『マントル計画中止勧告(5)/終章』

ジョーは程なく、人質を担いでいたジュンを見つけた。
「代わろう。2人は早く行け」
ジョーは人質の海洋科学研究所の所長を下ろさせ、自分が軽々と担いだ。
「ジョー、残り時間がないわ」
「解っているさ」
ジョーはもう走り出していた。
「前方の敵は頼む」
「解ったわ。甚平、行くわよ」
「ラジャー」
ジョーは傷が癒えたばかりの左肩に人質を乗せて、少し表情を歪めた。
任務に支障がないとは言え、まだ庇いながら使わなければならなかったのだ。
だが、万が一の時の為に右腕は空けておきたい。
この際、仕方がなかった。
幸い、多少の痛みがあっただけで、耐え切れそうだ。
羽根手裏剣を唇に咥え、エアガンを右手に進んだ。
後方から彼らの脱出を阻止しようと言う殊勝な敵兵が襲って来た。
ジョーは右腕だけで、その敵兵を制した。
「おめぇら、カッツェは既に脱出しているんだぜ。
 
 置いて行かれたのさ。見捨てられたのさ。
 それでも奴の為に闘うか?
 このメカ鉄獣はもう20秒で爆発する。
 自分の身の処し方を考えな」
「ジョー、早く!」
風穴が空いたカマキリの眼が見えていて、その外をゴッドフェニックスが旋回している。
「先に出ろ!」
ジュンと甚平がトップドームへと移った。
ジョーは後方から攻めて来る敵兵に羽根手裏剣をお見舞いし、自らも人質を連れて飛び移った。
その直後にメカ鉄獣が大爆発を起こした。
空中で弾けた硫酸の粒子は、海へと散乱した。
海の生物が犠牲となり、ポカリと浮いて来たのをスクリーン越しに観た竜は、思わず眼を逸らした。

家捜しされていた所長の家には、問題の指輪はなかった。
国連軍によって、ギャラクターの魔の手から家族は守られた。
「こんな事もあろうかと、私の記憶から敢えて指輪の在りかを消しておったのです。
 パソコンの中に、私にしか解らないパスワードを入力すれば、その位置を教えてくれます。
 データは無事です」
所長が疲れ切った様子で言った。
暫くは入院が必要なようだ。
「家族も守ってくれてありがとう」
「いえ、それは国連軍に依頼した事です。
 科学忍者隊は貴方を救う事で手一杯でしたから」
南部が答えた。
既に年は明けて、ユートランドでのご来光も見る事が出来なかったが、帰りのゴッドフェニックスの中で、丁度ご来光が見られる地域を通過したので、彼らは思わず言葉を失った。
「ほら見ろ。甚平。地球には時差があると言ったろ?
 場所によって新年を迎える時間が違うんだ」
「ご来光が見れて良かったよ」
「帰って仮眠を取ったら、ジョーの快気祝いを兼ねて、ニューイヤーパーティーをしましょう」
「ああ、俺は程々にさせて貰う」
「あ?何でだ?ジョー。疲れたのかえ?
 まだ治ってないのと違うかのう?」
「そうじゃねぇ。明日は正月第一弾のレースがあるのさ」
「心配掛けおってからに」
竜が屈託なく笑った。
全員が今度の任務で、塞がり掛けた傷口に悪影響がなかったかと心配していたのだ。
「勝手に心配するなって。でぇ丈夫さ」
ジョーは一笑に付した。
「駄目ならレースに出るなんて無謀なこたぁしねぇよ」
「それもそうだな」
健が明るい声になった。
彼は自分の任務に少し疑問を持ち始めていたが、それが解決した訳ではなかった。
「健…」
ジョーは健の肩に手を置いた。
「確かに俺達の出動はISOや国連軍の尻拭いも多い。
 だが、それだけじゃねぇだろう。
 ギャラクターの魔の手から人々の生命を守る事が出来るのは、俺達しかいねぇ。
 その事をもっと自覚するといいぜ」
ジョーはぶっきら棒に呟いた。
他のメンバーには聴こえないように話していた。
健の弱みを見るのは自分だけで充分だ。
リーダーとして凜としていて欲しい。
その弱みは自分以外には見せては行けない、とジョーは思った。
それがサブリーダーとしての自分の大きな役目だとさえ思っていた。
健の精神面をサポートするのは、自分だ、と言う自負があった。
後にジョーは健のサポートを受ける事にもなるが、この2人はそれで良いのだろう。
バランスを上手く取って、科学忍者隊が前に進めるようにする為に、2人で舵取りをして行くのだ。
ジョーも以前のように健に任せっぱなしのサブリーダーではない。
随分しっかりして来たものだと、遠くから眺めてニッと笑った南部博士であった。
「諸君、ご苦労だった。テレサに行って料理を用意させるから、この後私の別荘へ来たまえ」
「え?」
ジュンが訊いた。
『スナックジュン』でパーティーの用意をしていた最中だったからだ。
「博士、俺達、ジョーの快気祝いの用意をしている時に呼び出しがあったんです。
 それが無駄になりますから、今日の処は俺達でパーティーさせて下さい。
 ジョーの快気祝いとニューイヤーパーティーを兼ねて、『スナックジュン』でやります。
 博士も来られますか?」
健が訊いた。
「いや、私はこれからアンダーソン長官と海洋科学研究所へ視察に行かなければならんのだ。
 私を気遣う必要はない。
 ギャラクターが出て来ない内に楽しみなさい。
 ジュン……」
博士はジュンを呼んだ。
「これで何か豪華なケーキでも買いなさい」
彼がジュンに持たせたのは、1万円札だった。
「博士、ありがとうございます」
「お年玉の代わりだ」
博士が微笑んだ。
「では、解散。諸君はゆっくり休みたまえ」
「ラジャー」
博士は踵を返して忙しなく出て行った。
「博士はお正月も休めなくて大変ね……」
「もう例年の事だろ?」
ジュンに健が答えている。
ジョーは博士の後姿をじっと眼で追った。
「博士のバイタリティーはどこから来ているのか?
 あの年齢で良く続いているものだ、と俺は感心するぜ」
思わず述懐した。
「長い事見ているがな。
 博士が病気で寝込んだのを見た事がねぇ。
 ああ言う学者肌の人は身体が弱そうなイメージなんだがな…」
「博士を律しているのは『気力』だろう。
 その糸が切れない限りは大丈夫さ」
今度は健が心配そうに博士の後姿を見続けているジョーの肩を叩いた。
「そうだな…」
「さあ、ジョーの快気祝いとニューイヤーパーティーよ!
 博士に戴いたお金で豪勢なケーキを買いましょ」
「いいねぇ」
ジョーが健と顔を見合わせて笑った。

ギャラクターの悪事はこうして科学忍者隊の活躍により費えて行った。
新しい年も気持ちを新たに闘う事を誓う5人であった。




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