『テレサからのお年玉』

ジョーは1月2日の新春レースに優勝した帰りに、南部博士をISOに迎えに行き、別荘まで送る事になっていた。
時間を見計らって地下駐車場に入り、待つ。
その足元には優勝トロフィーが置かれている。
「ジョー、待たせたね」
博士はブリーフケースを持って現われた。
「いえ、来たばかりですから」
右側から車内を覗き込んだ博士は、ジョーの足元にある物を目敏く見つけた。
「今日も優勝出来たようだね。
 新春から縁起がいいではないか」
「え?あ、ありがとうございます」
「トロフィーを置きに寄るがいい。
 テレサも逢いたがっていた」
「はい、少しだけ寄らせて貰います」
「昼食ぐらいは食べて行くといい。
 早朝レースで疲れただろう?」
「疲れるような年ではありませんよ」
「まあ、いいではないか。
 テレサを祖母だと思って、孝行してやりなさい」
「解りました。車を出しますよ」

昼食が終わって、ジョーは後片付けを手伝った。
テレサは固辞したが、ジョーは意に介さず、テレサを早く水仕事から解放させてやりたかった。
てきぱきと片付けるジョーを見ながら、テレサは幸せな思いを噛み締めていた。
本当の孫だったら良かったのに……。
国籍・人種なんて関係ない。
本当に小さい頃から可愛がって来たこの少年を、テレサは心から愛していた。
「ジョーさんいらっしゃい」
片付けが終わると、テレサはエプロンからポチ袋を取り出した。
「久し振りに来てくれたから…お年玉よ」
テレサは優しい声でそう囁いてそれをジョーの大きな掌に握らせた。
「俺はお年玉を貰うような年じゃないですよ」
ジョーは頭を掻いた。
「もう自立しているんですから。
 今日だって賞金が入りましたし……」
「あら、貴方はまだ未成年よ。
 お年玉を貰う事を恥ずかしがる年ではないわ」
そのやり取りを通り掛かった南部博士が微笑ましく見ていた。
「ジョー、戴いておきなさい。
 それもテレサに対する孝行だぞ」
と言って、自室へと去ろうとした。
「博士!」
ジョーがそれを呼び止めた。
「テレサ婆さんを少しの間連れ出してもいいですか?
 夕食の支度までには返しますから」
南部は微笑んだ。
「構わない。行っておいで」
そう言うと、何か研究でもあるのか、足早に研究室へと戻って行った。
ジョーはお年玉のお礼にテレサを新しく出来たプラネタリウムへ連れて行くつもりだった。
「テレサ婆さん、お年玉をありがとう。
 これは大切にしておきます。
 お礼にある場所に付き合ってくれませんか?
 最近評判なんです。
 もし、疲れていなかったら、俺とデートして下さい」
「あら、ジョーさんったら、こんなお婆さんにデートだなんて言っては駄目ですよ。
 貴方にはきっと相応しい女性がいるんですから」
「とにかく、外出する支度をして下さい。
 とても素敵な場所ですから」

ジョーが連れて行ったのは最近ユートランドで話題のプラネタリウムだった。
高級なので、チケット代はテレサが渡したお年玉より高い。
テレサがそれを見て、尻込みした。
「ジョーさん、此処は高いわ」
「心配要りません。今日は賞金が…」
「だって、私が上げたお年玉より高いわ」
「そんな事、気にしなくていいんですよ」
ジョーは優しく言って、テレサの小さな肩を抱いた。
「1度来てみたかったんです。
 来るならテレサ婆さんと、って決めてました」
「まあまあ、こんなロマンティックな処、貴方に相応しい女性は沢山いるでしょうに」
テレサは笑った。
「いいえ。一緒に来るのに相応しいのは貴女ですよ」
ジョーはテレサの手を取って、段差で転ばないように足元を注意しながら、中に招じ入れた。
「此処は座席もゆったりしていて、のんびりと美しい星空を眺められるんです。
 サーキット仲間が来たそうですが、とてもリアルだって噂ですよ。
 降るような星が見られるそうです」
ジョーが誘ったのは、パートナー席だった。
2人並んで座れるリクライニング席だ。
「ジョっ、ジョーさん、これは私には恥ずかしいわ。
 貴方だってこんなお婆さんとじゃ恥ずかしいでしょう?」
「いいじゃないですか。別にただ横に座っているだけですよ」
ジョーはテレサの皺くちゃな手を取り、席へと誘って座らせた。
自分はその横に長い脚を上げて乗った。
「リクライニングしますから、楽にしていて下さい」
ジョーはレバーを操作して、リクライニングにした。
人から見たら仲の良い祖母と孫に見えるのだろう。
ジョーは別に人目は気にしていなかった。
件のサーキット仲間が家族を連れて来る可能性もあると思っていたが、今日はレース帰りなので控えたようだ。
誰も知っている者はいない。
暗くなった。
テレサが小さい声で「キャッ」と言った。
お年寄りには急に暗くなると一瞬何も見えなくなる事は良くあるのだ。
「大丈夫。段々慣れて来ます。
 これから上映が始まるんです」
ジョーはテレサの手を大きな手で握り締めて安心させた。
その手は上映が終わるまで離さなかった。
後にテレサにとっては良い思い出となったのである。
このプラネタリウムは空が立体的に見えた。
臨場感に溢れていて、まるで本当の星空を見ているかのようだった。
ジョーには珍しい物ではなかったが、早寝早起きのテレサには新鮮だろう。

終わって灯かりが点いた時、テレサは暫く顔を上げなかった。
急に光が眼に入るのはこの年齢だと辛いのかもしれない、と思って、ジョーはそっとして席を立たずに待っていた。
しかし、テレサが余りにも動かないので眠ってしまったのかとそっと顔を覗き込むと、テレサは泣いていたのである。
ジョーは慌てて白いハンカチを貸した。
「大丈夫ですか?気分でも悪いのですか?」
「いいえ。ジョーさんとこんなに綺麗な物を見られて嬉しくなってしまったのよ。
 泣くなんてお恥ずかしいわ。いいトシのお婆さんなのに……」
ジョーはテレサを抱き締めたくなった。
他の客が全部出た処で、テレサの手を引いて立たせ、ギュッと優しく抱き締めた。
「テレサ婆さんは、俺の一番の『ステディな女友達』ですよ」
ジョーは優しく微笑んだ。
「満足して戴けましたか?綺麗だったでしょう?」
「ええ、ええ。それはもうとっても綺麗だったわ…」
ジョーはテレサをロビーへと誘(いざな)った。
「疲れたでしょう。此処で休んでいて下さい。
 飲み物を買って来ます」
「ジョーさん」
テレサが呼び止めた。
「ありがとう。とっても素敵な時間だったわ」
「俺にとってもですよ。来てくれてありがとう、テレサ婆さん」
「でも、来年はお似合いの素敵な女性を誘いなさいな」
「はは。そう言う人が出来たらそうします」
ジョーは少し照れて、売店へと走った。
そろそろテレサ婆さんを別荘に帰さなければならない。
短い時間の逢瀬だった。
一緒に帰って、厨房を手伝ってやろう、と考えていた。

残念な事に、テレサを別荘まで送り届けた時にブレスレットが鳴った。
テレサを車内に残し、自分だけ降りてテレサに聴こえないように応答する。
「こちらG−2号。どうぞ」
『スカイマーク市にギャラクターのメカ鉄獣が現われた。
 ジョー、今どこにいる?』
「博士の別荘の車寄せです」
『では私を乗せて基地まで行ってくれたまえ。
 全員基地に集合だ』
「ラジャー」
ジョーは答えて、テレサの処に戻ると、優しく彼女の手を取った。
段差を上がってから、
「残念ながら仕事が入りました。今日は此処でお別れです」
と告げた。
「私はジョーさんから充分に幸せを貰いましたよ。
 お年玉を上げるつもりが散財させてしまってごめんなさいね」
「いいえ。このお年玉。何年振りかに貰いました。
 大切にしまっておきます」
「あら、使っていいのよ」
「でも、テレサ婆さんに貰ったものですから」
ジョーはだからこそ、大切に保存しておきたいのだ。
テレサにはその気持ちが伝わった。
南部が慌しく出て来た。
「ジョー、頼むぞ」
「解りました」
テレサはそれを潮に、
「旦那様、お気をつけて。ジョーさんも」
と言って丁寧に頭を下げ、下がった。
「折角の1日だったのに、残念だったな」
「いえ、任務は任務です」
ジョーの答えに満足したかのように南部は眼を閉じ、今持っている情報を元に作戦を練り始めていた。




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