『未来図』

クリスマスの飾りが急いで取り払われると、街はニューイヤーを迎える準備に入る。
それ程日がないので、あっと言う間に景色は変わる。
G−2号機を走らせながら、ジョーはそれを敏感に感じ取っていた。
今日は博士をISOから別荘に送り届ける役目をしていた。
「クリスマスは丁度良い休暇になったかね?」
博士が後部座席から訊ねて来た。
「ええ、ギャラクターも出ませんでしたし、サーキット三昧で、イヴの夜には『スナックジュン』でささやかにクリスマスを祝いましたよ」
ジョーは信号待ちでブレーキを踏みながら答えた。
「また昨日のレースに優勝したそうじゃないか」
「お陰様で。このマシンの性能のせいですよ」
「それだけではない。
 ジョー、君の腕はF1レーサーとしても十二分にやって行けるだけの物がある。
 いつか……」
そう言って南部は言葉を濁してしまった。
『いつか』と言うのがいつやって来るのか、明確に答えを出す事が出来ないからだ。
それを強いているのは自分であり、彼の夢を奪っているのだと言う事に、南部は負い目を感じている。
ジョーの復讐心を利用してしまっているのは、間違いなく自分だ。
科学忍者隊は個人の復讐の為にあるのではない、と健に言った事がある。
あの時、ジョーも考え込んでいた様子だったが、彼の復讐心は自分の出自を知った時に、更に燃え上がったに違いない。
そんな彼に明確な未来の話をしていいものか、と一瞬悩んだ。
だが、彼はまだ若い。
ギャラクターを亡き者にした後は、自由に生きるべきなのだ。
南部は意を決して続きを話し始めた。
「ジョー、いつかギャラクターが壊滅したら、レーサーとしての道をまっしぐらに走って行くつもりなのだろう?」
「ええ、その日が来れば全く迷う事なくそうするでしょうね」
「その時は私からレーシングカーをプレゼントしよう。
 実は設計図もほぼ出来上がっているのだ。
 君の二十歳の誕生日には、プレゼントしたいものだな」
「それまでにギャラクターを退治する事が出来ているでしょうか?」
鏡に映るジョーの瞳が暗澹としたのを南部は見た。
珍しい事だ、と彼は思った。
「君が成人するまでにはまだ2年ある。
 その間にギャラクターを斃せなければ、地球は…」
ジョーは博士に皆まで言わせなかった。
「そうですね。地球には時間がない。
 ギャラクターは一刻も早くこの手で斃さなければなりません」
「その時には、私は君のスポンサーになる事を約束しよう」
「スポンサーになりたいと言って来ている企業は沢山あるんですけどね。
 全部断っているんです。
 俺は自分の賞金をコツコツと貯めています。
 それは…自分で自分の最強のチームを作りたいから、なんです」
ジョーはキッと強い瞳でミラー越しに南部を見た。
「俺は…やってやりますよ。
 勝利はこの手で掴む。
 ギャラクターに対しても、レースに関しても…。
 それが俺の生き方なんです」
「どうやら私の思い上がりだったようだね。
 君は私が考えている以上に、自分の将来をきちんと見据えている。
 自分の未来図がしっかり見えているのだ」
「褒められるような事ではないですよ。
 この歳ですから、当然です。
 健だって、自分の夢は思い描いている筈です。
 ジュンも、甚平も、竜も…。
 闘いが終わった後の身の処し方はある程度思い浮かべているでしょう。
 甚平はまだやりたい事を見つけていないかもしれませんが、それはあいつの若さの特権です」
南部が珍しくにっこりと笑った。
「君も充分に若いのだがね」
「甚平にはこれから夢を描く事が出来ると言う特権があると言いたかったんです」
「そうか…」
南部は窓の外を見た。
夕陽が沈み始めていた。
「博士。綺麗でしょう?
 博士のこれまでの人生の中でのんびり観た事がありますか?」
「若い頃にはな」
博士は若い頃の事は余り語った事がなかった。
「健の父親に飛行機に乗せて貰った事がある。
 恐ろしく怖かったがね」
南部は言ってからしまった、と思った。
その怖い事を科学忍者隊に押し付けているのだから。
だが、ジョーは意に介さなかった。
「俺は地上から夕陽が沈むのを見るのが好きです。
 海の上に自分に向かって道が出来ますから。
 でも、ゴッドフェニックスから見る夕陽も美しい…。
 博士に見せたい、と思った事が何度もありますよ」
ミラーの中のジョーが瞳の力をフッと抜いたように見えた。
「健が同じような事を言っていた。
 そして、将来ギャラクターを斃す事が出来たら、私を自分が操縦するテスト機に乗せて、夕陽が美しい場所に連れて行ってくれるのだそうだ」
「へぇ〜。健がそんな事を」
「地上からはジョーがこの前見せてくれた。
 あの夕陽が作る海の道は私は一生忘れないだろう。
 だが、空から健太郎と見た夕陽をその息子と見るのも悪くはないかもしれんな」
「いいですね。そんなに遠くない日にその日が来る事を、俺も願っておきましょう」
数年後に南部へのクリスマスプレゼントとして、健が実現してくれればいい、とジョーは本気で思った。
もうすぐ新しい年が訪れる。
ギャラクターが正月だからと言ってのんびり構えていてくれるとは限らない。
ニューイヤーに浮かれている時ではない、とジョーは心を引き締めた。
そして、自分や仲間達の夢を叶える為にも、来年こそは本懐を遂げてやる、と心に強く誓った。
そうすれば、南部の夢も叶う。
マントル計画は順調に進んで行く事だろう。
地球上の全ての人々も、ギャラクターの影に怯える事なく、平和に暮らして行く事が出来る。
ジョーの望みはそれだけだった。
いつもの海が見える丘で新年を迎えたい。
そして、一晩中海を眺め、ご来光を見る事が出来たら、その一念だけを願おう、とジョーは心に決めた。


※この話は254◆『二十歳の設計図』に続くような話になっています。




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