『君の蒼』

時々、ジョーの蒼い翼が見えるような気がして、空を見上げる。
もう見る事は出来ない筈なのに、なぜなのかな?
ジョーが生きていると思い込みたいだけなのは解っている。
あの状況であいつを置いて来てしまった事は仕方がなかったのだが、基地から出た後、また逢えると信じていた。
それなのに、ジョーはその場にいなかった。
俺の心だけ残して。
トップドームに立つ事は余りなくなったが、パトロールの途中、時折出てみる事がある。
1人になりたい時だ。
そこに立つと、隣にジョーの感触を感じるんだ。
『ジョー、行くぜ!』
『おう!』
2人の会話が幻聴のように聴こえて来る。
息の合った2人だった。
時に対立する事はあっても、闘いの中に於いて、2人は同等の力を持ち、お互いにその力を認め合っていた。
ジョーは俺をリーダーとして信頼してくれたし、俺もジョーには安心して背中を任せる事が出来た。
そのジョーがもういないなんて、ゴッドフェニックスの空席を見るだけで、込み上げて来る物がある。
俺にはまだ克服出来ていないみたいだぜ、ジョー。
お前は余りにも強烈で鮮烈な生き方を俺に見せてくれた。
印象が強過ぎて、払拭出来ない。
『これが俺の生き方だったのさ…』
あの時のお前の声は忘れられない。
齢18でこんな言葉を言わなければならなかったジョーの事を思うと胸が痛む。
俺は明日で19だ。
ジョーはもう俺のように年齢を重ねて行く事は出来ない。
永遠の18歳か……。
一緒に年齢を重ねて行きたかったぜ、ジョー。
ずっとそうだと信じていたのに、突然俺達の前から姿を消すだなんて。
お前が俺達から自分自身を奪って行った事を時折恨みにさえ感じる事もある。
お前を置いて行く決断をした俺の心の傷をお前は解っているか?
恐らくは科学忍者隊の中で、一番回復が遅いのは俺だろう。
俺がリーダー命令を出さなければ…、竜にジョーを連れ帰らせていれば、少なくとも行方不明と言う事態はなかった筈だからな。
だが、俺は知っている。
お前は『さあ、行け』と言った。
自分を置いて行け、と言ったんだよな。
お前がとうに覚悟をしていた事が解った。
だから、俺もあの決断が出来たのだと思う。
ジョー、お前は最期の瞬間まで科学忍者隊だった。
俺をリーダーとして正しい方向に導いてくれたんだ。

パトロールを終えて、『ジョーの森』に行ってみた。
甚平が付けたネーミングだ。
俺はその名前を気に入っていた。
ジョーが羽根手裏剣の訓練をしていた、あの自分で工夫した板も未だに木にぶら下がっていた。
トレーラーハウスは博士の別荘の駐車場に引き取られたが、この板はそのままだった。
此処にジョーが息づいていたのだ、とより強く感じる事が出来る。
体調が悪くなってからも、此処で必死にトレーニングしていたのだろう。
あいつはそう言う奴だった。
不調を訓練で自分の能力を引き出す事でカバーしようとした。
さぞかし無理をしていたんだろうな。
今、思えば、『グレープボンバー』戦辺りから体調が悪かったようだが、その頃から自分自身と闘っていたのだろう。
病気の苦しみと死への恐怖と、そして任務から外されると言う強い危機感と……。
ジョーのハンモックが眼に入った。
これも敢えてそのままにしてある。
俺はハンモックに上がって横たわってみた。
ジョーの温もりを感じる事が出来た。
そして……。
見渡す限りの青い空。
ジョーはこの場所でこんな景色を見ていたんだな。
夜は夜で美しい星空が広がったに違いない。
此処で夕陽が落ちて行くのを見ていた事もあったかもしれないな。
コバルトブルーの蒼い空に変わって行くまで、眺めている事もあっただろう。
ジョーの自由気ままな生活は、ギャラクターとの闘いの日々の中で良い癒しになっていたのではないか、と思った。
自然児と言えばオーバーかもしれないが、ジョーはこう言った場所を好んで住まっていたな。
この前、ついぞ教えて貰えなかったジョーの特別な場所にも行ったぜ。
お前、南部博士にだけは教えていたんだな。
あの丘から眺める夕陽と、海に作られる夕陽が反射した一本道が何とも好きだったと言うじゃないか。
お前は故郷へとその道が続くような気がしていたんじゃないのか?
俺にはそんな気がするんだ。
爽やかな青い空が広がっている。
その中を蒼い翼が横切ったような気がした。
俺の希望的観測なのは良く解っている。
遺体がなかったからと言って、ジョーが生きている訳がないと言う事も。
南部博士は医学的に考えて、どう見てもジョーは助からなかったと言う。
街医者からレントゲン写真を転送して貰ったそうだ。
それなのに、あんなに弱り切ったジョーの身体に鉛弾を何十発も撃ち込んだギャラクターが憎い。
あの身体で執念で敵基地から這い出して来たジョーの精神力にも未だに俺は感心している。
基地の中で息絶えていても不思議ではない程の傷だった。
その姿が眼に飛び込んだ時、眼を逸らしたくなった程だ。
俺は弱いのかな?
ジョーのあんな姿を見て、それから置いて行く決意をしたあの時は決して気持ちに揺らぎはなかったのに、今更になって、苦しんでいる。
夢にまで見るんだよ、ジョー。
あの日の事を……。
弱い俺を嗤ってくれ。
ジョーの強さが羨ましいよ。

あ…。この風。
ジョーの匂いがする。
ジョーの温もりが感じられる。
ジョー、下りて来たのか?
いつまでも哀しんでばかりいるな、前を見ろ、と俺に言いに来たのか?
そうだよな。
空はあんなに青いんだ。
お前の蒼い翼もどこかで飛んでいるのかもしれない。
この場所は特等席だな。
時々此処で昼寝をしてもいいか?
落ちて行く夕陽を見ていてもいいか?
お前が見たものを俺も見たい。
いいだろ?
明日はみんなが俺の19歳の誕生日を祝ってくれるそうだ。
その場にジョーがいない事は寂しいけれど、お前、きっと来てくれるよな。
魂となっても俺達の傍に居てくれるよな?
『ジョーの森』に来て良かった。
お前に逢いたくなったら、此処に来ればいい。
青い空を見て心を洗いたくなったら、また来るぜ。
こんな場所を遺してくれて有難う、ジョー。




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