『マントル計画中止勧告(2)』

「全く今日は大晦日だって言うのになぁ〜」
基地に戻る最中、甚平が嘆いた。
「お正月どころじゃないじゃんか」
「甚平!」
ジュンが窘める。
ジョーが立ち上がって、甚平のヘルメットに手を置いた。
「甚平、地球には時差ってもんがあるぜ。
 ユートランド時間では今大晦日でも、別の地域ではまだ30日だ。
 場所によっては、ご来光も見る事が出来る。
 物は考えようだぜ。
 この暮れに無粋な事をするギャラクターもひでぇもんだがよ」
「海洋科学研究所の人達は年末年始に休暇も取らずに頑張っていて、やられたんだね」
「そうさ。だから、甚平。そんな事を言うもんじゃねぇ」
珍しくジョーが甚平を諭した。
甚平の反応にジュンは満足していた。
(ジョー、有難う)
と目線を送る。
ジョーは黙って頷いた。
「確実に正月を台無しにされる人々がいるんだ」
健が呟いた。
「殺された人々の家族は、遺体がないのに、夫や父親、息子が亡くなったと告げられても納得は出来ねぇ。
 全くひでぇ事をしやがる!」
ジョーも再び怒りの炎を巻き上げた。
「それがギャラクターさ。
 俺達が一刻も早く本部を突き止めて斃さなければ、泣かされる人々は増える一方だ…」
健が前を見据えて言った。
「俺達の任務は重大だな。解っていねぇ訳じゃねぇが、犠牲者が出る度に気付かされる」
ジョーも言った。
「全くその通りね。私達がクリスマスだのお正月だのって言っている場合ではないわね」
クリスマスイヴに負傷したジョーはもう任務に復帰していた。
弾丸が貫通していた事で、回復が早かったのだ。
執刀医師が眼を瞠る程の回復振りで、今朝退院したばかりだった。
『スナックジュン』ではその快気祝いをしようとしていた処だったのだ。
「ジョーの兄貴も1週間で任務復帰とは大したものだね」
「ジョーは殺されても死なんわい」
竜もそう言って笑った。
「図太くなくちゃこんな危険な仕事をやっていられるか?」
ジョーは意に介さなかった。
「潜水するぞい」
竜が合図をして、全員が自分のシートに収まった。

「ううむ。これはジョーが睨んだ通り、此処に何かのデータが隠されていたに違いない。
 恐らくは金庫だろうが、開け方が解らずにそのまま金庫毎持って行ったのだろう。
 部屋の中が荒らされているのはカモフラージュだろうな」
南部が司令室で腕を組んでいた。
「所長室には溶けた人影はありませんでした。
 所長は本当に誘拐されているのかもしれません。
 でも、既に殺されている可能性も…。
 博士、カッツェから来たと言う脅迫テープを見せて下さい」
素顔に戻っている健が言った。
博士は黙ってボタンを押し、スクリーンが下りて来た。
「ベルクカッツェの後ろに縛られた男性がいる。
 彼が海洋科学研究所の所長、カゼランゼ氏だ。
 私も1度逢った事があるが、念の為アンダーソン長官に確認して貰った処、間違いないと言っている」
「しかし、カッツェの変装と言う事も考えられますね」
ジョーが言った。
「だが、見たまえ、ジョー。カッツェはテープに映っているのだぞ」
「カッツェのマスクを他の者に被らせていないと言う確証はこのビデオでは得られません」
健もジョーの肩を持った。
「解った。顔認証システムに掛けて、鼻から顎のラインだけでも、分析してみる事にしよう」
これまでのビデオは南部博士の元に保管されている。
博士は部下の科学者を呼び、それを指示した。
「それから、職員の人々を一瞬にして溶かしてしまった物体だが…。
 ジョーが試験管に取って来てくれたその残骸から、答えが出た」
ジョーは健と相談して、その残骸の一部を掻き取って持ち帰ったのだ。
「硫酸の粒子を凝縮して噴霧したものらしい。
 あの建物が全く破壊されていない事から、ギャラクターの隊員がそう言った装置を持ち込んだのか、或いはごく小さなメカ鉄獣を使用したのか、それは全く解っていない」
「目撃者が全部殺られていますからね」
健も頷いた。
「俺達に出来る事は、次に狙われそうな場所を張り込んでいるしかないのではありませんか?」
健が南部を振り仰いだ。
「次に狙われそうな場所は3箇所ある。
 どう考えても1箇所には絞れなかった。
 君達の戦力を分散する事になるが、分かれて警戒に当たって貰うより他あるまい。
 既にISOの情報部員に張り込ませている」
「その場所は?」
「まずは国際科学技術庁のマントル計画データ室、そして、ゴルジア砂漠にある『ゴルジア砂漠復旧研究所』、死火山ガルビック山の麓にある『ガルビック火山帯研究所』の3箇所だ」
「2、2、1で分かれるしかありませんね。
 俺がISOに行きましょう」
健が言った。
「いや、マントル計画データ室が一番危ない」
南部が言下に健が1人で行く事を否定した。
「ジョー、健と一緒に行ってくれ」
「それでは戦力を分散ではなく、集中する事になります」
健が頑と喰い下がった。
「それだけ危険度が高いと言う事だよ。
 ゴルジア砂漠にはジュンと甚平、ガルビック山には竜に行って貰うが、国連軍を着ける」
「それで…大丈夫でしょうか?」
健はまだ不安そうだった。
先日も危険な任務でジョーが負傷したばかりだ。
リーダーとして科学忍者隊から手負いを出したくはなかった。
「何かあったら連絡し合うしかあるまい。
 それに『当たり』の可能性は、マントル計画データ室が一番高い」
「確率の問題ではありません。
 ギャラクターは同時に来る事も有り得ます」
「健!その時は俺かおめぇが他の場所に応援に駆け付けようぜ」
煮え切らないリーダーを、珍しくジョーが諌めた。

国際科学技術庁の中でも、マントル計画データ室は極秘の場所にあった。
南部はマントル計画室長も兼務しているが、マントル計画室の書棚に隠し扉があり、そこから秘密のエレベーターで降りなければ、データ室には行けない事になっている。
この場所を知っているのは、南部とアンダーソン長官、そして警備を担当するISOの警備員3名がいた。
この警備員は身元を調べ上げた上に、特殊な訓練を施し、指紋認証で決まった時間にしか入れないシステムとなっていた。
そして、データ室の中は24時間カメラで監視されていた。
南部について此処に入った2人だが、ジョーは含み声で健に話し掛けた。
「健よ。怪しむとしたらあの警備員の中にカッツェの変装した人物が紛れ込んでいるかもしれねぇって事だな」
健も同様の意見だった。
「カッツェなら遣りかねないな。
 海洋科学研究所の所長が無事なら良いのだが……」
その時、南部の元に無線連絡が入った。
「何?うむ。解った」
短く無線連絡を終えるのは、盗聴を恐れての事だ。
ギャラクターの事だ。
無線を傍受する事位は訳もない。
「健とジョーの勘が当たった。
 あのカッツェは90%を超える確率で別人の変装らしい」
「俺ではありませんよ、ジョーの勘です」
健が否定した。
「と言う事は、所長の方がカッツェの変装だったと言う事になりますね。
 既に殺されている可能性が……」
「人質を取っていると見せ掛けて、我々にマントル計画の中止を勧告している可能性が出て来たな」
南部が頷いた。
「でも、1度は所長が連れ出された事は間違いありません。
 それは、恐らく金庫の鍵の開け方を訊き出す為でしょう。
 別室で拷問されていて、テープに映せなかったと言う可能性もまだあります」
ジョーが冷静に分析した。
「ジョー、お前が言った事を否定する事になる言葉だが、生きている可能性もあると言いたいのか?」
健が訊いた。
「ああ。良く考え直してみたら、カッツェならそう言った小芝居を仕掛けて来てもおかしくねぇだろ?」
「そう言われれば、どっちの可能性も否定は出来ないな」
「だろ?健、おめぇとどっちだと思う?」
「願わくば生きていて欲しい。それだけだ」
「同感だな…」
南部は黙って2人の遣り取りを聴いていた。
何時の間にか随分と成長したものだ。
世間の18歳よりもずっと大人だろう。
18歳らしい部分も残しつつ、彼らは早く成長せざるを得なかったのだ。
南部は思わず瞳を閉じた。
そう言った事を彼らに強いて来たのは自分なのだと、時折罪の意識に苛まれるのだ。
「さて、来るとしたらどう来るかな?」
ジョーが健と目線を交わした。




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