『不調の波』

ジョーの焦りは募っていた。
体力と気力だけで、身体の不調を押し隠して来たが、この処の病状はどこまで隠し通せるか解らなくなって来ている。
特に健は自分の異常に気付き始めているようだ。
ヘビーコブラの一件で、その件を払拭したように見えた彼だが、その実、体調は確実に悪化していた。
波が少しずつ浸食して来るかのように、彼の肉体の河岸を少しずつ削り取って行っている。
1日過ぎる毎に、その体調は確かに悪くなって行った。
正規の医者に掛かっては、仲間達、特に南部博士に漏れる恐れがある、と彼はそれを避けていた。
自分の本当の病名が解った処で、いざ治療するとなったら、恐らくは長期入院を要する事になるだろうと言う事は解っていた。
ギャラクターに三日月基地を破壊された今、そんな悠長な事は言っていられない、と彼は思った。
それでなくても、怪我による入院で戦線離脱は何度もして来た。
今は総決戦を待つ時期。
そんな事は出来ない。
毎日のように眩暈や頭痛の症状に苦しみながら、過ごして来た。
この処、ギャラクターが大人しい事が却って不気味さを彼に感じさせた。
(奴らは何かを企んでいる……)
決して気を抜いては行けない、と思う。
だからこそ、訓練で自分の身体を苛め抜いて、体力と気力で体調不良を補おうと必死になっていた。
それは決して楽な事ではなかった。
トレーラーハウスに戻っても、すぐにシャワーを浴びる事が出来ない。
一旦ベッドに倒れ込んで、それから徐ろに起き上がって、何とかシャワーで汗を流すのだ。
食事などは二の次だった。
もう自分で食事を用意する気力などとうに失くしていた。
何か出来合いの物を買って来る。
それも全ては口に出来なくて、捨ててしまう事が増えていた。
最近の彼の冷蔵庫の中身は、ゼリー状の栄養補給ドリンクばかりが詰まっていた。
筋肉を保つ為にプロテイン飲料も飲んだ。
だが、身体の不調はどんどんと彼を蝕んで来ている。
それをやり過ごすのには、自分の身体にキツイ訓練を課すだけでは無理になり始めていると言えた。
(もう…カバー出来ねぇ……)
彼の焦りはそこにあった。
以前のような働きは難しい。
眩暈や頭痛を起こしても、出来る限り正確に羽根手裏剣やエアガンを繰り出したいが、それが難しくなり始めている。
眼を閉じていてもそれらの武器を使えるように訓練し続けて来た彼だが、眩暈と頭痛は実戦の中でそれを邪魔するに違いない。
その事は自己訓練の中で良く解った。
そうなると、肉弾戦でこれまでの闘いの勘を利用してやって行くしかないだろう。
だが、そうすると体力を消耗してしまう事は間違いない。
押し寄せる不調の波とどう付き合って行くかが、これからの鍵になる。
彼はそう思った。
不調をカバーする為に此処まで並外れた努力をして来た。
これからもその努力は厭わないが、これ以上身体が悪くなってはいつかどうしようもなくなる日が来る。
肉弾戦になったら、出来るだけ単独行動を取ろう、と思った。
健などと一緒に闘っていては、彼にすぐに異変を気取られるだろう。
彼は心身の苦しみを人に見せるタイプではなかった。
自分の中に強く押し隠してしまう。
人に語ってスッキリするような性格ではなく、押し込める。
自分が憎むべきギャラクターの子だと知った時もそうだった。
仲間達と距離を置く事で、その苦悩を隠し切った。
今も彼は仲間達から離れている。
トレーラーハウスも頻繁に移動させた。
健達が気軽に訪れられないようにする為だった。
甚平などは寂しがっているに違いない。
時々このトレーラーに泊めてやっていた。
だが、今は無理だ。
ギャラクターを斃し、本懐を遂げたら、その時初めて自分の体調不良を南部博士に告白し、治療を受けて、またレースに参加出来ればいい、と考えていた。
しかし、最近の度重なる不調は、それは甘い夢でしかないと言う現実を彼に突きつけていた。
そこまで自分の生命が持たないかもしれないと言う気持ちがどこかに芽生え始めていた。
もしそうなのであれば、こうしてはいられない。
ギャラクターに一矢報いて、自分の生命を無駄には散らせたくないと思った。
出来る事ならこの手でギャラクターを壊滅に追い込みたい。
だからこそ彼は、絶対に任務から外される訳には行かなかったのだ。
モグラタンクの攻撃で脳に負傷した時にも彼は同じ事を言った。
『無駄死にはしたくない』
その思いを更に強くしているジョーだった。
例え死神が今、自分の身を喰い尽くそうとしているとしても、彼は死神に噛り付いてでも、その死を遅らせ、本懐を遂げてやる、と言う強い意志があった。
まさか自分の生命が思ったよりも残り少ないと言う事を、彼がまだ知る由も無かったのだ。
病院に行けば楽になれる事は彼は誰よりも解っていた。
だが、ベッドに寝かされたまま、闘いの場に出る事も出来ずに朽ちるのだけは、自分の『魂』がそれを赦さなかった。
生きて、生きて、生き抜いて、ギャラクターを斃すまでは死ぬ訳には行かないのだ。
彼はその決意を新たにしていた。
生きる為に不調の波に上手く乗ってしまおう、と思った。
サーファーのように大きな波も上手く切り抜ければいい。
(このまま死ぬ事だけは、絶対に自分で自分を許さねぇ!)
そう強く思いながら、ジョーは重い身体を引き摺ってベッドから降り、シャワールームへと向かうのだった。
本懐を遂げる日が、刻々と迫っている事を彼はまだ知らずにいた。




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