『挙式の日』

クロスカラコルムでの最終決戦から7年が過ぎて、漸くジュンは健と結婚式を挙げる事が出来た。
ジョーが生まれた島の教会で……。
そう、あの事件があった教会が島の人々の力で再建されたのだ。
今はこの島の平和の象徴になっている。
テレサ婆さんからジョーの名前で花束が届くなど、7年も前に亡くなったジョーが洒落た事をしてくれた事が嬉しかった。
初めての2人きりの夜は島一番の高級ホテルで過ごす事になっていた。
これは南部博士からのプレゼントだった。
ジョーが子供の頃襲われたと言う浜辺が見えている。
ジュンは部屋の花瓶にジョーから贈られた花を活けていた。
ジョーはテレサ婆さんにその費用まで送っていたのだ。
花を活けながら、『スナックジュン』に花を持って来てくれた事や花瓶を買って来てくれた事まで思い出して、ジュンはつい涙してしまった。
この晴れの日に泣いては行けないと思いつつも、ジョーの今際の際のあの言葉が無かったら、この日は未だに訪れてはいなかっただろう、と思うと、つい涙をポロリと落としてしまうジュンであった。
健が優しくジュンを後ろから抱き締めた。
「ジュン…。お前がジョーの事をいくら思ったからって、俺は妬いたりしないさ。
 俺も今、あいつへの思いで一杯だ……」
「ジョーが育った島って、本当に風光明媚で美しいのね……」
「夕食まで海岸に出てみるかい?」
「あそこは……。ジョーには辛い場所だから、私はやめておくわ。
 健、行くなら行って来て」
健は23歳になって、益々大人っぽく艶っぽい腰つきになったジュンの腰に手を回した。
「ジュンが嫌だと言うのなら、行かないさ」
「博士も17年前、このホテルにいて、ジョーを見つけたんでしょう?」
「ああ……」
「ジョーったらこんな洒落た事をして、自分の生命が残り少ない時に良くこんな気を回せたわね」
ジュンは改めて花瓶に活けた花束を見つめ、その一輪を愛でるように撫でた。
健はその花を一輪取り出して、ジュンの緑の髪に簪のようにして飾った。
「似合ってるぜ、ジュン……」
健はそのままジュンに軽く口付けした。
「やん、ジョーが観ているような気がして恥ずかしいわ」
「あいつはそんな野暮じゃないよ」
健は笑いながら、ふと涙を零した。
「この場所に、一緒に来て欲しかったな……」
「そうね……。ジョーったらもう子供を2〜3人連れて来ていたかも?」
「あいつ、意外にそう言うのが似合うんだよな」
2人は涙を堪えて笑い合った。
「そんなジョーの姿を見たかったわね」
「本当だ……」
「たら・ればは考えては行けないのでしょうけれど、ジョーが病気にならなければ、って良く考えてしまうわ」
「そうだな…。俺達も辛い思いをしたしな」
「そうそう、ジョーはこんな物も私に遺してくれたのよ」
ジュンは衣装ケースからスケッチブックを取り出した。
「昨日、甚平から渡されたの」
健は黙って受け取ってページを繰った。
「イタリア料理のレシピじゃないか。
 字は汚いが、間違いなくジョーの字だ」
「日本語は母国語じゃないんだもの、これだけ書ければ大したものよ」
「ああ…。あいつ、こんなものまで……」
健の言葉が途切れた。
「ジュン、済まん……」
健は涙を堪え切れなくなった。
ジュンは黙って頷き、健の背中を優しく撫でた。
気持ちは同じだったのだ。
2人して暫くの間さめざめと泣いた。

気を取り直して2人はホテル内にあるプールへと行った。
「プールへ行くと貴方とジョーはいつもご婦人方の視線を集めていたわね」
「そうだったか?それはジュンも同じだったぞ。
 男性の視線は釘付けだった。
 ビキニなんか着ていたからな」
今のジュンはワンピース型の水着だったが、充分に美しかった。
胸の谷間が露出しているだけで健はドキドキした。
「あら?今、華麗に飛び込んだ人、まるでジョーに生き写しだったわ!」
「ジュンだって、他の男の人の事を観てるじゃないか?」
健は少しだけ皮肉を込めて言った。
「貴方はもう私の旦那様なんだもの。私を信用していて。
 でも、いいから、あの人がプールから上がる時を良く見ていて!」
ジュンはその男性を眼で追った。
健も仕方なく同じようにした。
プールサイドから上がった引き締まった肉体。
枯葉のような色の髪。
そして、何より三白眼のブルーグレイの瞳。
「ジョー…」
健は呟かずにはいられなかった。
「似ているでしょう?この島にジョーの血筋の人が残っていたのか…、それとも?」
「心配になってジョーが降りて来たか、だな?」
健は胸の逸りを抑え切れなかった。
あれはジョーなのか、他人の空似なのか?
ジョーが生きているのなら、結婚式に出て来ない筈はない。
やはり後者か、健とジュンの希望が姿となって見えたと思うのが正しいのだろう。
追い掛けようと思ったが、その男性はすぐに姿を消してしまった。
健とジュンは落胆した。
「さあ、ジュン、そろそろ夕食だ」
健がジュンの肩を抱き、諦めて引き上げようと誘った。
その日の夜、2人は初めて男女として結ばれた。
この幸せをくれたのはジョーだと、2人は改めて彼に感謝し、共に1枚のシーツを分け合いながら『彼』から届いた花を見詰めて満ち足りた時間を過ごすのだった。


※このストーリーは、072◆『永過ぎた春を越えて』 の続きに当たる物話となっています。




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