って上げよう。
あの老婦人も息子に去られて寂しそうだ。
ジョーはそう考えながらベッドサイドの明かりを点けたまま、眠りに就いた。
疲れているのですぐに眠れた。
明日こそ部屋から出よう。
篭っていても仕方がない。
外に足を踏み出して、自分も病いと向き合おう。
共存して自分の中に押し込めてしまおう。
ジョーは改めてそう決意するのであった。




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