『核兵器悪用を阻止せよ!(5)/終章〜クリスマスイヴの夜に』

2人はブーツの踵から爆薬を取り出した。
火薬の量は調節済みだった。
それを同時に天井に向かって投げつけ、床に伏せマントで身を守った。
床に伏せた時、左肩に衝撃を受けたが、ジョーは唸り声も上げなかった。
メインコンピューターが瓦礫となって落ちて来た。
健は爆薬の効果を見届けると「長居は無用だぜ」と言った。
その時、ジュンが自家発電装置を破壊したらしく、室内が暗くなった。
その間に暗闇を利用して、カッツェが逃げ出した。
「くそぅ、カッツェめ。相変わらずな奴だ。
 健、国家首席をどうする?」
「取り敢えずは助けるしかあるまい」
健が答えた時はもう遅かった。
国家首席は銃声と共に、倒れ込んでいた。
夜目が利く2人にはそれが見えた。
自ら拳銃で頭を撃ち抜いたのだ。
「仕方があるまい。ジョー、脱出するぞ。
 行けるか?」
「当たりめぇだぜ」
2人は息を合わせて走り始めた。
出入口であった守衛所から飛び出すと、先に脱出したジュンと甚平が待っていた。
「良かった。2人とも無事で」
「とにかく早く帰ろうよ。
 今夜はクリスマスパーティーだよ」
甚平が言った。
「クリスマス?そうだったか…。
 だが、ジョーはこれから治療を受けなければ…」
健がジョーを振り返った。
「俺の事は気にすんな。どうせ碌に食べねぇんだしよ」
ジョーは自分抜きでパーティーをすればいい、それを気にする事はない、と言下に言ったのだ。

手術後の麻酔から醒めたジョーの病室にケーキや料理を持った仲間達が集まった。
ジョーは失血が多かった為に、術後も輸血が続いていて、ベッドから動けなかった。
甚平は事件の前に七面鳥の下拵えをしており、沢山の詰め物をして丁寧に焼いた。
それを医師の許可を得て、病室に持ち込んだ。
「七面鳥を焼くなんて、甚平は本当のクリスマスの祝い方を解っているな。
 日本人はチキンで済ますが、七面鳥を焼くのが本当なんだ」
「そうなのか?」
健がジョーを見た。
そう言えば、南部博士の処でクリスマスを祝う時は、テレサ婆さんが七面鳥を焼いたものだ。
ジュンが健の為に苦心して作ったケーキを見たジョーは、
「ジュン、味は解らねぇが見栄えはいいじゃねぇか?」
と言った。
「生クリームの飾りつけはおいらが手伝ったからね」
「こら、甚平!」
余計な事は言うな、とばかりにジュンが声を出した。
「へっ、手伝わねぇと言っていた癖に、やっぱり手を出さざるを得なかったか?」
ジョーは笑って、
「ジュン、健にはおめぇが手ずから食べさせてやるんだな。
 健の為に苦労したんだからよ」
「じゃあ、ジョーの兄貴にはおいらが食べさせて上げる」
「生憎、俺の右腕は怪我をしてねぇんでな。
 健とは事情が違うしよ。
 甚平、おめぇ、本当は食べるのが怖ぇんだろ?」
ジョーはニヤリとした。
甚平は図星だったようで、頭を掻いた。
「俺の分は少しでいい。七面鳥も一欠片くれればいい。
 輸血で気分が悪いんだ」
元気な風を装ってはいるが、まだ顔色が戻っていなかった。
ジョーの提案を健は嫌がって、自分でジュンの手から皿とフォークを受け取った。
ジュン手製のケーキを口にした4人が目を白黒させたのは、その直後だった。
ジョーは「ジュン、おめぇ、砂糖と塩を間違えやがったな?」と言った。
それから暫く騒動になった。
ジョーは咳き込み、吸い飲みの水を飲んだ。
傷口が悲鳴を上げ、さすがにのジョーも右手でそこを押さえた。
健達も慌てて、持参したノンアルコールのシャンパンを口にする。
生クリームの甘さとスポンジケーキのしょっぱさのバランスが絶妙に気持ち悪かった。
その騒ぎに看護師が「怪我人の枕元で…」と注意しに来た位だ。
「すみません…」
ジュンがシュンとして謝った。
折角健の為に作ったのに…。
教えた甚平も肩を落とした。
まさか調味料を間違えているとは、彼も七面鳥で忙しく、見逃してしまったのだ。
その時、病室にISOの職員が訪ねて来て、届け物をしてくれた。
それは南部博士からの差し入れだった。
開けてみると高級ケーキが入っていた。
思わずホッとする男性陣だった。
それからケーキと七面鳥が切り分けられ、紙皿に乗せられた。
口直しには丁度良かった。
「ああ…最初からケーキを予約して買えば良かったわ…。
 穴があったら入りたい…」
肩を落とすジュンを見て、ジョーが言った。
「健。ジュンの努力は認めてやれ。
 甚平が1ヶ月以上前からケーキ作りを指導していたんだぜ。
 おめぇの為だけに作ったケーキさ。
 俺達はご相伴に預かっただけだ。
 たかが調味料を間違えただけだろ?
 次は注意して作るだろうから、上手く行くだろうぜ。
 なあ、ジュン…」
正直、ジョーは砂糖と塩の区別は眼で見ても付くだろうと思っていたが、それは言わなかった。
彼はジュンを慰めたつもりだったが、それが悪い方向に行くとは思ってもみなかった。
「俺の為?何で?」
トンチキ振りを発揮したリーダーに、ジョーは益々気分が悪くなって、額に手を当てた。
顔色が紙のように白くなった。
口直しの少しだけのケーキと七面鳥も彼には台無しになった。
「甚平、七面鳥は上手かったぜ。
 もうちょっと食べられれば良かったんだが、済まねぇな」
甚平への気配りも忘れなかった。
「ジョーの兄貴、ありがとう。
 七面鳥はラップをして冷蔵庫に入れておくから、気分が良くなったら看護師さんに出して貰いなよ」
甚平はてきぱきと作業をした。
その事で、ジュンの調味料の間違いを阻止出来なかったと言う負い目を忘れようとしているかのようだった。
ジョーは小声で甚平の耳元に囁いた。
「おめぇまで気にするこたぁねぇぜ」
「うん。ジョーの兄貴、横になった方がいいよ」
甚平がボタンを操作してベッドのリクライニングを元に戻した。
「ジョー、大丈夫か?」
健が心配そうに訊いたが、ジョーは噛み付くような顔をした。
「気分が悪くなったのはおめぇのせいだぜ」
健はその言葉にきょとんとした。
「本当にトンチキだな。ジュンも可哀想なこった」
ジョーはそのままベッドに潜り込んだ。
「おめぇら喰い終わったら帰れ。
 パーティーの最中に悪いが俺は寝るぜ」
ジュンはどうしてこう言うオチになってしまうのかと、溜息をついた。
「ジュン、ぶち壊しにして悪かったな……」
ジョーが小声で呟いたが、ジュンは黙ってジョーに首を振って見せるのだった。
正直な処、輸血のせいか、ジョーは発熱していた。
起きているのが辛かったのだ。
ジュンはそれを察した。
「さあ、みんな静かにある物を食べたら早く病室を出ましょう。
 ジョーは本当に気分が悪いのよ」
そう言うと、ジュンは冷凍庫から氷枕を出して、タオルで包んだ。
ジョーの枕を交換してやる。
「ジュン…。気付いていたのか?」
「解るわよ。貴方とも長いんですもの」
「済まねぇな」
「ジョーが謝る事はないわ。
 ぶち壊しにしたのは、私自身よ。
 来年のバレンタインデーにはきっとリベンジするわ」
「はは…その意気だ」
「貴方の分の博士のケーキも甚平が冷蔵庫に入れてくれたわ。
 明日にでも食べて。
 明日がクリスマスですからね」
ジュンは全員がケーキと七面鳥を食べ終わったのを見計らって、ジョーの邪魔をしないように持って来たゴミ袋にゴミを集めた。
「ジョー、Merry Christmas!
 せめて良い夢を……」
ジュンは静かに囁いた。




inserted by FC2 system