『悲願達成への焦燥』

レーサーとしてのジョーは男の子の羨望の的、憧れの存在だった。
だが、ジョーは自分の立場に満足はしていない。
いつか本懐を遂げたら、世界中を走り回ってみたい。
国内レースばかりでは駄目だ。
それに走っている最中に任務が入れば、棄権せざるを得ない。
いくら優勝を重ねても、これではレーサーとして中途半端であり、実績を重ねて行く事は出来ない。
レーサー界でも、彼の棄権が多い事は知られつつあった。
それも優勝候補と目されているレースでも棄権しなければならないのだから、本人にとってこんなに辛い事はない。
ギャラクターを斃す事も彼にとっては悲願だが、レーサーとして大成する事もその悲願の1つである。
悲願を達成出来る日が来るのか、と焦りを感じる事もある。
彼も普通の若者だが、背負っている物が他の18歳とは違い過ぎる。
まずは前者を達成しなければ、後者は有り得ない。
その事を身に沁みて知っているからこそ、ついつい焦りがちになってしまう。
レース界で頭角を現わしている彼にはスポンサーもつきたがっている。
だが、今の状態ではレースに没頭する事は出来ないので、断り続けている。
それに、自分で資金を調達して、自分の思い通りのチームを作りたいと言う願望も持っていた。
その夢を叶える為には急がなければならない。
自分がギャラクターの子だった事を思い出した彼は、尚更ギャラクターを一刻も早く壊滅させたいと思い詰めるようになっていた。
自分の出自を負い目に感じ、それから救われる為には本懐を遂げて夢への第一歩を踏み出すしかないと言う気がしていた。
年齢的にも今の内に夢に向かって走り出せば有利だ。
長く現役でいられる事だろう。
その夢を邪魔するギャラクターへ憎しみを更に募らせ、それを糧に生きて来た。
ギャラクターと闘う為に青春を犠牲にしている科学忍者隊。
そう、こんな風に苦しんでいるのは彼だけではないのだ。
任務を離れた時でも、任務の事を考えない時はない。
若者らしく楽しむ事が出来ないのだ。
頭のどこかでいつスクランブルが掛かるか、と言う思いがある。
それはジョーだけではないに違いない。
だから、彼は電子音が鳴る目覚まし時計を使わない。
極端に反応してしまうのだ。
街中を歩いていても、似たような音には知らずに反応している。
これはいつか任務から解放されてもそうなのだろうな、と健と笑った事がある。
ギャラクターを斃したら……、と言う夢を持っているのはジョーだけではない。

ギャラクターを斃し、レーサーへの道を何も気にせずにまっすぐに歩める日が来るのを、彼は待ち望んでいた。
自分の復讐心が満たされる日を待っていた。
ギャラクターを壊滅させた時、自分がギャラクターの子だと言う事実から解き放たれると信じていた。
その日が来るのを誰よりも待ち望んでいるのはジョーだったろう。
ギャラクターの子だったと言う事を負い目に感じる事はない。
そう健も南部も言ったが、ジョーはその事実を忘れる事は出来なかった。
そんな思いを払拭するかのように、サーキットに行ってG−2号機を飛ばした。
走る事に没頭するぐらいしか、気分を晴らす方法が見当たらなかった。
此処はマリーンが事故死したサーキットではなかった。
あの場所は気持ちが乱れる事があると、彼はもはや自分の気持ちを熟知していた。
爽快に飛ばしたい時には似つかわしくない場所であった。
あの場所にはレースが近い時以外には行かなくなっていた。
あそこをホームグラウンドとしているフランツにも余り逢わなくなっていた。
仕方がない。
マリーンとの数少ない思い出が心から溢れ出てしまうのだから。
そんな事を思っていると、走る事に没頭出来なくなる。
ぐんぐんとスピードを上げて行く。
コーナリングもきっちりと決め、インコースを上手く回って行く。
ジョーの腕ならどんな多機能なレーシングカーでも自分の身体と同様に扱う事が出来るだろう。
此処のサーキットのスタッフにも一目を置かれているジョーの走りだった。
オーナーからはレーサー1本でやって行けるのに、と声を掛けられている。
「そうしたいのは山々ですが、別の仕事がありましてね」
ジョーはただそう答えていた。
その言葉にはいつかきっと、の思いを込めていた。
いつも彼はそうだった。
『いつかきっと…』
この思いで一杯だった。
そのいつかがいつ訪れるのかが不安でならなかった。
彼が焦燥感を抱く事も無理はなかったのだ。
熾烈な闘いの日々の中、レーサーとしてやっている事で何とか心の均衡を保っているのだろう。
どちらも闘いの世界には違いないが、サーキットで走っている時の開放感は格別だった。
その時間を奪うギャラクターが尚更憎くなるのは当然の事だったろう。
自分の出自を何時までも憎んでいても仕方がないと、本心では思う。
子供は親を選んで生まれて来る事は出来ないのだから。
それに彼の両親が心底ギャラクターに心酔していたとは思えなかった。
そうなら脱走などしない筈だろう。
最近、ジョーはそう言う境地に入り始めていた。
しかし、両親の生命を奪ったギャラクターに対する憎しみが消えた訳ではない。
自分の身体の中に脈々と流れるギャラクターの血を呪いたくなる気持ちもまだ残っている。

「急いては事を仕損じる、って言うじゃねぇか…」
ジョーはサーキットを降りて、そう呟いてみた。
自分の焦りを抑えようとしている。
走っている間は忘れる事が出来ても、コースを外れるとついつい考えてしまいがちだ。
「うじうじしたって始まらねぇ」
声に出して、自分に言い聞かせた。
自動販売機でコーヒーを買って飲んだ。
「『スナックジュン』で旨いコーヒーでも飲むか…」
 缶コーヒーを握り潰すと、ゴミ箱に捨て、ジョーはG−2号機に取って返した。
同じ思いを抱える仲間達の元へ行けば、その思いは言わなくても解って貰える。
その事で随分と楽になるのだ。
両親がギャラクターだと思い出した頃には、暫く仲間達と距離を置いたものだが、最近はまた通い始めた。
仲間達が彼を今までと変わらずに遇してくれたからだ。
ジョーにはどれだけ有難かったか解らない。
仲間達は全くその事には触れなかった。
彼が記憶を取り戻した現場にいた健でさえ、そうなのだ。
仲間達の思いやりをつくづくと感じながら、今日もジョーはコースを走った心地好い疲れを抱えたまま、『スナックジュン』へと向かった。




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