『砂漠の街(8)/終章』

『ヒヤリウム005』の奪還はジュン達と国連軍の手により順調に進んでいた。
ジョーが睨んだ通り、別の地区でもこの作業は行なわれており、大々的に国連軍が配備される事になったが、ジュンと甚平、竜だけでは彼らを守り切れず、殉職者も現われる始末だった。
そこで南部博士はレニック中佐にも応援を依頼し、『国連軍選抜射撃部隊』の出動を要請した。
元々が同じ国連軍内の事、レニックは一も二も無く出動を了承した。
その間にジョーは最大級の採掘場でカッツェが見下ろす中、闘いを始めていた。
国連軍の責任者との奪還方法の折衝を終えた健も間もなく応援に現われる筈だった。
本格的に国連軍が『ヒヤリウム005』の奪回に動き出したので、ジョーは何も気にする事なく、闘いに没頭出来た。
ただ1つ、カッツェの逃走を見逃さないようにする事以外は…。
ジョーは高見の見物をしているカッツェを何とか地上に引き摺り下ろしたかった。
地上20mの場所の岩肌と見せ掛けた壁から突き出した立ち見台にカッツェはいる。
引き摺り下ろすのは、ジョーの跳躍力では簡単な事だったが、今は邪魔が入る。
また飛行空母型メカ鉄獣の中にいたような、バズーカ砲を担いだチーフ級の隊員達がバラバラと出て来た。
(4人…、いや、5人だ…)
ジョーはバラバラの場所から自分の照準を合わせるチーフ隊員達を瞬時に数えた。
中には羽根手裏剣では距離があり過ぎる者もいた。
これらを1度に倒さなければ、自分が撃たれる。
ジョーは計算した。
手前の3人は羽根手裏剣で行ける。
だが向こうの2人はエアガンで倒すより他ない。
同時に5人。
出来るか……?
健が間に合えばこの危機は乗り越えられるのだが。
この採掘場は天井まで30メートルはある巨大なドームとなっている。
天井まで跳躍したら、逆にバズーカ砲の格好の標的となるだろう。
マントで守っても守り切れないに違いない。
しかし、ジョーは焦ってはいなかった。
こんな時こそ冷静にならねばならない。
額から冷や汗が流れた。
羽根手裏剣を3本唇に咥え、エアガンをそっと抜き、先手に出るタイミングを計っていた。
いつ攻撃を仕掛けられても不思議ではない状況に陥っていた。
カッツェがニヤニヤとしながら彼を眺めているのを感じ取ってはいたが、それを見る余裕はさすがに無かった。
ジョーは時間差攻撃に出る事にした。
まず後ろに向け後転し、後方の自分の近くに居る3人に逆さ向きのまま羽根手裏剣を浴びせた。
逆さになって左手でバランスを取りながら羽根手裏剣を立ち続けに浴びせる。
その時、彼の背中は無防備になった。
案の定、離れた場所にいる2人のチーフのバズーカ砲が火を吹いた。
ジョーはそのまま両腕に力を込めて、腕の力だけで飛んだ。
1度交わしておけば、バズーカ砲は連射は出来ない。
ジョーはその事を頭に入れて行動したのだ。
30メートル上の天井の配管に、長い脚で逆さにぶら下がって、彼は自分の遥か下を行き交う2つの砲弾を見ていた。
「とうっ!」
と気合を入れて、床へ降り立つ。
敵のチーフはまだ2人残っているが、バズーカ砲はすぐには使い物にならない筈だ。
ジョーは床へと着地した瞬間にエアガンを発射し、その2人を見事に倒した。
そこに健が到着した。
一連の動きは見ていたようだ。
「ジョー待たせた。だが、俺の助けは要らなかったようだな」
健がニヤリと笑って見せた。
「随分とご立派な闘い振りだった。
 思わず自分の任務を忘れて見惚れそうになったぜ」
「馬鹿野郎、遅いぜ」
ジョーもニヤリと返した。
「作業は順調か?」
「ああ、レニック中佐まで駆り出されて仲間の護衛をしているらしい。
 ジュン達だけでは手が回らなくてな」
「お互いに今回の任務は随分と忙しいこった」
2人は相変わらず余裕だ。
チーフが残したバズーカ砲を拾った隊員が2人を狙っていたが、ジョーは
「多分あいつらには使いこなせねぇから心配するな。
 俺が一撃で倒してやるぜ」
と健に言った。
「まあまあ、ジョー。少しは休んでおけ。俺がやる」
健が前に出た。
「バードランっ!」
彼のブーメランが華麗にバズーカ砲を見事に跳ね飛ばして回った。
回転して健の右手に思い通りに戻って来る。
「健っ!あれを見ろっ!」
ジョーが指を差して叫んだ時には、彼の姿は健の前から消えていた。
ベルク・カッツェが形勢不利と見たのか、上がドリルになっている縦型ロケットで逃げたのだ。
ジョーは咄嗟にエアガンのワイヤーを伸ばし、ロケットの底に貼り付いた。
そのままジョーは宙へと浮いて、地上へと掘り進むロケットと共に穴の中へと姿を消した。
「ジョーっ!」
健が心配そうに見守る中、カッツェのロケットが地上に向かっている為か、基地にも地震のような揺れが起こっていた。
ジョーは歯を喰い縛ってロケットのジェット噴射による熱さに耐えていたが、このジェット噴射の熱で彼のエアガンのワイヤーがついに焼き切られてしまった。
「くそぅっ!カッツェめ!」
ジョーはそのまま頭から転落した。
一瞬意識を喪った。
採掘場まで落ちた時に、彼はマントを使って辛くも無事に着地した。
「ジョー、大丈夫か?」
「ワイヤーがジェット噴射で焼き切られちまった!
 カッツェめ、相変わらず悪運の強い奴だ」
ジョーが悔しがった。
「ジョー、ジュン達からの応援依頼が来ている。
 動けるか?」
「当たりめぇだ」
「採掘場の場所が多過ぎるらしい。
 俺達も分かれて行動しよう。
 此処からは北西45度の地点と東南35度の地点だ」
「ラジャー。俺は北西45度の地点へ行くぜ」
「ジョー、働き尽くめだ。気をつけろよ」
「それはお互い様じゃねぇか」
ジョーは笑って健に返した。

こうして『ヒヤリウム005』は奪還され、国連軍によりギャラクターの地下基地は焼き討ちにされた上、コンクリートを流し込む作業が行なわれた。
地下の地盤をしっかりさせた上で、水路は別ルートを利用して再建される事になった。
街の人々に普通の生活が戻るのはまだ先になりそうだが、国連軍が毎日水の配給に来る事で、何とか人々の生活は支えられた。
「全く、カッツェの奴、ISOの計画に水を差しやがって」
それぞれ帰宅して一夜を過ごし、疲れを癒して基地に集まった科学忍者隊が、それぞれの意見を述べていた。
ジョーが口火を切ったこの言葉は全員の思いを代弁している。
「何とか『ヒヤリウム005』を取り返せて良かったわね」
ジュンもホッとした表情を見せる。
「おいら、今回はホント疲れたよ」
「お主が一番若い癖に何を言っとる?」
「しかし、今回の事は国連軍だけではない。
 ISOの手落ちだ」
健が腕を組んで呟いた。
「ああ、あんなに大規模な基地を地下に造られて気づかないとはISOの手落ちだとしか言えねぇな」
ジョーも同意して、
「後始末を国連軍に押し付けたのはどうかと思うぜ」
と続けた。
「まあ、ISOの出番はこれからなのだろう。
 あの街を元通りにしなければならんのだからな。
 オープニングセレモニーもお預けだ」
「あ〜あ、おいら楽しみにしていたのにな」
「甚平が楽しみなのはご馳走でしょう?」
ジュンが甚平をピシャリと窘めた。
「あら?おらも楽しみにしておったんじゃがのう。
 そんなに悪い事じゃないだろうによ?」
竜が暢気な声を出して、全員が笑った。
そこに南部博士が入って来た。
「諸君、今回の事では苦労を掛けた。
 君達も思っているだろうが、今回の事はISOの手落ちだ。
 アンダーソン長官からお詫びにと君達に食事券を貰ったから、今夜はホテルでゆっくりと食事を楽しむがいい。
 長官の事だ。当然ドレスコードがあるホテルだから気をつけるように。以上」
南部は一番手近にいたジュンにその食事券を渡すと、忙しいのかそのまま踵を返して司令室を出て行った。




inserted by FC2 system