『亜硫酸ガスの脅威(後編)』

敵のメカ鉄獣の中に潜入すると、敵兵が皆ガスマスクを着けている事が目視出来た。
「案の定だ。甚平、携帯型酸素ボンベを口に咥えろ。
 いいか、ガスマスクとは違って、鼻から入る呼気を防止出来ねぇ。
 出来る限り、口呼吸だけで乗り切るんだ」
「ラジャー」
ジョーの指示に甚平も酸素ボンベを口にした。
そして、G−2号機のコックピットを開き、2人はヒラリと舞い降りた。
「ジョーの兄貴。尻尾はあっちだぜ」
甚平は酸素ボンベを咥えたままくぐもった声で言った。
「解っている!雑魚は俺に任せろ。おめぇは亜硫酸ガス発生装置を破壊するんだ。
 爆弾の量を誤ると街にまで被害が及ぶぞ」
「うん、大丈夫」
「これ以上はお互いに話をする事を禁じる!いいな?」
甚平はジョーの言葉に黙って頷き、走り始めた。
それを援護するように、敵兵に羽根手裏剣やエアガンで打撃を加えながら、ジョーも甚平のすぐ後を進んで行った。
甚平の前にもわらわらと敵兵が現われた。
甚平はアメリカンクラッカーを無言で投げつけた。
ジョーが大量の羽根手裏剣を投げて敵兵を仕留め、甚平に『行け』、と目顔で合図した。
ジュンと一緒に暮らしているだけあって、甚平は爆弾の処理に長けている。
そう言った事は自分よりも優れているとジョーは思っている。
だからこそ、敵兵の排除は自分が引き受け、甚平に任務を遂行させようとしていたのだ。
ジョーの判断は正しい。
彼が持っている爆弾は爆発の規模の調節が効かないものだ。
甚平のアメリカンクラッカーは調節が可能だ。
そんな事もしっかり考えた上での、この分担だった。
ジョーは長い脚で重いキックを繰り出した。
次の瞬間蒼いマントが舞ったかと思うと、離れた場所で甚平を後ろから襲おうとしていた敵兵の首に腕を絡めて締め付けていた。
ジョーの動きはまさに神出鬼没と言っても良い程で、敵兵も彼の予想も付かない攻撃に翻弄されていた。
ジョーは足技で敵兵を1度に5人薙ぎ倒し、その返す勢いで、更に3人を蹴り倒した。
そして、次の瞬間には羽根手裏剣が宙を舞っていた。
甚平はジョーの援護で順調に進んでいたが、尻尾の方面に近づくに従い、亜硫酸ガスの臭いが強くなって来ていた。
ジョーは倒れている敵兵からガスマスクを奪い取り、甚平に投げた。
甚平はそれを受け取り、すぐさま着用した。
彼には少し大きかったが、何とかなったようで、走り出す甚平を見てジョーはホッと一息ついた。
次は自分のマスクを、と物色していた時に、敵兵の攻撃を受けてしまい、ジョーは反撃に出た。
取り敢えず甚平だけでも助かればいい、と、ジョーは敵兵との戦いに身を窶した。
亜硫酸ガスの濃度が上がって来ている。
酸素ボンベだけでは、そろそろ限界かもしれない。
何とか少しでも甚平を先に行かせて、任務を遂行させる事。
それが自分の役目だとジョーは思った。
亜硫酸ガスは戦争で使われた化学兵器の中で、最も殺傷能力が高いと言われている。
最初に使用された戦争は、『ペロポネソス戦争』でスパルタ軍が使ったと言う。
症状は最初、咳と眼や喉の痛みから始まり、呼吸困難、肺閉塞性の『換気障害』、低酸素症、喘息発作、アナフィラキシーショックを引き起こす。
ジョーは既に眼の痛みを感じ始めていた。
携帯型酸素ボンベのお陰で喉の痛みはまだ出ていないが、少し息苦しさを感じ始めていた。
一刻も早く敵兵のガスマスクを奪い取らなければ、これから更なる症状に苦しめられる事になる。
その事をジョーは知っていた。
科学忍者隊は戦闘訓練だけではなく、そう言った武器・弾薬などについての知識も叩き込まれていたのだ。
だが、甚平を援護するのに、それだけの余裕が無かった。
甚平を無傷で行かせなくてはならない。
その間彼を守るのが自分の役目だ。
バイザーがあっても、眼に沁み込んで来る亜硫酸ガスは防げなかった。
敵のガスマスクは眼まで覆うものだ。
ジョーは段々と力が抜けて行くのを感じていた。
(くそぅ…)
それでも自分を奮い立たせて、彼は闘った。
体力を使わずに済むように、肉弾戦を避け、専らエアガンと羽根手裏剣を使う事にした。
エアガンの三日月型のキットで、敵兵をリズミカルにタタタタタッと倒して行く。
羽根手裏剣は敵の手の甲や腕に当て、その戦闘能力を奪って行った。
その時、尻尾の方角から爆発音が聞こえた。
(やったな、甚平!)
甚平が戻って来る気配を感じた。
ジョーは既に亜硫酸ガスを眼からかなり吸収していた。
身体がゆうらりと揺れたが、甚平の足を引っ張る訳には行かない。
後は脱出して、ゴッドフェニックスから攻撃を仕掛ければいい。
だが、脚に力が入らなくなって、ジョーは膝を着いた。
甚平が辺りを見回して、敵のガスマスクを奪って来て、ジョーの顔に当ててくれた。
「ジョーの兄貴、大丈夫?」
「済まねぇ…」
ガスマスクを着けたので、話が可能になったが、ジョーは既に視界をやられ始めていた。
「甚平。俺を気にする事はねぇ。早く脱出しろ。
 俺に構わずゴッドフェニックスから攻撃するんだ」
「駄目だよ、G−2号機が無くちゃバードミサイルも使えないんだ。
 ジョーの兄貴も戻らなくちゃ駄目だよ!」
「甚平……」
ジョーはゆらりと立ち上がって、走り始めた。

G−2号機は辛くも2人を乗せてメカ鉄獣から脱出した。
竜にオートクリッパーで拾って貰った頃には、ジョーはコックピットに腕の力だけで上がって行くのがやっとだった。
呼吸困難が始まっていた。
「ジョー!大丈夫か?」
「大丈夫さ。眼から亜硫酸ガスが入ったらしいが、後で浄化して点滴でもして貰えば何とかなるだろうぜ。
 酸素ボンベを持って行ったのは正解だった」
「ジョーの兄貴ったら、おいらに任務を遂行させる為に、自分がギャラクターを全部引き受けて、おいらにだけ奴らから剥いだガスマスクを投げたんだ…。
 だから、自分だけこんな事に…」
甚平が涙を浮かべていた。
「大したこたぁねぇ。甚平、気にするな。
 呼吸が困難になっているだけだ。すぐに良くなる。
 眼をやられているんで、残念だがバードミサイルは健に譲るぜ」
ジョーは甚平のヘルメットに手を置いた。
大丈夫だ、と言う合図だ。
「甚平、おめぇの手柄だぜ」
甚平が嬉しそうに顔を上げた。
「健、後は任せた」
ジョーは思いの外元気そうな声を出していたが、突然意識を喪失した。
「よし。ジョー、後は任せろ。ジュンはジョーに酸素マスクを。
 竜、急速旋回!」
「ラジャー!」
ゴッドフェニックスはバードミサイルを撃つ体制に入った。

こうして今回の事件は解決し、ジョーも病院で手当を受けてすぐに元の体調に戻った。
もう深夜になっていたが、ジョーは朝になったら帰宅出来ると聞いて安心するのだった。
レースが午後からで良かった。
これなら参戦出来そうだ。
しかし、亜硫酸ガスによる呼吸困難は正直言って本当に苦しかった。
仲間達にはそうと見せなかったつもりだが、最後に意識を喪ってしまったのは不本意だった。
(まあ、仕方がねぇ。
 レースで優勝して、元気な処をアピールしてやるぜ!)
ジョーは点滴に含まれていた睡眠薬で、やがて深い眠りに就いた。
午後のレースでは、ハラハラする場面もあったが、彼は見事に優勝を勝ち取り、応援に来ていた仲間達から祝福された。
「ジョー、すっかり大丈夫そうだな」
健が嬉しそうな顔をした。
正直な処、まだ体調が優れないのでは、と心配していたのだ。
それは他のメンバーも同様だった。
「当たりめぇさ。体調が悪けりゃ、さすがに俺だって出場をキャンセルするぜ。
 そんなに馬鹿じゃねぇ」
表彰式のアナウンスがあったので、ジョーはそこで仲間達と離れた。
今日と言う日を無事に迎えられて良かった、と科学忍者隊の全員がそう思った。




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