『クリスマスイヴの夜に〜追憶』

※この話は『核兵器悪用を阻止せよ!』シリーズの番外編です。


ジョーは疲れ果てて、いつの間にか眠ってしまった。
その間に仲間達はそっと病室を出て行っていた。
彼はふと、遠くから聴こえる賛美歌に眼を醒ました。
輸血パックはまだ少し残っている。
気分が悪いのは相変わらずだ。
だが、賛美歌が気になっていた。
そう、彼が傷を受けて入院した8歳の時。
クリスマスも病院で迎えたのだ。
両親が居ない初めてのクリスマスだった。
病院では、ナースが賛美歌を歌い、キャンドルサービスをして、病室を回った。
それが今、自分の病室に向かって近づいて来ているのだと、ジョーには解った。
あの時の『痛み』がふと甦った。
思わず涙を零してしまったあの時。
両親はもういないのに。
教会で共に祈りを捧げる事はないのに。
同じ賛美歌を病院で聴いた時、幼いジョーは胸が締め付けられて涙を流したものだ。
その時、キャンドルサービスに入って来たナースに抱き締められたのを思い出した。
あれから10年。
まさかまた病院で賛美歌を聴く事になろうとは思ってもいなかった。
賛美歌が近づいて来て、暗い病室の中にキャンドルの灯かりが点った。
懐かしい感じがした。
ジョーは熱のある潤んだ瞳をそっと見開いた。
あの時の光景が広がっていた。
10年前に還った気がした。
幻想的な世界がそこにあったのは、発熱しているせいかもしれない。
光の中に天使がいるように見えた。
天使は楽しそうに飛んでいた。
ジョーは自分にも羽があるぞ、と思った。
自分の飛び方はちょっと違う。
もっと勢いがあって、いつも獲物を狙っている。
天使はそんな彼にも優しい視線を送っていた。
幻想と追憶が彼の周囲に現われた。
両親と通った教会の記憶。
10年前のキャンドルサービスで涙した記憶。
それらがごっちゃになって、彼の頭の中は錯綜した。
キャンドルが遠ざかって行き、賛美歌も遠くなる。
ジョーは思わず手を伸ばした。
その手を握ったのは、輸血パックを取り替えに来た看護師だった。
ジョーは幻覚を見ていたのか、と自分を恥じた。
「ご気分はどうですか?少し魘されていらしたようです」
看護師は輸血パックを新たな輸液に交換し、そのスピードを腕時計で計った。
そして、氷枕を取り替えてくれた。
「ゆっくりお休み下さい。
 明日の朝にはご気分も良くなられていますよ」
母のような看護師だった。
その声はジョーの心に心地好く響いた。
ジョーはそのまま眠りに就いた。

その頃、帰る途中の健達もまたキャンドルサービスに巡り会い、感動を共にしていた。
初めて見るキャンドルサービスに、甚平は眼を丸くしていた。
「綺麗だな〜。ジョーの兄貴の病室にも行ったんだね」
「ジョーの故郷では当たり前の事だっただろうな」
健が呟いた。
「じゃあ、ジョーには懐かしかったでしょうね」
ジュンの声が少し湿った。
「日本では余り見られない習慣じゃのう」
竜も静かに言った。
「ジョーは眠っていたのだろうか?」
ふと健が遠くなった病室の方向を振り返った。
「夢うつつでもあの賛美歌を聴いていてくれたらいいな」
そう述懐した。
「そうね…」
ジュンも頷いた。
「明日には元気になっていてくれるわ、きっと」
無駄になった失敗作のケーキを持ち直して、ジュンは前を見た。
「任務の為に深手を負ってしまったけれど、そのお陰でジョーは懐かしい物を思い出せたかもしれないわ」
「そうだといいな」
健も頷いた。

ジョーは夢の中で子供の頃に戻っていた。
教会ではアランと一緒に良く悪戯をして、神父から説教を受けた。
それさえもまともには聞いていない子供だった。
だが、左右から両親に手を引かれて、教会に行くのは嫌いではなかった。
綺麗なステンドグラスが印象深かった。
「ジョージ。悪戯ばかりしているとサンタさんはやって来ないぞ」
居間で新聞を読んでいる父親の姿は自分に似ていた。
意識は現在(いま)のままだった。
母親は背中しか見えない。
背中を向けて七面鳥の腹に詰め物をして、下拵えをしていた。
そんな姿を見ているのが好きだった事を思い出す。
「ジョージ、ジョージ」
両親の声が聴こえた。
「パパとママは急にお仕事が入った。
 お利口にして留守番しているんだよ」
ジョーは両親の後姿を追う自分の姿を見ていた。
「パパ!ママ!」
その声が頭の中に反響し、彼は目覚めた。
「夢だったのか……」
ジョーは左肩の痛みに、現実に戻った。
「あの賛美歌がこんな夢を俺に見せたんだな……」
幻想的な賛美歌とキャンドルの光だった。
ジョーは久し振りにクリスマスらしいクリスマスを過ごしたような気分になった。
さっきの看護師は夢ではなく現実だったのだろう。
手を握ってくれたその暖かさが感触として残っていた。
恥ずかしさはもう消えていた。
本来の『ジョージ浅倉』に戻っていた瞬間だったからだろう。
今の『コンドルのジョー』としては屈辱であったかもしれないが、8歳の頃のジョージ浅倉なら平気だった。
しかし、今の自分は飽くまでも『コンドルのジョー』として生きている。
ギャラクターを壊滅させるまでは、本懐を遂げるまでは、奴らを追い詰めるこの手を緩めてなるものか、と決意を新たにした。
朝にはまた元の自分に戻っている。
今夜だけは夢を見ていてもいいだろう。
ジョーはそう思った。
そして、再び瞳を閉じた。




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