『記憶と思いの交錯』

いくら寝ても任務の疲れが取れない日々が続いていた。
トレーラーに戻ると食事もせずにやっとの事でシャワーだけ浴びて、ベッドに倒れ込む毎日だった。
ジョーの身体を疲弊させていたのは、彼に巣食う病気のせいだった。
最近、健が彼の異変に気付き始めているようだ。
出動の時には体調の悪さを感づかれないように必死に闘った。
その分、帰宅した後の疲弊振りは人には見せられない状態になっていた。
今の処、おかしいと感じているのは健だけのようだ。
それもまだジョーの症状が此処まで酷いとは思っていないと思われる。
任務から外される事だけを恐れていたジョーは、自分の不調を押し隠す事に必死になっていた。
そんなある日、ある夢を見た。
自分が居るのは故郷の島だとすぐに解った。
疲れ切って眠っていても、夢だけは沢山見た。
夢を見ると言う事は、その眠りは浅いと言う事だ。
だが、その夢の殆どは記憶されていなかった。
その中で、今日の夢だけは何故かくっきりと残っていた。
故郷の島が印象的だったからだろうか。
両親の姿はなく、幼い自分が必死になって『パパとママ』を探している夢だった。
自分の知っている場所を全て走り回った。
その何処にも両親の姿は無かった。
この夢には既視感があった。
(あの時と同じだ…)
ジョーは夢の中で呟いていた。
10年前、両親が暗殺され、自らも重傷を負い、生死を彷徨っている時に見続けた夢なのだ。
「パパとママは俺の眼の前で殺されたんだ。
 探してもいる訳がないっ!」
そう叫んで眼を醒ました時、南部博士が慈悲深い顔をして彼の顔を覗き込んだ。
「気がついたかね?ジョージ…」
「だ…れ?」
「私は南部と言う。
 君が重い怪我を負っていたので、島から連れ出して治療をした。
 もう大丈夫だね」
「パパとママは……死んだんだね?」
ジョージは震える声で呟いた。
南部が彼の手を握り締めた。
「残念だが、私が行った時には手遅れだった。
 君だけが辛うじて息があったのだ。
 このままでは危ないと思い、君を連れ出した。
 君から故郷を奪う事になったが、あそこにいては危険なのだ。
 解ってくれたまえ……」
南部はジョージの故郷の言葉、イタリア語を使って話し掛けてくれた。
「これからはこの国の言葉を勉強して、頑張って生きて行くのだよ、ジョージ。
 それから君は今から『ジョー』と名乗りなさい。
 君は故郷では死んだ事になっている。
 そうしないとまた生命を狙われるからね」
「どう…して?どうしてパパとママは殺されたの?」
「済まないが私にもそれは解らない」
南部はそっとジョーの額に手を当てた。
「まだ熱がある。眠っていなさい」
そう言って真っ白な世界へと消えて行ってしまった。
取り残されたジョーは心持ち無く、知らない部屋で何とも心細い思いをしたものだ。
そんな瞬間にブレスレットが鳴って彼は夢から醒めた。
(何と言う夢だ…)
そう思いながら、ジョーは「こちらG−2号」と応答した。
『ジョー、済まないがバイクが故障して家まで戻れないんだ。
 俺を拾って送って行ってくれないか?
 パトロールに間に合わなくなってしまうからな』
健の声だった。
「一体何処に居やがる?」
『お前がトレーラーを停めているすぐ近くまで来ている』
ジョーは眼を剥いた。
健は彼の様子を見に来たに違いない。
全く油断ならない、と思った。
今の夢を反芻する間もなく、ジョーはベッドから降り立った。
「此処までバイクを引き摺って来れるか?
 今から飯だ」
『ああ、10分程で着ける』
「解ったよ」
ぶっきら棒に答えると、ジョーは冷蔵庫を開けた。
昨夜は何も食べずに寝たので、さすがに何も食べずに任務には出られなかった。
ゼリードリンクを2つ取り出した。
何かを作る気力はないし、食べる気力もない。
こんな物でも腹に入れておけば何とか一時凌ぎにはなるだろう。
(しかし、何だってあんな夢を……。
 この前島に帰ったからか?
 それとも、俺の魂が島に帰る日が近づいているのだろうか……?)
ジョーはミルクを2人分温めながらそんな事を思った。
今朝は幸いにも頭痛や眩暈がなかった。
これから健が来るので、それは有難い事だった。

健は本人が言った通り、10分後に現われた。
その間にTシャツを着て、ゼリーを義務的に喉に流し入れ、ミルクも飲んだ。
さっさと自分の分だけ片付ける。
「そこにあるミルクでも飲んでおけ。
 歯を磨いたら出られるぜ。
 おめぇの家に戻る前に修理屋に寄った方がいいかと思うが…、パトロールの時間に間に合うかどうか微妙だな」
「任務優先だ。バイクは家に戻して、セスナに乗らなければならない」
「それはいいが、何だって任務の前に俺の家なんかに来やがった?
 それをしなければ、問題なく出動出来た筈だぜ」
「そうなんだが…」
健は言葉を濁した。
解っている。俺の様子を見に来たなんて事は……。
ジョーは両拳を握り締めた。
「用事がないのなら、すぐに出るぜ」
「ジョー……」
健は言い出しにくそうにしていた。
「何だ、言いてぇ事があるのならハッキリ言えよ」
「お前…。少し疲れてるんじゃないかと思ってな…」
「そんな事か。
 そりゃあ、誰だって任務の後疲れるこたぁあるぜ。
 誰だってそうだろう?」
「そうだろうか…。お前の疲れは尋常じゃないって気がする」
「とにかく早くG−2号機に乗れ」
ジョーが健を急かした。
G−2号機のルーフにバイクを括りつけた。
健が助手席に座る。
「お前…。博士の護衛兼運転手役がキツイ時はちゃんと言ってくれよな」
ジョーはその言葉を聞いてホッとする思いだった。
健は幸いにも彼にとって都合の良い誤解をしてくれている。
「おめぇはそんな事を言いにわざわざこんな所まで来たのか?
 基地で逢った時に言えばいいのによ」
「いや、何となくお前と2人きりで話したかった。
 最近、ジョーが1人で居る事が多いって、みんな心配している」
「俺がBC島での事件を引き摺っていると思っているんだろ?
 解っている…。
 だが、確かに引き摺ってねぇと言下に否定出来ねぇな。
 俺はよ、強い自分でいてぇんだ。
 だから弱みは見せたくねぇ。
 本当はおめぇにもこんな事は言いたくねぇが、言わねぇと納得しねぇだろうから言っておく」
「ジョー、だから俺は1人で此処に来た」
健はそれだけ言って口を噤んだ。
G−2号機は快適に健の飛行場へと向かって走っていた。
ジョーは先程の夢を思い出していた。
過去の記憶と現在の苦しみ。
自分が犯した罪と、その身体を蝕みつつある何か。
全ての物が彼の中で交錯して、新たな渦を巻いている。
その事だけは、此処にいる健にも知られてはならなかった。
どこまで隠し通せるかは解らない。
そして、彼自身がどこまでこれから進行して行くであろう病気を押さえて行けるのも解らなかった。
遠からず死がやって来ると言う予測をして、覚悟をしなければとは思っていたが、残された時間が余りにも短い事をまだ彼は知らなかった。
その運命の重さは、余りにも残酷なものだった。




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