『心のささくれ』

またあの夕陽が見たいと思った。
俺はG−2号機でトレーラーを牽引してまたあの丘へ泊まる事にした。
何だか心に棘が刺さったままなのさ。
俺は今まで何があっても、サラリと受け流して来たのに、今回の事だけは話が別だった。
海底1万メートルでの任務で思い出した事、それからBC島に赴いて起きた事件。
それらが俺の心を押し潰しそうだった。
救われたいと思う時、この場所で夕陽を見る。
誰にも教えない場所だった。
俺にはいくつかの特別な場所があるが、他の場所は仲間達に知られてしまっている。
ああ、でも、此処には1度だけ南部博士を連れて来た事があったな……。
シャワーでは洗い流せない心の澱を、この夕陽を見る事で俺は洗い流して来た。
何でだろう?
BC島から戻って来て、こちらの病院に入院して…。
今日は退院して来たばかりだと言うのに。
早速来て見たこの夕陽が俺の心を動かさないなんて。
俺の心にささくれが出来てしまっている。
薬が必要だと思って此処に来たのに、思ったよりも心の傷は重かったのか…。
憎むべきギャラクターの血がこの身体に流れていると思うだけで、何ともおぞましくて仕方がない。
この身を呪って深夜の病院で眠れない夜を何度も過ごした。
終いには睡眠薬まで飲まされたが、それでも眠れない日々が続いた。
この気持ちを何処にぶつけたらいい?
死んだ両親か?
ギャラクターを裏切ろうとしたと言うのなら、自分達が選んだ道が誤っていると気付いたからなんだろう。
両親を責めて何になる?
この世に生まれ落ちた事を恨んでいて何になる?
このままじゃ俺は前に進めねぇ。
解っちゃいるが、心が立ち止まっている。
無理矢理に心からそんな物は剥ぎ取ってしまえばいい。
思っただけで出来るのなら苦労はしねぇぜ。
俺はこの世の中の不幸を全部背負い込んでしまったような状態になった、あの健のような姿をしているのだろうか?
父親を失ったばかりの健のような……。
跳ね飛ばしてやる。
あいつらに気付かれない内に立ち直ってやる。
俺は弱ぇ男じゃねぇ筈だ。
こんな…事っ……。
何故だか、双眸から涙が出て来て止まらなくなってしまった。
後から後から溢れて来て止まらねぇ。
俺は不幸なんかじゃねぇっ!
重い運命を背負ってしまったかもしれねぇが、これはギャラクターへの復讐心を更に煽り立てる為の俺の試練だ。
試練は乗り越える為にあるんだろ?
俺はやってやるさ。
自分の生い立ちを乗り越えて、ギャラクターを斃す。
それだけが俺に残された道じゃねぇか。
他にする事なんてない。
その事だけを考えて、俺は壮絶に生き抜いてやればいいんだ。
ギャラクターへの憎悪を増幅させればいい。
この美しい夕陽が眼に入らねぇ程、俺は腑抜けになっちまったのか?
こんな事じゃ駄目さ。
見てみろ、刷毛でオレンジ色を刷いたかのような、美しいグラデーションを。
これを見て心が洗われないなんて本当にどうかしている。
俺は急いでG−2号機とトレーラーを切り離した。
そしてG−2号機に飛び乗った。
まだ夕陽が見られるポイントはある。
あの海に行けば、まだ沈む夕陽を眼にする事が出来る筈だ。
この絶景ポイントよりも、遅く夕暮れを迎える場所がある。
そこは昔テレサ婆さんに連れて行かれた場所だ。
そこも俺にとっては特別な場所だった。
今夜は夕陽を追い掛けて回るのもいいかもしれねぇな。
その内心が夕陽と共に溶けて来るに違いねぇ。

俺は朝まで、夕陽の絶景が見られる場所を追い掛けて走り回った。
我を忘れていつまでも夕陽を眺め続けていたかった。
パトロールの任務は昼からだ。
それまでにユートランドに戻る事は充分に可能だった。
俺は心を立て直さなければならない。
一晩ぐれぇ徹夜しようが、どうせ病院でも眠れちゃあいなかったんだ。
何も変わらないさ。
仲間達がどう迎えてくれるのかは解らねぇが、俺は媚びるつもりはねぇ。
堂々と帰って行くまでよ。
今までと同じようにな。
心の傷は消す事が出来なくても隠す事は出来る。
俺はこの夜を通じて、それをマスターするんだ。
俺は誰にも弱みなんか見せたくねぇ。
健には見られちまったが、もうこれ以上は絶対に見せねぇ。
それが俺の男としての美学であり、生き方なんだ。
強い男として生きて行く事に俺のプライドを賭けてぇ。
精神的にも肉体的にも誰にも負けねぇ自分作りをするんだ。
そして、本懐を遂げてやる。
誰にも憐れみを持った眼では見て欲しくねぇ。
その為にも俺は強さだけを周囲に見せながら生きて行かなければならねぇのさ。
虚勢かもしれねぇ。
だが、今はそれでいい。
いつか、本当の強さが全身からオーラとなって現われるようになるだろう。

俺はきっと乗り越える。
自分の出自も、友をこの手で殺した事実も。
今は後悔する事は後に回すぜ、アラン。
死んでから懺悔しても遅くねぇと思っているのさ。
いや、無理矢理に思おうとしているのかもしれねぇ。
でも、悪いが今はそれが俺に必要な事なのさ。
どうせ地獄へ堕ちるんだ。
俺は任務とは言え、多くの生命をこの手に掛けて来たんだからな。
10代で地獄行き決定とは随分早ぇもんだが、俺はその覚悟は出来ている。
結構早く行く事になるかもしれねぇな。
いつだってこの生命、捨てる覚悟は出来ている。
だが、無駄死にはしねぇぜ。
カッツェの寝首を見事に掻いてやるさ。
今に見ていろ。
どうやら心の立て直しが出来つつあるようだ。
そろそろユートランドは朝を迎えているだろう。
あの丘に帰って、数時間でも仮眠を取る事にするか。
俺の夕陽を追い掛ける旅は、今日の処はこれでお終ぇだ。
G−2号機を振り返ると、穏やかに、静かに俺を見守ってくれていた。




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